105.子猫軍
「子猫さん達、楽しそうですね」
子猫達が騒いでいる広場から少し離れた焚き火の前。
小さな焚き火を囲んでいたコウヤとセンの側で、ルネは率直な感想を口にした。
「ああ、軍隊とは思えない自由っぷりだ」
ルネ達は、アニィや子猫達を見てきていたので、この光景に耐性があった。
とは言え、コウヤが、こう言いたくなるのは仕方がない事。
子猫軍には、規律が、ほぼ無い。
そこに集められているのは、本当に気まぐれな子猫達。
その為、面白くない、と思えば、勝手に散って帰ってしまう。
この郡衆を軍隊として行動させる為に、大臣のアードレイは、毎回、苦心している。
今回もそれは同様で、これは遊びの一環、と言う体裁の下に子猫達を動員している。
子猫達の狩猟領域に紛れ込んだ黒爪狼。
その発見と討伐を目的とした、狩猟ゴッコ。
ついでに、迷子のシロウの発見と保護が出来たら、ご褒美が別途で追加される。
これは、新しいお遊び、との説明の下に、この軍は動いていた。
それは、コウヤ達に同行した子猫達が、ピクニックだと騙されていたのと同じ手口。
ゆえに、日が暮れて、お家に帰ろうとする子猫軍を引き止める為の宴を開催する。
事実に気づかれるくらいなら、と、この狂宴を盛り上げて……
センが、子猫軍の指揮権を持ちながらも、単独行動を取っていた理由。
それは、このあたりの子猫軍独特の不安要素から来るものが、大いにあった。
「基本的に子猫軍は、日帰り軍なのにゃ」
センから聞かされた子猫軍の実態は、とんでもないものだった。
「それで、どうやって軍として行動をするんだ?」
軍と言うからには、必ず長期的な任務が存在し、その為の報告や連絡が必要となる。
しかしながら、子猫軍には、その体制が整っていなかった。
「ぶっちゃけ、子猫軍は、大臣が緊急時に運用する為に作ったものにゃ」
「それって、どう言う事ですか?」
「他の者では、まともに運用が出来ない集団って事にゃ」
センが言うように、子猫軍は、軍の名が付いてはいるが正規軍ではない。
フェイロイ王国には、まともに組織として機能している集団が少なかった。
その例外的な組織の一つに、センが管轄下に置いている諜報部がある。
このような実情であるフェイロイ王国だが、他国との戦争を考えていない訳ではない。
その証拠に、いざと言う時に備えて、情報戦に比重を置いた人員の配備を行っている。
また、子猫軍によって、一定の軍事行動が起こせる基盤も作られていた。
それは、国家として存続する為に必要な要素を満たす組織構成。
国家とは、領土を保有し、国民に主張と物理的な実力が行使出来て初めて認められる。
逆に言えば、他国に武力行使を許す国家は、周囲に認められていない事に等しい。
常備軍な無い、と言う事は、国民に領土を守る意思統一が欠けている、と言う事。
対外的には、自国の統制能力が低い事を晒している状態。
そして、他国からの侵略に対抗する手段が無い事を晒している。
隣国が、そのような状態であるなら、周辺国は嬉々として戦争を仕掛けていける。
領土を主張し、国民と意思を共有して守る事が出来ない国家。
それはもう、衰退する未来しかない国家である。
しかしながら、このフェイロイ王国においては少し事情が違う。
常備軍を持たない、と言う事が、国家の立場を危うくする、と言う点は間違いない。
だが、この王国の国民が子猫種である事を忘れてはならない。
この王国は、建国時において、女王を中心としたノリで戦争をした。
その結果、隣国を滅ぼした歴史を持っている。
子猫種は、勢いと調子に乗れば、組織戦をするまでも無く、一国を滅ぼす。
むしろ、そんな気まぐれな行動を起しかねない者達を、集団にしておく方が危険。
いつ何が切っ掛けで暴走するか分からない軍部ほど、国家において危険なものは無い。
ゆえに、大臣は、子猫達の習性を考慮した結果、常備軍の設立を諦めた。
こう言った経緯の下、大臣は、連絡網による徴兵と日帰り軍を構築運用するに至る。
大臣の苦悩と絶妙なバランス感覚によって生まれた産物、それが子猫軍であった。
「それでも、数がある、と言う事が重要な要素となる場面は多いのにゃ」
「確かに、今回のような山狩りで捜索する時は、人手が多い事に越した事はないからな」
ルネの目の前を、コウヤが一杯の野草茶を持って席を立つ。
「コウヤさん、どちらに?」
「さすがに疲れたんでな、先に休ませてもらう」
「あっ、はい。そうですね、コウヤさんも大分お疲れの様子でしたね」
コウヤは、片手を振りながら、センに割り当てられたテントに向かう。
「オマエも、さっきまでフラついていたのにゃ。それ食ってサッサと休むにゃ」
「あ、ありがとうございます……」
コウヤを見送ったセンが、ルネに料理を手渡す。
炎舌鳥との戦闘の際に、子猫列車のムチャな軌道で体調を崩していたルネ。
そんなルネを気遣ってのセンの言葉と行動。
しかしながら、そこで手渡された料理の量が尋常ではなかった。




