001.教会の居候
この世界の始祖の神、女神様は世界を創造しました。
海と大地を。空には太陽と月と星々を。
そして多種多様な生命を──
しかし、日を追うごとに広がっていく世界。
大地に満ちていく多くの生命。
唯一神であった女神様だけでは、全てを見守る事が困難になっていきました。
そこで女神様は、世界を構築する神力を、新たに受け入れた神々に。
世界と神々との調和力としての因子を、異世界からの旅人達に委ねました。
女神様は、その在り方を、創造の神から調和の神へと変えたのです。
こうして異世界の旅人達からは、こう呼ばれる事となります。
【運命の女神】と……
◇◇◇◇◇
青年は、青空の下で引いて来た荷車を、教会の裏口に寄せて止める。
そして両手で抱えた木箱を、いつものように調理場に運んでいた。
礼拝堂へとつながる通路からは、神父様の声が聞こえてくる。
毎回、神父様の話が始まるのと、買い出しから戻って来るタイミングがカチ合う。
その為、耳に入ってくるお決まりの内容を、いつしか覚えてしまっていた。
だから神父様の良く通る声が聞きづらくなったとしても、その内容は分かっている。
それを無しにしたとしても、その話しは忘れてはいけないものではあったのだが……
青年は、神父様の話の中に出てきた異世界からの旅人であった。
青年は、気づいた時には見慣れない『白い空間』に居た。
そして多くの者を前にした中で『運命の女神』だと名乗る者が話しをしていのだった。
運命の女神様の話しの流れは覚えている。
その話しとは、ちょうど神父様が話しをしているものと同じ内容であった。
ただ、そこで語られた内容との相違点は多大にあった。
青年が死にかけの状態で、この世界への転移が行われた事。。
死の運命を回避したければ、しばらくの間、異世界に滞在して欲しいと言われた事。
各自に与えられた『宝具』にある宝玉を成長させる事が、滞在期間の条件である事。
そして宝玉の成熟と奉納をもって任期満了とし、願いを1つ叶えると告げられた事。
最後に、一緒に話しを聞いていた者達との間での、殺し合いの禁止を念押しされる。
この禁忌が破られた際に起きるペナルティの事を【連帯責任の呪縛】と言われた。
この事については、その対処法を含めて厳重に注意をされる。
禁忌破りが発生した際には、その始祖となった者を討伐しなければならないと……
この一点を除けば、これらの条件は普通に生活する分には支障の無いものであった。
人殺しなんてバカがやるものだ。誰が頼まれもしない厄介事に手を出すものか。
そんな事を、神父様の有り難い教えが耳に入ってくるたびに、頭に浮かんでは消える。
その間も手足を動かして、居候をしている分の労働をこなしていった。
「シロさん、おかえりなさい」
シロと呼ばれた青年に、少女は、一つに束ねた後ろ髪を揺らしながら近づいて来る。
そして青年が床に下ろした木箱の中身を覗き込むと、その色彩豊かな食材に喜んだ。
「ルネ、ただいま。ただ何度も言ってるけど、俺の名前は『シロウ』だからね」
「はい、分かっていますよ、シロさん」
ルネと呼ばれた少女は、青年『黒部志郎』の名前を未だにちゃんと発音出来ない。
その事が、少女の後ろから現れたチビ達が、シロウの事をナメるのを増長させる。
「おい、ハチ、今日は何を持って来たんだ?」
「ジョン、肉が足りないぞ!」
「ローちゃん、あたし、このお野菜ニガイからキラーイ!」
「オマエら……イヌ扱いか、好き嫌いを止めないと、もう食料を持って来てやらないぞ」
「ハチのクセに生意気だぞ!」(イヌ扱いを継続)
「もっと肉を持って来いよ!」(イヌ扱いを放棄)
「あたし、このお野菜キラーイ!」(どうやらイヌ扱いをしていたらしい)
「なんか、悲しくなってきた……」
「あなた達、失礼ですよ。シロさん、生意気な子ばかりで、ごめんなさい」
年長の少女が、年下の三人の子供達を諌めて、青年に謝罪する。
シロウも、年齢の割にしっかりしているルネの気苦労を察して多くは語らない。
ただただ、無邪気ゆえの残酷さだと諦めて肩を落とす。
そして、仕事の邪魔になっているチビ達に小粒の果実を放り渡して、外へと放逐した。
その様子にルネは、ひたすら頭を下げて詫びて来る。
しかし、ここまでのやり取りは、経緯は違えど、すでにテンプレと化していた。
似たやり取りを、すでに一週間繰り返している。
だからチビ達が示している態度は、親愛の表れなのだと思うようにしていた。
ルネを始めとしたチビ達は、ここの教会が保護している孤児達であった。
シロウがいる都市の周囲には、多くの魔物が生息している。
狩猟都市と呼ばれる防壁に囲まれたエリアの外は、大森林地帯となっていた。
そこには狩猟対象となる多くの魔物が生息し、同様に多くの冒険者が活動をしている。
そんな良好な狩場が近くにあるからこそ、冒険者達の懐が潤い、更に人を呼び寄せた。
しかし、そんな好循環に隠れて、人の耳に届いていない悲劇もまた存在する。
そのうちの一つが、トラブルによって命を落とした冒険者達が残した子供達の存在。
その受け入れ場所の一つであったのが、当教会だった。
現在、ここに在籍しているのが、ルネを始めとした四人のお友達。
そして、シロと呼ばれる大きなお友達であった。
「それでシロさん、午後からなんですけど……」
ルネは、木箱の中から取り出した芋を手に取って話し掛けて来る。
シロウは、早朝の搬入の手伝いで得た食料を、荷車に取りに戻る足を止めて訊ねた。
「冒険者ギルドへの登録の付き添いだったよね?」
「はい、そうです。一緒について来てもらいたいんですけど……」
「それは構わないんだけど、そんなんで本当に冒険者なんてやっていけるのか?」
「大丈夫です。何も魔物と戦うのだけが冒険者ではありません」
それは、以前に教会で保護されていた先輩冒険者達から聞いた話だと言う。
神父様は年に数回、他の町や村へと足を運ぶ仕事を受けているらしい。
そして、そこで得た報酬や寄付によって、孤児達は養われていた。
その仕事の際の移動時や目的地では、教会から自立した者達の手を貸りているらしい。
だからルネも、そう言った在り方を前々から考えていたのだと言う。
「私には、薬草を見分ける知識がありますから」
ルネは、冒険者が次第に頻度を減らしていく採取依頼を中心とした活動を考えていた。
だが冒険者になる以上、魔物や荒くれ者がいる場所へと赴くのを避ける事は出来ない。
だからシロウは、たかが冒険者ギルドへ行く事に付き添いを求めているのを心配した。
「シロさんも私と一緒に、冒険者ギルドへの登録をしましょう」
そして、そんな誘い文句を言って来た事に、そちらが本題ではないかと疑ってしまう。
「いや、止めておく。仲介が入ると報酬を中抜きされそうだから」
「そんな事はないですよ」
ルネは、冒険者ギルドは、そんな事をしないと言ってくる。
「いや、実際に俺は、持っていた魔石を安く買い叩かれたし……」
「だからそれは、冒険者ギルドの人ではなかったじゃないですか」
「でも、それも冒険者稼業だろ?」
「確かに、そう言った一面もあるとは聞いていますけど……」
「だから俺は、いつもニコニコ現物支給、で良いんだよ」
シロウは片手を振りながら、荷車に残したままになっている食料を取りに戻る。
それはシロウが異世界にやって来て、冒険者達に騙された経験からの価値観。
最初に所持していた魔石の現金化に失敗して、教会のお世話になっている経緯。
だからシロウは、仕事と引き換えに得た食料を、教会に宿代として渡している。
そんな事をやっているからシロウは、周囲からイヌや大きなお友達と揶揄されていた。
──冒険者ギルド──
昼が過ぎ、冒険者達が森林地帯に潜った頃合を見計らって冒険者ギルドへと向かう。
向かった先の施設内には、神父様達から受けたアドバイス通り、人の姿は少ない。
シロウは、若い修道士と高齢の修道女からも、ルネの事を頼まれていた。
教会から自立して冒険者へとなろうとする者は多いらしい。
その際、特に女性が冒険者への登録に赴いた場合にトラブルが起こる事が多いらしい。
要するに、変な者に引っ掛かって道を誤る、と言うパターンだ。
だからルネのような場合、教会は知り合いの冒険者に付き添いを頼んでいた。
それなら、なぜ今回そうしなかったのかと訊ねてみたら、二つの理由を述べられた。
一つ目は、知り合いの冒険者達が捕まらなかった事。
二つ目は、前日に不審な冒険者達が大量に検挙された、と言う事だった。
どうやら、今まで組織だって動いていた者達が、大量に捕まったらしい。
だから、その翌日である今日なら大丈夫だろうと言うのが、神父様達の判断だった。
「なんでも、キレイな赤い髪のエルフの女性がいたらしいです」
ルネからの追加情報を聞いてシロウも、そのエルフを見てみたかったなと思う。
ただ、その事が今回のトラブルを避られる要因とは成り得なかったのだが……
「キミ、新人だよね? 良かったらボク達のパーティに加わらない?」
ルネが冒険者登録を完了させて、ギルドカードを受け取った矢先に事は起こった。
声を掛けてきたのは、二人の少年と一人の少女。
三人は共に腰に剣を携え、駆け出しとしては、がんばっている防具を身に着けていた。
「えっと、そのぉ……」
ルネは、ギルドカードを得た喜びを噛み締める間もなく訪れた勧誘に困惑する。
そして、視線を隣にいたシロウへと向けて、この事態への対処を求めた。
「せっかく声を掛けてくれたけど、この娘は魔物退治が目的じゃないんだ。だから……」
「だれも、テメェには聞いてないんだよ」
「キミが魔物と戦った事がなくても、ボク達が、いろいろと教えてあげるよ」
「アナタは、冒険者ではないようのでしょ? だったら、口を挟まないで下さい」
「うわぁ……マジか? 全然話しを聞く気が無い連中だなぁ」
シロウは、その横暴な言い分を聞いて、冒険者なんて、ろくなヤツがいないなと思う。
そして、少しでも自分達の戦力を確保したいと言う思惑が見える三人を見て呆れた。
「シロさん……」
ルネからは、押しの強い三人からの救助を求める視線が継続して照射されている。
ここでシロウは考える。さて、どうしたものだろうかと。
ルネが、変なオヤジ連中に絡まれるよりも、まだマシな相手のようにも思える。
この三人の必死さは、これから昇り上がっていこうとする情熱の表れだ。
それは決して悪いものではないだろう。
ただ、やはりルネは、この三人と自分との熱量の違いに戸惑っていた。
こう言った想いの違いによる戸惑いとは、直感による自己防衛能力だ。
ここで一度押し込められると、自分とは違うと感じても抜け出せなくなってしまう。
だからそれを回避するのも、これから冒険者になるルネの問題ではあるのだが……
さすがに初っ端から、そんな事が出来ないからの付き添いなんだよな、と考えた。
シロウは諦めて、受付けで書類を提出した。
ギルドカードの再発行をしてもらう為に。
「はい、これで俺も冒険者に復帰したから、もう文句は無いよな」
シロウは、サッとルネの手を取って引き寄せる。
「おい、テメェ、横から出て来て勝手な事をするなよ!」
「それを言うのなら、最初に横から割り込んで来たのは、そっちだろ?」
「ちょっとオジサン、ふざけないでよ!」
「ヒドイっ、年齢差なんて、あっても三つくらいの話しじゃないか」
「とにかく、その娘を放せよっ!」
語気が荒い少年の手が、腰に携えた剣へと伸びる。
それに気づいたルネが、顔を青ざめさせて息をのんだ。
「おいおい、こんな所で無防備な相手に、物騒な物に手を掛けるって正気か?」
シロウの言葉に、いくらかの冷静さを取り戻した少年は、手を引っ込める。
ここは冒険者ギルドの受付けの目の前。
そんな所で抜剣なんてものをしようものなら、ただでは済まされない。
だから少年は、一度は引いたその手を握り締めて、シロウへと思いっきり突き出した。
突き出された手をシロウは、大きく身体を動かして避けてながらルネを後方に逃がす。
そして少年の横に回って軽く背中を払うと、さっさと距離を取って間合いを調整した。
「オイ、テメェ、待ちやがれっ!」
【ゴトンッ!】
少年がシロウを追い駆けようとした時、足下に何かが落ちた。
それは少年が身に着けていた篭手や脛当と言った各種防具。
それらの部位固定用の革ベルト次々と綻びを見せて、散乱とバラ撒かれた。
「えっ、ちょっとコレ、どうなってるの?」
「あっ、クソッ、足に絡まりやがった」
「買ってまだ数日だぞ。不良品を掴まされていたのか?」
少年達は、不意に訪れたトラブルに困惑する。
「整備不良だ、まずは身を守る防具の手入れから覚え直して来い」
シロウは、それを含めて冒険者としてのオマエ達の今の実力だと挑発する。
そして、少年達が必死に稼いで手に入れた防具を蹴り飛ばして、その場から離脱した。
少年は、シロウに殴り掛かるか、散乱した防具の回収に動くかの選択を逡巡する。
時間を掛けて手に入れた大切な防具を足蹴にされた少年の怒りは、頂点に達していた。
だから今すぐにでも殴り掛かって行きたかったのだが……
「うひょーっ、良いもんが落ちてやがる。こいつ売れば今夜の酒代になるぜぇ」
周囲には、酒の事にしか興味の無い、ろくでなし共が徘徊していた。
「そいつに触るんじゃねぇ、ぶっ飛ばすぞっ!」
少年達は、慌てて防具の回収を選ばざるを得なくなる。
そこからは少年達と、ろくでなし達との微笑ましい争奪戦が始まった。
ルネは、そんな様子を目を見開いて見ていた。
こう言うのも、ある意味、冒険者達の日常である。
だからシロウは、いつかは慣れるよ、と伝えてルネの手を引いて、その場から離れた。
◇◇◇◇◇
「それじゃあ、シロさん、明日からお願いしますね」
冒険者ギルドを出て教会へと戻る道中。
落ち着きを取り戻して、ギルドカードを大切そうに抱えたルネから声を掛けられる。
それは、冒険者ギルドでの出会った冒険者達の振る舞いを見た時から繋がった未来。
お世話になった神父様達からの頼みもあって、そうするべきだと思った選択。
だからシロウは、たった一日で投げ出した冒険者へと復帰した。
「神父様達にも頼まれていたしな。でも、俺も新人冒険者だからな」
「はい、一緒にがんばりましょう」
ルネの表情に普段どおりの明るさが戻る。
だからシロウは、ルネが信頼出来る仲間を見つけるまでは付き合うか、と考えた。
「さて、そうなると、俺自身の準備をしなければいけないんだけど……」
「何か問題があるのですか?」
「俺、売れる物は全部売っちまってるんだよな」
「あっ!」
そこでルネは、シロウが着ている物以外、何も持っていない事を思い出した。
「まぁ、採取依頼を中心に仕事をするのなら、無くても大丈夫だろう」
「そんな訳にはいきません。いつ魔物と遭遇するか分からないじゃないですか」
シロウが現状を軽く見ているのを知って、ルネは事態の深刻さを注意する。
しかし、そんな事はシロウにだって分かっている。
伊達に、この一週間を過ごして来た訳ではないのだ。
だからシロウは、知り合いの店から廃棄品をいくつか融通してもらう事を考えた。
「と言う訳で、ちょっと知り合いを訪ねて回って来る」
シロウは、ルネを教会まで送り届けると、そのまま街中へと消えて行った。
そして、その夜は教会には戻らず、早朝になってやっと帰って来る。
シロウの手元には、年季の入った篭手と肩掛けカバン。
その背後には、シロウと同じ黒髪の少女の姿があった。
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