不器用で孤独な赤毛の王子様 1
結局、あれからすぐに家庭教師がやってきて、子供たちの間の揉め事はうやむやになってしまった。
クロエによってお茶をかけられたロランドは、急いで着替えてくるよう命じられたのだが、去り際、何か言いたげな顔をして、何度もクロエのことを振り返った。
「お、おい、おまえ……」
「なによ」
「な、なんでもない……!」
自分から声をかけてくせに、クロエをキッと睨みつけてから、ロランドは去って行った。
心なしか顔が赤かったような気がする。
一体なんだったのだろう。
不思議に思って顔を上げると、スティードとばっちり目があった。
(え、なにその顔)
穏やかに笑っているのに、妙な迫力があってちょっぴり怖い。
スティードたちも家庭教師に連れられて室内へ移動するようだ。
「クロエ。あとでまた」
「ええ」
だけどその日、スティードが会いに来ることはなかった。
◇◇◇
翌日。
寝ぼすけのクロエは、「スティード様がいらっしゃってますよ!」というメイドの声でたたき起こされた。
こんな時間に訪ねてくるなんてありえない。
世間的には常識的な時間でも、クロエはまだ惰眠を貪っていたかったのだ。
眠すぎてぼーっとしたまま着替えさせられ、まだぼーっとしたまま、スティードの待つ部屋へ向かう。
「やあ、僕のお寝坊さん。起こしてしまってごめんね。眠たげな顔がとってもかわいいね」
「……」
「口を開くのも眠くて面倒くさいって顔だ。はは、睨まないで」
どうせまたふたりきりになるまで、話の核心には触れないつもりだろう。
だんだん回りはじめた頭の片隅で思う。
「庭に出るわよ」
いつも以上に不愛想にそう告げる。
スティードは気にすることなく、ニコニコ笑ってクロエの手を取った。
「まあ! あのお嬢さまが、ついに殿下をご自分からお誘いになるなんて!」
「お嬢さまもお年頃ですし、殿下の素敵さに心を打たれたのですね!」
メイドたちが間違った方向でうれしそうに騒いでいるのを止めるのも面倒くさい。
それに誤解されたままのほうが、ふたりきりになりやすい。
眠気は人をやけくそにさせるのかもしれない。
そう思いつつ庭へ移動した。
「ごめんね、クロエ。昨日のうちに会いに来れなくて」
「いいわよ別に。国王様や王妃様とお話されたりしたんでしょ?」
「いや。あのあとは揉め事を起こした罰として、たっぷり課題をやらされてね。片付け終わった頃には陽が暮れていた。それで君のところへ行けなくなってしまったんだ」
「えっ。じゃあロランドの話をしてないの?」
クロエの言葉にスティードが頷き返す。
「母上は相当ピリピリしていて、ロランドの名前を出すのは憚られるし。父上とは顔も合わせていないよ。兄上とは少し話したけどね。兄上たちは直接、父上から説明を受けたらしいから、僕が父上とロランドのことを話す機会は多分この先もないと思うよ」
「どうして?」
「もし父上が僕にロランドのことを話すつもりがあったら、そのとき呼んだはずだからね」
「それは……」
たしかにスティードの考えているとおりな気がして、クロエは何も言えなくなってしまった。
宰相に紹介させて終わりだなんてひどいのに、スティードは何でもないことのような顔をしている。
多分、本当はなんでもなくなんかないのだ。
……違う。
昔はなんでもなくなかったはずなのだ。
でも何度も何度も、こういうことがあって、彼の心は麻痺してしまったように感じられた。
(スティードはいつもそう……! 本当の気持ちを笑顔の裏に押し込めて、なんでもないって顔して笑うのよ……)
クロエは面白くない気持ちになって、むっつりと押し黙った。
いつか国王となる王太子。
彼を支える年の近い第二王子。
ふたりが国王にとって、大事な存在であるのはわかる。
でもどうしていつも、スティードだけを蔑にするのか。
長男次男と年が離れているから?
それでもたったの7歳だ。
3番目の子供に与えられる役割は、さして重要じゃないから?
考えれば考えるほど、ムカムカした感情が胸の中で拡大していく。
初めてこの話を聞いた時も腹が立ったのを覚えているけれど、やっぱり国王のしていることはおかしい。
自国の国王を否定するなんて、とんでもない行いなのに、わかっていてもクロエの中の怒りはちっとも静まらなかった。
スティードは、クロエの悲しみを消し去ってくれた大事な友達だ。
だから彼がしてくれたのと同じように、クロエも彼を救ってあげたかった。
スティードを悲しませるすべてのものから。
それこそが大切な友達への義理だと思う。
悪役令嬢を目指しているわりに、根っこの部分では義理堅いクロエは、ぎゅっと拳を握りしめて、決意の表情を浮かべた。
「スティード、私に任せて!」
「え?」
「私が完璧な悪役令嬢になったら、きっと王様をやっつけてあげるわ!」
「!? クロエ!?」
「そういう悪事を平気でやれてこそ、悪役令嬢だものね。ぎゃふんと言わせてやるから!!」
「ぎゃふんって……」
スティードは目を丸くした後、ぷっと笑い出した。
「あはは。相手は国王なんだよ? まったく、君って子は……」
眉毛を下げて、おなかを抱えて笑う。
この笑顔は偽物じゃない。
なんで笑われてるのかはわからないけれど、本当の表情を引き出せたのがうれしくて、クロエは誇らしい気持ちになった。
「ありがとうクロエ。僕のためを思ってくれたんだね。でも心配しないで。僕は大丈夫だから」
「あなたが大丈夫と思っているかどうかは関係ないわ。私が悪事を働きたいだけよ」
照れ隠しにそう伝えると、スティードは笑いを引っ込めて真面目な顔でクロエを見つめてきた。
「そう。そのことについて話をしないとね。昨日の出来事で、僕が話した前世やゲームのことを信じてくれる気になった?」
「まあ、そうね。目の前であんなものを見せられたら、信じないわけにはいかないわ」
「よかった。これで次の段階の話に進める」
「スティードの言っていたことが本当なら、私はこの先、確実に悪役令嬢として破滅するのよね」
昨日、スティードが説明した内容を思い出す。
処刑、追放からの暗殺、惨たらしく苦しめられてから殺害……。
どれもゾッとする未来だ。
気が強いクロエといえど、さすがに怖い。
想像しただけで、背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
「大丈夫? クロエ」
「悔しいけれど不安だわ。昨日の夜は、鎌を持った死神に追い回される夢まで見ちゃったし……」
「君はそんな状況で、僕を心配してくれたんだね」
「だってそれとこれとは話が別だもの」
いつもどおり言い返してるつもりでも、気持ちが沈んでいるせいで言葉に覇気がない。
「そんな顔をしないでクロエ。僕に考えがあるから。君を破滅させたりはしないよ」
「……考えって?」
「まずはひとつ、はっきりと効果がありそうなものがある」
「……!」
「君はゲームにおいて、悪役だから処刑されるんだ。今後、悪役令嬢としての人生が決定づけられるような出来事が何度かある。そのときゲーム通りにならないように、君が悪役の人生に抗うんだ」
「……つまり、普通の女の子になれということ?」
スティードは黙ってクロエを見ている。
それが肯定代わりだった。
(そうよね。悪者だから死んじゃう。じゃあ良い子になればいい。……それはわかるけど……)
クロエの憧れた絵本の中の女性。
美しくて格好いい、悪役のお姫様。
大嫌いだった自分の悪役顔を、受け入れることが出来たきっかけは、スティードの絵本があったからだ。
悪役令嬢を目指すことは、クロエにとって唯一、自分を肯定できる存在意義のようなものだ。
それを諦めたら、クロエには何も残らない。
このまま大人になって、普通の令嬢として、自分を偽って生きていく。
(本当の私を出すことができずに生きていくのって、死んでいるのと同じじゃない?)
「ねえ、クロエ。心が空っぽになったまま生きるのと、華々しく悪役として散るのとどっちがいい?」
まるでクロエの心を読んだかのような問い掛けだ。
(でも、そうよ)
悩むまでもなく、答えは決まっている。
スティードの言葉に背中を押されるように、クロエは威勢よく口を開いた。
「私、破滅なんてしたくないわ! でも悪役令嬢になるのを諦めるのも嫌! だって90歳のおばあちゃんになっても『あの性悪ばあさん、今日も悪だくみをしていたぞ。さすがだな!』って言われたいんだもの」
「でも、そうすることが一番簡単なんだよ?」
「それでも、どっちも諦めたくないわ」
クロエは胸を張ってみせた。
「わがまま上等。だって私、悪役ですもの」
「ふっ……あははは!」
「え!? ど、どうして笑うのよ!」
スティードはなぜか、再びおなかを抱えて笑いはじめたのだ。
「いや、ごめんごめん。君ならそう言うと思っていたけれど、実際に目にするとなんだか嬉しくて」
スティードは他の誰にも向けたことのない優しい眼差しで、クロエを見つめてきた。
「安心してクロエ。君に覚悟があるのなら、僕はもう夢を諦めろなんて言わないよ。君は君らしく、あるがままでいて欲しい。必ず僕が君を護るから」
「護られるような弱い女にはなりたくないんだってば!」
照れくさくて、つい突っ張ってしまったけれど、心強く感じているのが本当の気持ちだ。
「それじゃあ一緒に頑張らせて。これならいいだろう?」
「う、まあ。そうね。それならいいわよ」
「ふふ、ありがとう。ゲームの通りにならないよう、僕が君を導くよ。ゲームの内容を知り尽くしている人間は、ゲームの中には出てこなかった。ということは、完全にゲームどおりの世界ってわけでもないと思うんだ。その綻びをついていこう」
「綻びをつくってどういうこと?」
「順番に話すね。まずゲームに描かれているのは、僕たちの人生における重要な場面の一部だ。例えば昨日のシーンは、ロランドにとっての重要な場面のひとつだった。初めて城にやってくる日だからね」
「だから、何を話すかまで知っていたのね」
「でも、ギデオンとロランドがあんな風に喧嘩するという部分は省略されていた。ゲームで大事だったのは、ロランドがみんなの前に出てきてひどいことを言われるのと、そのあとに起こる出来事だ」
「そのあと?」
「うん。でも本当に重要な出来事は起こらなかった。僕はそのことで、ある可能性を見出したんだ」
「可能性?」
「そう。鍵となるのはロランドだ」
思わぬ名前が出て、クロエは首をかしげた。
「ゲームでの彼は、城に来た初日に魔法を暴走させて、君の言ったように罰として塔に閉じ込められてしまった。この一連の出来事は彼の人生を大きく左右する」
塔に閉じ込められていたと聞いて、クロエはぞっとした。
「ゲームのロランドは閉所恐怖症で、暗い場所が苦手。それは幼少期に何度も、折檻で城にある『北の塔』に閉じ込められていたから」
「それは仕方ないわ。あそこは怖いもの」
「そこはかつて罪人を幽閉するのに使った。意地悪な家庭教師の一人が、庶子であるロランドをいびったんだ」
なんともひどいことをする。
あの子供たちもそうだったけれど、庶子であることがそんなに悪いのだろうか。
ロランドは何もしていないのに。
子供には生まれてくる親を選ぶ権利なんてないのだ。
「ゲームのクロエは、ロランドが閉所恐怖症だと知っていて、学園の物置に閉じ込めて嫌がらせをする」
「ええーっ!?」
そんな性悪なのか。
クロエの目指したい路線はそこではない。
もっと格好良くて、美学のある悪事を働きたいのだ。
「そこからロランドを助け出すのが『ヒロイン』だ」
「ひろいん?」
「ゲームの主人公である女の子だよ。その件をきっかけに、誰にも心を開いていなかったロランドが、ヒロインにだけ優しさを見せるようになる。ロランドのルートで、クロエの人生が破滅へ突き進んでいく第一歩がその事件だ」
なるほど、と思った。
クロエにとってのスティードのように、助け出してくれた人というのは、やっぱり大切な存在になるのだ。
「あれ? でも実際は閉じ込められてないわよ?」
「そうなんだ。君が止めたことで、ロランドのトラウマは生み出されなかった。もともとあの場にいるはずのなかった君。その君が物語の展開を変える力になったんじゃないかなって僕は思うんだ」
クロエの目の前が、どんどん明るくなってゆく。
「こうやってひとつずつ、破滅ルートへの道を潰していけば、君はきっと不幸にはならないとおもう」
スティードの言葉に、クロエは大きく頷いた。
「わかったわ! どうしたら私が破滅するのか、スティードは知っている範囲でいいから教えてちょうだい。私はそれをどんどん潰していくわ。そうすれば悪役令嬢になっても、破滅しない未来に辿り着けるはずよ!」
「僕は君を全力でサポートするよ。絶対に幸せになろう」
昨日の暗い気持から一転、希望を掴めて嬉しくなる。
ところが――。
その数日後。
ロランドは突然、北の塔に幽閉されてしまったのだった。