010.ボタン販売
夜が更け、人々が寝静まった深夜。
商隊の馬車と言う防壁で取り囲まれた中央の焚き火で、男達が集まっていた。
「チクショー、また負けちまったぁ!」
「大きな声を出してんじゃねぇ、人が起きて来ちまうだろ」
「さぁさぁ、負けたヤツは、さっさと一周見回って来い」
「チッ、戻って来たら。もう一度勝負だからな!」
シロウが目を覚まして、周囲の状況を確認していると、護衛を含む男達が戯れていた。
彼らは簡素なテーブルを用意して、その上でコインを広げていた。
「おいおい、見張りをサボって賭け事かよ?」
シロウは、予想以上にナメた警戒態勢に呆れる。
「あんちゃん、人聞きが悪いな」
「ちゃんと負け抜けで、順番に周囲を見回ってるって」
「ただ単に突っ立っていても、眠っちまうヤツが出て来るだろ?」
「こう言うのは、息抜きをしながらやるから、やってられるんだよ」
「そんなものなのかねぇ」
シロウは、彼らの事を話半分に聞いてテーブルの上のコインに視線を移す。
「でも、硬貨を使って、それを賭けるのはマズイだろ?」
シロウは、これで負けが込んでしまう者が出て来た場合を心配する。
以降モチベーションが下がり、護衛に支障が出て来てしまうのではないか、と。
「あんちゃん、何を言ってるんだ?」
「使っているのも、賭けているのも、たった1ガロルだぞ」
「いやいや、まず硬貨を使っているのが問題だろ?」
シロウは、いくら最も低い金額の硬貨と言えども、それは無いと思う。
それだと、ちょっとした偶然で起きた紛失ででもケンカに発展しかねない。
直接、お金が絡む事象は、とにかくトラブルが起きやすい。
「ダイスやカードなんかの道具は持ってないのかよ」
「なんだ、それは?」
「カードって、ギルドカードの事か? そんな物を使う訳ないだろ」
「ああ、そう言う道具が存在しないのか。了解、了解」
シロウは状況を把握すると、トラブルの元になるからと、硬貨の使用を止めさせる。
そして代わりにと、以前に教わった時に作った木彫りのボタンを提供した。
「あんちゃん、別にそんな物が無くても、問題なんて無いぜ」
「おう、おかしな事をするヤツがいたら、フルボッコだからな」
「まぁまぁ、そう言うなよ。こう言う道具があれば、こんな事も出来るんだぞ」
シロウは、黒く着色してあるボタンを1つ用意して他の物との差別化を図る。
テーブルの上に、黒ボタン1個と木目ボタン十数個が広げられた。
「例えば、たったコレだけの違いで新しいゲームが生まれる」
「あんちゃん、それはどんなゲームなんだ?」
シロウが、道具を使う意味を教える為に用意したゲームに、男達が興味を示した。
「単純にボタンを取っていくゲームだ。だだし黒ボタンを取った者が負けになる」
シロウが示したゲームのルールは、以下となる。」
①、最初にゲームテーブル上に黒ボタン1つと木目ボタンを数個用意して置く。
②、ボタンを取っていく順番である、先攻と後攻を決める。
③、以降、ゲーム終了時までゲームテーブル上に、ボタンを追加で置く事を禁じる。
④、ゲームテーブル上のボタンを交互に必ず取っていく。
⑤、一度に取れるボタンの数は、1個、2個、3個のいずれかとし、自分で選べる。
⑥、ゲームテーブル上に最後の1つとして残された黒ボタンは、対戦者の物となる。
⑦、黒ボタンの所有者となった者が敗者となる。
「これを、仮に『ボタン取り』って名前のゲームにしようか」
「要するに、最後まで残った黒ボタンを掴まされた者が負けになるゲームか」
「これで賭けをするとしたら、1ゲーム1コインって感じか」
「もしくは、ボタン1つで1コインだな」
「勝利した時に持っているボタンの数だけ、敗者からコインをもらうって感じか」
「ひとまず、ルールの確認として、試しにやってみるか」
「じゃあ、俺が説明しながら相手をする。賭けは無しで、先攻はそっちに譲るよ」
こうしてシロウは、実演を開始した。
相手が3個取ったので、シロウは3個取る。
相手が3個取ったので、シロウは2個取る。
相手が3個取ったので、シロウは1個取る。
相手が3個取ったので、シロウが最後の1つとなった黒ボタンを掴まされて敗北する。
こうしてシロウは、ボタンを1個から3個の間で好きに選んで取って良い事を教えた。
そして最後に黒ボタンを掴まされると負けなのだと、見ている者達に示す。
ルールが単純なので、一度プレイして見せると全員がルールを覚えた。
そこでシロウは、ここぞとばかりにボタンをゲームセットとして販売する。
黒ボタン1個と木目ボタンを24個入れた物を1セットとしての販売だ。
もともとは、木彫りの練習を兼ねてチビ達に手伝わせて量産していた物。
本来は、国境の街で売りに出すなり、食べ物と物々交換をする予定だった。
しかしシロウは、このちょっとしたやり取りを経て、ここぞとばかりに売りに出す。
それが面白いように売れて、シロウは賭け事をする事も無く、懐を満たしていった。
◇◇◇◇◇
「と、そんな事が、見張りをしている時にあったよ」
「シロさん、何をやっているんですかぁ!」
早起きのルネが起きて来たので、深夜の出来事を話したら怒られた。
「ははは、確かに、お金を使ったコインゲームは、よく見かけましたね」
「それを無くしたのは良い事ですが、結局は賭け事を増長させているじゃないですか!」
「話しをちゃんと聞いてくれよ、俺はゲームと道具を用意しただけだってば」
「ははは、確かにそうですね。最初に教えていた時も、賭けは無しって言ってますね」
「うっ、言われてみれば、そうですね」
「ルネ、騙されてはいけません」
ルネが、シロウの言い分とファロスの擁護を聞いて納得しそうになる。
しかし、それをハツカが訂正した。
「えっ、私、騙されていました?」
「そうです、シロウは、かなり悪質な事をやっています」
「おい、ハツカ、言い掛かりは止めてくれよ」
シロウは必死に、ハツカに余計な事は言うなと、訴え掛ける。
「ははは、面白いですね、ハツカさん、それはどう言ったものなのですか?」
ファロスも、その事に興味を示して訊ねた。
「では試しに、そのボタン取りゲームを実際にやってみて下さい」
ハツカは、シロウが販売していたゲームセットを使ってゲームをする事を提案する。
ルネとファロスは、ハツカに言われるがままに、数回ゲームをプレイしてみた。
その結果、わずかな差でファロスが勝ち越す。
「ファロスさん、強いです」
「ははは、見た目に反して、なかなか頭を使うゲームですね」
「では、今度は私がファロスさんの相手をします。先攻はお譲りします」
「そうですか? では、遠慮なくいきますね」
こうして、ファロスとハツカの対戦が始まった。




