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11歳の春 3

「は、破滅?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 だって破滅って、そんなバカな。

 本気で言っているのだろうか。

 普段のスティードからは連想できないよう突飛な発言のせいで、なんだかおかしくなってしまった。


「ぷっ……あはははは! 破滅ってなによ!?」


 笑うなという方が無理がある。

 破滅なんて言葉を大真面目に口にするなんて。

 冗談が下手だと思ったのを撤回しないといけない。


「あはは、ひーっははっ、笑いすぎておなか痛い……!」

「クロエ、引き笑いになってるよ……」

「だって、ひーっひーっ、おっかしすぎて……っ」


 スティードは、おなかを抱えてケラケラ笑うクロエを見つめたまま、困ったように微笑んだ。

 彼の目が少し揺れている。

 真面目に聞いていないことを悲しんでいるように見えて、クロエは少々居心地が悪くなった。


(な、何よ……。変なのはスティードのほうなのに)


 気まずいので、コホンと咳払いをして姿勢を正す。

 どうやら冗談のつもりではなかったらしい。


(しょうがないわね。もうちょっと真剣に聞いてあげるわよ)


 クロエが態度を変えると、スティードは話を再開させた。


「身を滅ぼすでも、自滅するでも何でもいい。でも滅びるという言葉を使わないと表現できないほど、最悪な人生になるんだよ。他の誰でもない、君が」

「えーっとちょっと待って。それは物語の中の話なのよね?」

「前世の僕にとっては物語の中の話だった。でもこの世界がその物語の中なんだよ。僕たちの未来が、完全に物語どおりになるのかは、もちろん断言できない。ただ、今まで僕らに起こったこと。僕と君が婚約していることも、僕が君に絵本をあげたことも、全部物語に描かれていた出来事なんだ」


 クッキーを食べるのをやめたクロエは、腕を組んで考え込んだ。

 信じる信じないという問題はややこしくなるので、いったん置いておく。


 物語に描かれていたとおりの出来事が実際に起こっていた。

 今後も起こるかもしれない。

 それってまるで……。


「予言みたいじゃない……」

「うん。そう考えてもらうのが一番わかりやすいと思う」

「あなたは私達の人生を描いた物語を知っていて、だからこれから先私たちにどんなことが起こるかもわかっているってこと?」

「ああ、クロエ! わかってくれたんだね!」

「ちょっ、抱きつかないでちょうだい!」


 伝わったことがよっぽどうれしかったのか、興奮してぎゅっとしてきたスティードの体を、ぎゅむぎゅむと押し返す。


「はぁ、もうっ。油断も隙もないんだからっ。……一応聞いておくけど、物語の中で私が破滅するって、具体的にどういう状況になるの?」

「よくて国外追放と見せかけての暗殺。まあまあで処刑。一番悪いのは、君を憎む人物によって惨たらしい方法で苦しめられた後、殺害されてしまう」

「ちょっと待って、全部死んでるわよ……!?」


 余裕で話を聞いていたクロエだったが、直前まで笑っていたことも忘れて、ひくりと頬を引き攣らせた。

 想像していた以上にひどい破滅っぷりだ。

 たしかにその状況は、他の言葉で表現しづらい。


 スティードの話を鵜呑みにしたわけじゃない。

 でも破滅に関しては、きちんと聞いておかなければという気持ちになってきた。


「ちょっと具体的に話してみなさいよ。き、聞いてあげるわ」


 クロエはできるだけ動揺していないフリを装ってみせた。

 破滅にびくついたなんて、悪女を目指している身としては情けなさすぎる。スティードには絶対、気づかれたくなかった。

 当然、変な汗が背中を流れていったことも内緒だ。


「ゲームの世界の舞台は、今から5年後の王立魔法学院だ。ここで起こる恋愛模様がこの物語のメインテーマだよ。物語は、主人公である女の子が、学園に編入してきたところから始まる」

「それが私?」

「クロエはその主人公に意地悪をする悪役令嬢だ」

「え!? なんですって!?」

「だから君は物語の中の悪役令嬢でーー」

「その話、もっと詳しく聞かせてちょうだいっ!!」


 直前まで破滅に怯えて変な汗をかいていたのに、単純なクロエは瞳を輝かせて、前のめりになった。

 まさか自分が悪役令嬢と呼ばれている物語の話だったなんて!

 それを先に言って欲しかった。

 興味津々になったクロエは、きらきらした目で続きをねだった。

 破滅に関する不安は、遥か彼方へ飛んで行ってしまった。


「まあ、そこに興味を持つかなとは思っていたけど……」

「分かっているなら早く教えてってば!」

「このゲームでは主人公と恋をする候補がたくさん出てくる。彼らのことは『攻略対象』って呼ぶね。ゲームのプレイヤーは主人公の立場に立って、その攻略対象の中から、誰と恋をするかを選ぶんだ。物語の中のクロエはその恋を邪魔する悪役というポジションを一身に担っている」

「やだ、なんて素敵なの!」


 恋の邪魔者なんて、まさに悪役の所業だ。クロエは俄然、興奮してきた。


「恋人候補の登場人物は、物語の展開次第でほとんど出てこなかったりする。でも悪役令嬢のクロエだけは必ず登場して、主人公がどの男性と恋をするときでも常に邪魔に現れて、傍若無人に振る舞い、主人公を苛め倒すんだよ」


 クロエは嬉しくなった。

 まるでスティードのくれた絵本みたいだ。


(私の夢が叶っている世界なのね!)


 もっとその世界の話が聞いてみたい。


「スティードはどんなふうに出てくるの?」

「僕の役どころは、彼女が恋をする男の候補1だ」

「えっ」


 クロエは動揺した。

 スティードが他の女の子と恋をする?

 想像もしてなかった展開に、心臓が奇妙な音をたてはじめた。

 ドキドキドキ。


(え。なんのかしら、これ……)


 いつもスティードはクロエのことを考えてくれているし、他の子に目を向けることなんて一度もなかった。


(自分のお気に入りのおもちゃが、勝手に脱走していったような感覚? だからむかむかして心臓がうるさくなるの?)


「スティードが恋人候補1……」

「クロエ、驚いているの?」


 そう尋ねるスティードのほうが、意外そうな顔をしている。

 でも彼はすぐに、天使のような微笑みを浮かべた。


「嬉しいな。僕がほかの女の子とって想像したとき、君は少しでも嫉妬してくれるんだね」

「し、嫉妬とかじゃないわ。想像つかなくて驚いただけ」


 ふてくされた顔で睨んでも、スティードのニコニコ笑顔は消えない。

 しかも調子に乗って手を取ろうとしてきたので、クロエはさっと両手を後ろに隠してしまった。


「僕はいつまでもクロエだけを想っている。他の人なんて目に入らないから、安心してね」

「で、でも! ここがゲームの世界なら、その通りになっちゃうんじゃないの?」

「僕が話そうとしていることがわかるんだね。さすがはクロエだ」

「はぐらかさないで、続きを教えて!」


 スティードは頷いた。


「僕みたいな男、つまり攻略対象と呼ばれる人間は3人いる。主人公は色々な場面で選択を行い、最終的にその中から1人の男を選ぶ。それによって物語の結末は変わる。その男とハッピーエンドになるか、バッドエンドになるかも選んだ選択肢次第で変化するんだ。君はその世界で主人公をいじめた挙句……」

「あなたの言っていた、破滅に向かうってこと?」

「そのとおり。賢い君も素敵だよ、僕のプリンセス」


 どんどん賛辞の言葉が続きそうだったので、話の続きを急かすと、スティードは肩を竦めてから説明に戻った。


「破滅の仕方はそれぞれのキャラクターによって違う。でも君が悲惨な目に遭うことだけは、どれも一致している」

「むう……」

「たとえば……こんなことはたとえでも言いたくないんだけど、僕が主人公の恋人になった場合。ゲームの君はヒロインに悪事を働き、追い詰めて学院を辞めさせようとする。その結果、ゲーム内で僕を怒らせて国外追放になり、追手として差し向けられた殺し屋によって暗殺される」

「ゲームの私もなかなか大したものね!」


 破滅するのは嫌だけど、自分の活躍は嬉しい。


(そんな悪事を働けるなんて、物語の世界の私すごいじゃない……!)


「ここまでの話、信じてもらえたかな?」

「うーん……夢がある話だけど、それとこれは話が別よ」


 やっぱり前世の記憶を夢に見ているというだけでも突拍子がない話だというのに、そのあげく自分たちが物語の中の登場人物なんて。


「私が悪役令嬢として大活躍する人生があるのは素敵だと思うわ。でも今ここに存在している私が物語の中の人だなんて。それってよく考えると、すごくゾッとする話よ。だって私が今こうやって喋ったり思ったりしてることも、全部物語に決められてるってこと? 私という人間の思考じゃなくて? そんなの最低じゃない。どこかの誰かによって作り出されたとおりに動く人形だってことになっちゃうもの」

「……だよね。でも僕らは創造神を当たり前に信じているだろう? だけど僕らを作った神様が、僕らの人生のすべて、発言のすべてを決めていると思って、自暴自棄になったりはしない。それと同じことだって思えない? 破滅ルートを回避するためにも、まずは僕の話を受け入れてもらわないと困るんだ」

「回避……?」

「僕が君に降りかかる災難を見過ごせると思うかい?」


 熱っぽいスティードの目が、クロエをじっと見つめる。


「ゲームのシナリオなんかに君を傷つけさせない。全身全霊をかけて君を守るよ」


 いままでに贈られたどんな愛の言葉よりも真剣な、スティードの誓い。

 それを向けられたクロエは、胸の奥があたたかくなるような気持ちを覚えた。

 なんだかもぞもぞするような、くすぐったいような感覚。

 それを誤魔化すべくクロエは腰に手を当てて、挑戦的にスティードを見上げた。


「そこまでいうのなら、スティードの話が真実なんだって、まずは証明してみせてよ」


 予想外の言葉だったのだろう。

 スティードは目を丸くした後、考え込むように口元に手を当てた。

 なんだ、やっぱり証明できないんじゃない。

 クロエがそう伝えようとした直後――。


「わかった。僕が未来を知っていることを、証明してみせるよ」

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