天敵との危険なお茶会 6
(こんな拘束なんでもないわ……)
クロエは負けじとザックを睨み返しながら、精一杯、体を動かそうとした。
身をよじっても、力を込めても、息が上がるばかりで何の変化も得られない。
「そんなことをしても疲れるだけだろう。だいたい従順な女の子のふりはどうしたんだ?」
「うるさいわよっ」
必死に抵抗するほど、ザックの楽しげな表情が色濃くなる。
馬鹿にされているのが悔しくなるのと同時に、クロエは絶望的な気分になった。
クロエがいくら暴れたって、この魔法は破れない。
だからザックは余裕なのだ。
そう気づくのと同時に、サアッと血の気が引いていった。
認めたくない気持ちが、心を染め上げていく。
襲い掛かる感情の正体は、恐怖だった。
どうやっても掻き消せないほどの恐れを抱いたのなんて、生まれて初めての経験だ。
自分の馬鹿さ加減に今さら気づいて、悔し涙が浮かんでくる。
悪役を目指しているからって、己の力を過信しすぎていた。
そもそも魔力も平均以下だし、腕力だって女の子の中では力持ちだと言われる程度。
男の子には到底かなわない。
結局、クロエは非力な十三歳の少女でしかないのだ。
どんな相手にも負けない最強の悪役令嬢クロエは、そうあれたらいいなという理想の姿でしかなかった。
それなのに、向かうところ敵なしぐらいのつもりでいた。
こんな人気のないところに、ノコノコついてくるほど、慢心しきっていたのだ。
(私の馬鹿! 根拠のない全能感とか痛すぎるわ!)
もっと早くそのことに気づいていたなら――。
後悔しても遅い。
「可愛い抵抗はもう終わり?」
「うう……」
「楽しみだな。ようやく君の泣き顔が見れそうだ」
そんな意地の悪い言葉と共に、ザックがクロエの頬に触れてきた。
そのまま、ゆっくり彼の顔が近づいてくる。
キスをするつもりだ。
そう悟った途端、喉の奥から情けない悲鳴が零れ落ちた。
「ひ……っ」
(い、いや! こんなやつとキスなんて絶対いや! 無理無理無理!)
頭を振って阻もうとしたら、頬に添えられていた手でぐっと顎を掴まれた。
もう逃げ場がない。
(やだ……! だ、誰か……誰か助けて……)
震えるほどの恐怖に襲われたとき、クロエは無意識に彼の名を叫んでいた。
「助けて、スティード……!!」
「こんな色っぽい場面で、他の男の名前を出すなんて。君って本当に馬鹿だね」
ザックが冷ややかな声でそう呟く。彼の吐息がクロエの唇にかかった。
その瞬間――。
耳がキィンとなる音と共に、背後からものすごい魔力のエネルギーを感じた。
「うわ……っ!?」
えっと思う間もなく、悲鳴を上げたザックが後方に吹き飛ばされる。
周囲の空気がピリピリしている。
誰かが強力な魔法を放ったのだ。
ザックの魔法のせいで、身動きが取れないのが忌々しい。
一体誰がいるの。
キルトの上に転がったまま歯噛みしていると、クロエの問いに答えるように、魔法を使った者が声を発した。
「僕の婚約者に何をしているんだい?」
怒りを隠そうとしない、低く潜められた声だけれど、すぐにわかった。
「スティード……!?」
(うそ、どうして……!?)
信じられない気持ちでスティードを見上げる。
本気で怖いと思ったとき、確かに彼の名を叫んだ。
(でも、まさか助けに来てくれるなんて……)
駆け寄ってきたスティードは、ザックの拘束魔法をあっさり解除すると、クロエを支え起こしてくれた。
スティードの後ろには、マリオンとロランドの姿も見える。
マリオンはぜーぜーと息切れを起こしているし、ロランドの髪も乱れていた。
そういえばスティードも、襟元を緩め、腕まくりしている。
(みんなで探してくれたの……?)
問いかけるようにスティードを見上げると、彼の端正な顔がくしゃっと歪んで抱き寄せられた。
「クロエ! 怖かっただろう。かわいそうに……!」
気遣うように、そっと優しい力で抱きしめられる。
ザックに触れられのはあんなに嫌だったのに、幼いころから慣れ親しんできた彼の温もりは、クロエを心底、安心させてくれた。
次話は明日の7時に更新予定です。
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