不器用で孤独な赤毛の王子様 2
破滅を回避して悪役令嬢になるという夢を叶えるため、スティードの力を借りて頑張っていく。
そう決意してから、クロエはスティードとほとんど毎日会うようになった。
「今日も可愛いね、クロエ。君とこうしてデートできるなんて夢みたいだ」
「何言ってるのよスティード。デートじゃなくて作戦会議だってば。……っていうかこのやりとり、毎日してない?」
スティードの台詞に突っ込みを入れつつ、クロエは内心でホッとしていた。
ロランドの出現でスティードが少し傷ついていたように見えたから心配したのだけれど、すっかり本調子に戻ったようだ。
「さてと。それじゃあまずは昨日のおさらいからだ」
「任せて。ゲームの言葉は完璧に覚えたわよ!」
破滅回避のためにまず始めたのが、知識を得ること。
スティードの与えてくれる情報をクロエが正しく理解するため、ゲーム用語についての勉強をしているのだ。
クロエが書き取ったノートを見て、スティードは頷いてくれる。
「うん。完璧だよ、クロエ」
ヒロイン、攻略対象などというすでに学んでいた言葉以外にも、スチルイベント、選択肢、好感度などという単語も教わった。
それを昨晩、書き起こして説明つきの表にしてみたのだが、どうやらちゃんと正解だったらしい。
「この調子なら大丈夫かな。明日はロランドのルートについて説明をはじめるね」
「いよいよ、本格的な話になってきたわね!」
クロエは俄然はりきって拳をぎゅっと握った。
◇◇◇
翌日。
早めにマナーの授業を終えたクロエは、音楽のレッスンを受けているスティードを迎えに行くため、王宮内の回廊を歩いていた。
バイオリンは個人授業だから、日によって早く終わることもある。
まだだとしても、演奏が終わるまで待つだけだ。
そんなことを考えながら回廊を歩いていると――。
「はは! それにしてもすっきりしたな!」
(げっ。ギデオン……!)
嫌なやつと出くわしてしまった。
顔を合わせたくないから、さっと柱の陰に隠れる。
「ギデオンの手腕は見事だったな。今頃あいつ、真っ暗い牢獄の中でしくしく泣いてるだろう」
「調子に乗った庶民を教育してやるのも貴族の役目だからな。これくらいは朝飯前だ」
(真っ暗い牢獄って……まさか……)
嫌な予感がして、クロエは飛び出した。
「ちょっと、いまのどういうこと?」
「うわっ、クロエ!? おまえなんだよ。いきなり出てきて……!」
慌てて逃げ出そうとしている少年たちを追いかけ、襟首をむんずと掴む。
(逃がさないわよ!)
「いまの話どういうこと? もしかしてロランドを北の塔に閉じ込めたの!?」
「な、なんのことだ!」
「とぼけないで! ちゃんと聞いたんだからね!!」
直接名前は出していなかったけれど、ロランドに悪さをしたようにしか思えない。
そう考えて尋ねてみたら、案の定、予感は的中していた。
「う、うるさいな。あいつが不敬なのが悪いんだ! これから先、城で大きな顔をしないよう、わからせてやったのさ!」
ありえない。
最悪だ。
せっかくロランドのトラウマエピソードを逸れたのに……!!
「な、な、なんてことをやらかしてくれたのよっ! ギデオンのばか! 覚えてなさいっっ!!」
いま、ギデオンに構っている暇はない。
クロエは血の気が引いていくのを感じながら、スカートの裾を掴んで全力疾走した。
目指すはスティードのもとだ。
「クロエ! 迎えに来てくれたのかい?」
息を切らして音楽室に辿り着くと、ちょうど中からスティードが出てくるところだった。
「君の顔が見れて幸せだ」
「それどころじゃないんだってば!! ギデオンがロランドを塔に閉じ込めちゃったみたいなの!!」
「なんだって!?」
スティードが珍しく取り乱した顔をした。
「さっきギデオンから聞いたから間違いないわ!」
「そんな……。せっかくトラウマエピソードを回避できたと思ってたのに……。いや、今はそれよりもロランドのことだ。僕はロランドを救出するため、兄上に相談してくるよ」
「私は北の塔にいくわ!」
ふたりは互いに頷きあってから、それぞれの目的地へ走り出した。
◇◇◇
「はぁはぁ……。つ、着いたわ、北の塔……」
回廊からずっと走りっぱなしだったから、息が乱れて苦しい。
それにこの場所は、近づくだけでもゾッとして、心臓の辺りがゾワゾワするのだ。
クロエにとっても若干トラウマの場所。
王宮の隅にひっそりとそびえたつ『北の塔』を見上げて、大きく息を吐き出す。
苔むした塔は、曇り空の下で、寂しくおどろおどろしい影を落としていた。
塔の上にはカラスの巣があるのだろう。時折不気味な声が聞こえてくる。
でも怯えている暇はない。
「い、行くわよ……!」
自分に言い聞かせて、グッと顔を上げる。
ごくりと息を呑んで入口の門へ向かうと、衛兵が目を丸くして近づいてきた。
「クロエ様? どうなされたのですか?」
「えっと……猫が塔の中に入っちゃったのよ。ほら、壊れて小さな穴が開いてるでしょ。そこから! 取ってきたいから中に入れて欲しいの」
「猫? 本当ですか?」
悪行を繰り返しているせいで、子供の時から城内で警戒されまくってるクロエのことを、衛兵が胡乱げな目で見ている。
「どなたか人を呼んできていただければ、その者に探させましょう」
「それはいいわ! 私の責任だもの。自分で取りに行かせてちょうだい!」
「なりません! ……あ、クロエ様!」
クロエは一瞬の隙をついて、門の中に駆け込んだ。
衛兵はひとりしかいないから、そこを離れるわけにもいかず追いかけてこない。
しめしめと思いつつ、なんとか塔の中に入り込んだ。
(うう……中に入ると、めちゃくちゃ怖いわね……)
ひんやりとしていて黴臭い空気が鼻につく。
灯りがないせいで暗くてクロエは半泣きだ。
精一杯背伸びをして、壁の燭台から蝋燭を取った。
(が、がんばるのよクロエ……!)
自分に言い聞かせながら、階段を一段一段と降りて、地下牢へ向かう。
靴音が反響して、それがいっそう不気味だ。
(うーこわいこわいこわい!! 怖すぎる!! でも……)
不意に、この理不尽さに納得がいかなくなってきた。
(よく考えたら、いくら悪いことをしたからって、こんなところに閉じ込めるなんてひどすぎない?)
ギデオンたちが仕向けたことだとしても、牢に閉じ込めるよう命じたのは大人の誰かだ。
おそらくはスティードが言っていた意地悪な家庭教師だろう。
(ムカムカする! 悪役令嬢として、こんな理不尽さに怯えていられないわ!)
怒りの感情に追いやられて、恐怖心が消え去っていく。
ロランドには後ろ盾がいないから、誰も気づいて助けに来ない。
それをいいことにこんな嫌がらせをしたのだと思うと、ますます腹が立った。
ちなみに自分が破滅ルートに追いやられたかもしれないという問題に関しては、完全に頭の中から抜け落ちていた。
(ゆるせない! ロランド、そんなやつらの思惑に負けて、トラウマを作ったりしたらだめよ!)
クロエはきゅっとくちびるを引き結ぶと、タンタンタンと足音をたてて、薄暗い階段を駆け下りていった。