103.魔術師
コウヤは、必死の抵抗を試み、散炎弾を優先的に迎撃していく。
威力においては、炎弾よりも散炎弾の火粒弾の方が低い。
しかし、そこで散布される数と小規模な炎は、やはり厄介な問題を抱えていた。
火粒弾が子猫列車に到達すると、防御障壁の間隙を貫通する可能性が高い。
一つ一つは小規模な炎とは言え、その威力は人間を負傷させるには十分な威力がある。
この下面からの攻撃とは、炎弾を囮とした火粒弾による対人攻撃。
対して上空からの攻撃は、炎弾郡の力攻めとも言える連続攻撃による障壁破壊攻撃。
つまり、単純な挟み撃ちではなく、別のアプローチによる多重攻撃となっている。
コウヤは、目まぐるしい変化の中、熱探知と魔力探知を駆使して散炎弾を捕捉する。
攻撃の時間差も考慮に入れながらの迎撃処理。
しかしながら、次第に、その防空圏が失われていく。
そして、ついに数発の炎弾が、コウヤが敷いていた最終防衛ラインを通過して行った。
それは即ち、頭上に位置する炎舌鳥からの同時攻撃が襲来する刻限を意味した。
【ダダダダダダダダダダダダーーーーーッ】
上空からの圧倒的な物量の炎弾郡が、子猫列車を襲う。
その大半が子猫列車の防御障壁に阻まれるが、車体が下に押し込められる。
爆炎を拡散させながら、その高度を落としていく子猫列車。
その上空では、炎舌鳥が旋回し、高みの見物を決め込んでいた。
黒煙と共に、ゆっくりと降下していく子猫列車。
しかし、その進行上には、いまだ虹の道が形成されていた。
一瞬の間を置いて黒煙の中から抜け出し、走行を維持している姿を現す子猫列車。
だが、それは言い変えれば炎舌鳥に、失速している姿を晒した事を意味した。
獲物が弱っている姿を確認した炎舌鳥の瞳に、獰猛な輝きが宿る。
トドメの一刺しを下すべく、周囲に炎弾を出現させ、万全の体制を敷く。
ここに至ってなお、炎舌鳥は冷徹だった。
そこには『絞め殺す天使』『屠殺人の鳥』と呼ばれるモズの凶鳥のイメージが重なる。
『■■■■』
炎舌鳥の獰猛な瞳が見開かれ、審判を下す高鳴きを響かせる。
【ボシュッ!】
子猫列車に向けて、一斉に放たれる炎弾郡。
──のはずであったのだが、その内の三本が至近距離から炎舌鳥を貫いた。
『制御回収』
子猫列車が置き去りにして来た黒煙の中から炎舌鳥を強襲する炎弾が投射される。
それは、コウヤが炎舌鳥との交戦時に仕込んでおいた偽装炎弾。
その仕組みは、奇しくも炎舌鳥が使った散炎弾と同じ手法。
コウヤは、炎弾を魔力殻で覆い、炎舌鳥の炎弾郡に紛れ込ませる。
以降の偽装炎弾は、魔力を同調させた炎舌鳥の制御下で潜伏する。
ただし、ある程度コウヤの下に戻って来た時は、回避軌道を取るようにしてあった。
こうして、一見すると炎舌鳥の優勢が揺るいでいない戦況を映し出す。
だが、その実態は、炎舌鳥の総火力を大幅に減少させている状況を作り出していた。
上下からの強襲を、この偽装炎弾を使って相殺していったコウヤ。
それでも、頭上から放たれた一斉射は、予想以上に子猫列車を大きく揺るがせた。
真に大ダメージを負ったからこそ、炎舌鳥は狂喜し、油断を生じた。
これら全てが、コウヤの計算によって生み出されたものではない。
しかしながら、戦いの流れを変える切っ掛けにはなった。
最後の仕上げ、とばかりに行動を起こした炎舌鳥。
そこに、コウヤの『制御回収』の起動キーに反応して仕掛けが解放される。
黒煙からの炎弾の強襲に意識が向けられた炎舌鳥。
その迎撃に放った炎舌鳥の炎弾が、次の瞬間に破壊される。
いや、その表現は正しくない。
炎舌鳥の傍らに潜んでいた偽装炎弾の魔力殻が破られ、牙を剥いた。
コウヤの制御下に戻った炎弾は、炎舌鳥の至近距離から反転して必中する。
更に、子猫列車の下面から戻って来ていた偽装炎弾も追撃に加わった。
「■■■■■■■■」
炎舌鳥の断末魔が、力を失っていく
そして、完膚なきまでに身体を貫かれた炎舌鳥もまた、力尽きて墜落していった。
「ハツカ、あいつの回収を頼めるか?」
「分かりました。子猫列車を、もう少し寄せてもらえますか?」
「「「「「ラジャー」」」」」
戦闘中に進化し、炎弾を巧みに操った炎舌鳥。
コウヤは、その脅威度を高く評価し、確実な処置を考える。
墜落する炎舌鳥に子猫列車を寄せ、ハツカが菟糸で回収する。
回収した炎舌鳥には、まだ少し息が残っていた。
その生命力の強さに、コウヤは、確認して良かった、と思う。
「おまえは強かったが、二つの過ちを犯した」
コウヤが珍しく、手に解体用のナイフを持って炎舌鳥に近づく。
「一つ目は、おれを相手に炎で挑んだ事」
そっと首下にナイフを当てる。
「二つ目は、手品師を相手に魔力殻で挑んだ事だ」
撫でたナイフの先から生命の雫が垂れる。
『シェルゲーム』
それは虚実を織り交ぜ、クルミの殻で隠蔽したお宝を探し当てるゲーム。
だが、それは同時に、手品師が相手に偽りを掴ませる手品でもあった。
その手品師御用達の手品に、炎舌鳥は安易に踏み込んだ。
炎舌鳥が、シェルゲームに持ち込んだ以上、コウヤは絶対に引かない。
多くの手品師が、長い年月を掛けて研鑽し、積み上げて来た手品。
その蓄積が引き継がれて来たからこそ、色あせる事無く愛され続ける手品。
その現象を起こす為に、手品師が、どれほどの時間を費やしてきた事だろう。
炎舌鳥が、その仕組みに、短期間で到達した事には敬意を示す。
しかし、手品師の研鑽を嘲笑うかのように人間を襲うのであれば、絶対に見逃せない。
この憤りこそが、最後の攻防においてコウヤを静かに奮い立たせ、力となっていた。




