102.炎舌鳥
「コウヤさん……ちょっと気持ちが悪くなってきました」
子猫達の能力の高さが、良くも悪くも影響を及ぼし、表面化する。
尻上がりに調子を上げていく子猫達の動きに、ルネが付いていけなくなっていた。
ルネが、明らかに乗り物酔いの兆候を見せ始める。
「ジェットコースターに乗せられたようなものですからね。私もかなりキツイです」
「まぁ、普段の生活じゃ経験しない動きだからな」
「すみません……」
ルネは、申し訳なさそうに謝る。
しかし、その間も子猫列車は、容赦なく快走を続けて、ルネを蝕み続けた。
『■■■、■■■■、■■■■、■■■、■■■■■■■』
炎舌鳥が、モズ特有の早口な高鳴きを響かせる。
と次の瞬間、炎舌鳥は周囲に無数の炎弾を待機状態で従えた。
「コウヤさん、アレは……」
「くっ、ただのオウム返しだけならまだしも、魔法を読解して改竄までするのか!」
コウヤは、炎舌鳥のあまりにも厄介な解読能力に顔をしかめた。
炎舌鳥に炎弾を自由に携行させたまま行動させておく訳にはいかない。
それを許すと、先にコウヤが放った『炎熱旋風』を再現されかねない。
そこまでの事が出来なくても、あの炎弾には、連射や包囲と言った使い方がある。
低位の魔法であるがゆえの汎用性。
それがあるからこそ、コウヤが最も多用している魔法。
その手数の強みを、コウヤは熟知していた。
ゆえに、炎舌鳥の制御下にある炎弾を、早々に処理しておかなければならない。
コウヤも、炎弾郡を展開し、炎舌鳥の取り巻きを撃ち落しに掛かる。
子猫列車と炎舌鳥との間で起こる炎弾の激しい削り合い。
しかしながら、先手を取った炎舌鳥の展開速度を切り崩す事は困難を極めた。
飛び交う炎弾が、徐々に炎舌鳥の炎弾郡を蝕んでいく。
だが、炎舌鳥の取り巻きはロクに減っていかない。
数の優勢が、コウヤに傾く事はなかった。
悠々と空を翔るまず炎舌鳥。
そこには、この撃ち合いを楽しんでいる節さえあった。
コウヤとの撃ち合いで、自身の優位が揺るぐ事はない、と確信した炎舌鳥。
その次の行動は、携行していた炎弾郡を切り離して、自身が上昇する事だった。
炎舌鳥は、炎弾郡の一部を従え、太陽を背に上昇する。
そして、先に切り離した炎弾を大回りな軌道を取らせて子猫列車へと向かわせた。
それは、炎舌鳥の上昇時のスキを、コウヤ達に突かせないようにする為の囮。
しかし、それが分かっていたとしても、コウヤは、その炎弾を無視出来ない。
なぜなら炎弾は、子猫列車の弱点である下面へと、左右から回り込んで侵攻している。
防御障壁の不全障害が起きているそこを突かれると子猫列車は弱い。
否が応うも無く、コウヤは炎弾の迎撃に手を回さざるを得なかった。
この時点で炎舌鳥は、先のコウヤの炎熱旋風と同じ包囲殲滅の形を敷いている。
ここまでの交戦の流れの中で、これを阻止する事が出来なかったコウヤ。
戦いの中で後手に回ってしまうと、簡単には、流れを自分の方に引き戻せなくなる。
その事は、頭で分かっていても、何かの切っ掛けがないと、やはり変化を起こせない。
そして、そう言った時に起こる変化とは、やはり自分に都合の良いものではなかった。
『■■■、■■■■』
奇声を発した炎舌鳥は、従えた炎弾郡に新たな命令を下す。
統制された炎弾は、先の炎弾と連動して一斉に動き出し、子猫列車へと降り注ぐ。
上下から子猫列車を挟み撃ちする炎弾郡。
だが、その対処に回せるコウヤの手数は、圧倒的に不足していた。
「ハツカ、上からの防御は任せる。下から来る炎弾は、おれが対処する」
「分かりました」
コウヤは、上空からの被弾を覚悟し、ハツカに防御障壁での補強を指示する。
下から迫る炎弾を撃ち落していくコウヤ。
しかし、そこで異変が起きた。
【パァーンッ!】
炎弾の迎撃に放ったコウヤの炎弾が命中したかと思った瞬間、標的が破裂した。
炎弾は、破裂音と入れ替わって、無数の小型の火粒弾を放出する。
飛散した火粒弾が、子猫列車の急所を襲う。
その威力は、見た目同様に小さいが、それが却って、弱点の間隙を擦り抜けさせた。
「きゃっ!」
「アチチ、なのにゃ!」
「わー、逃げろにゃ、逃げろにゃ!」
「その前に、消火にゃ!」
「えとえと、『流水』にゃ!」
「ジュッ、ジュワ~にゃ」
「くっ、コウヤ、防御の手が足りません。菟糸を足下の防御に回します」
「止むを得ない、ハツカ、すまないが、やってくれ」
ハツカは、子猫列車の足下を宝鎖で周回して囲み、火粒弾に対する物理障壁とする。
これにより、完璧とは言えなかったが、かなりの火粒弾の防御に成功した。
しかしながら、現状の菟糸は、子猫列車の足下を、単に三重に巻いているような物。
その為、防御のスキは、いまだに健在であり、本来の能動的な防御も出来ない状態。
火粒弾に対する防御は、燕麦と比べて、まだまだ心許ない。
つまり、火粒弾を放つ散炎弾は、継続してコウヤが対処すべき案件であった。
子猫達は生活魔法の流水で消火に回り、ルネはポーションで負傷の治癒に回る。
菟糸の存在と射程を目の当たりにした炎舌鳥は、もう菟糸の射程内には留まらない。
そう考えると、隠し技の一つが潰えたのは、かなりの痛手ではあった。
しかしながら、現状を顧みて、ここが手札の切り所だった、と思う事にする。
コウヤは、思考を目下の問題に切り替える。
迫って来る炎弾に注視し、迎撃の炎弾を放つ。
その標的の中には、先刻と同様の挙動を見せる散炎弾が、多数混入していた。
散炎弾は、一定の距離まで子猫列車に接近すると拡散する。
しかも厄介な事に、破裂のタイミングが一定していない。
それは、意図した設定なのか、単に魔法の制御不全だったのかは分からない。
しかし、その起動条件が分からない以上、早々に迎撃しなければならなかった。
「くっ、ここにきて魔力殻を使った散炎弾か、なんて言う皮肉だ……」
コウヤは、炎舌鳥が放った散炎弾に散弾銃を連想する。
散弾銃とは、銃による鳥撃ちが盛んになった時代に生み出された銃。
そして、その目的は、より確実に鳥を捉えて命中させる事だった。
こうして、鳥を散弾で撃つ事に特化した、軽くて長身の『鳥撃ち銃』は完成する。
だが、そんな経緯で生まれた構想が、いま炎舌鳥よってコウヤ達に向けられていた。
基本的に散弾銃も炎散弾も、その仕組みは同じである。
散弾銃は、ショットシェルと呼ばれる薬莢に入れられた散弾を撃ち出す銃器。
散炎弾は、魔力殻で偽装して火粒弾を覆い、射出後に拡散攻撃を行う魔法。
ゆえに、その歴史を皮肉ったように感じたコウヤは、炎舌鳥を煩わしく思った。
だが、そんな感傷に思考を割ける時間は無い。
子猫列車に収束して来る炎弾郡が迫る。




