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天敵との危険なお茶会 5

「嫌われるよう振舞ってまで断らせたいなんて、ずいぶんと無茶な作戦を練ったねえ。まあ君のほうから断れるわけないものね。いくらお貴族様といえど、困っているのは君の家の方なのだから」


 見下す気持ちを隠さずせせら笑うジャックを見て、クロエはムカムカした。


「嫌な感じ! その貴族の名声が欲しくて結婚しようとしてるくせに」

「貴族は普段から驕っているだろう。だからこういうとき、馬鹿にされるんだ」

「驕っているのはあなたのほうでしょ。お金を持っているのがそんなに偉いの?」

「さあどうだろうね。お金があれば少なくとも、結婚という名目のもと娘を売り払わなくて済むよ」

「あら。あなたは家にお金があるのに、こうして結婚させられそうになってるじゃない」


 政略結婚なんて、お金の有無にかかわらず行われている。

 だいたいお金持ちだからって、今のザックのように他人を見下すのは最低だ。


「両親に直訴するわ。いまのあなたの態度と発言を聞かせれば、そんなところに嫁ぐなって言ってくれるはずよ」


 もちろんこれはハッタリだ。

 貴族間の結婚がそんなに簡単じゃないことは、クロエだってよくわかっている。

 でも、こんな相手と結婚をするように言われて、誰にも助けてもらえないなんてあんまりだ。


(私は絶対マリオンの味方よ)


 彼女のために、なんとしてもこの婚約を潰してみせる。

 決意をあらたにしてザックを睨みつけると、彼は呆れ交じりのため息を吐いた。


「君は自分のおかれている状況が全くわかっていないんだな。君の家には膨大な額の借金があって、屋敷を取り上げられそうになっている。その状況を回避する方法なんて、もう君が僕と結婚するくらいしかないんだよ?」

「あなたじゃなきゃいけない理由はないわ。両親に言って、もっとまともなお金持ちを探してもらうわよ。あなたなんて論外よ」

「だったらいまから君の家に行こうか」

「えっ」


 突然、とんでもない提案をされ固まる。

 家に行くなんてもってのほかだ。


(マリオンの母親に会ったりしたら、私が偽物だってバレちゃうじゃない!?)


「君の母親の前でもさっきと同じような態度を取ってあげるよ。それでも君の母親は、僕のご機嫌取りをするだろうね」

「だ、だめ! 家にくるのはなしよっ!」


 大慌てで両手を振ると、ザックは何を勘違いしたのか、憐みのこもった目を向けてきた。


「ほらね。君だって本当は両親が庇ってくれないことを理解してるんだろう? どこの家も同じ。貴族なんてのは、子供の幸せより家の名誉を重んじる生き物だ」

「そ、それはわからないけど……。とにかく家はやめましょう……」


 うっかりまごついてしまったせいで、二人の間に嫌な間が流れた。


「なんだか様子が変だね。さっきまでの勢いはどうしたの?」


 まずい。ザックが不審に思いはじめている。

 落ち着いて、形勢を立て直さなければ。


(とにかく話題を変えるのよ)


「ねえ、ザック。そんなに私と結婚したい? 言っておくけど、私って相当変人よ。庭に落とし穴も掘りまくるし、メイドのことを追い掛け回すわよ! そんな奥さん欲しくないでしょ?」

「あはは、なんだそれ、面白いな。退屈しなくてよさそうだ」

「うっ。私は旦那様の言うことを聞くような奥さんじゃないし、扱いに苦労するわよ!」

「そういう女の子いいね」


 クロエは普段、母から怒られているポイントを、思いつく限りあげ連ねていった。

 そのどれに対しても、ザックは面白がるばかりで、焦りが募る。


(もう、なんなのよ、こいつ! 変な女が好きなの!?)


 捲し立てるように自分の欠点を並べ立てていたクロエが、息切れを起こした頃、ザックは改めてクロエに向き直ってきた。

 涼しげなその顔がむかつくけれど、息が上がっていて、睨み返すことしかできない。


「君に一つアドバイスをあげよう。俺に嫌われたいなら、従順で媚を売る女の子になりなよ」

「そういう子が嫌いだって言いたいの?」

「ああ。もし君がそんな子だったら、こっちから断っていたな」


 ザックは両の手のひらを見せて、お断りだというポーズを取った。


(胡散臭すぎる)


 クロエは鼻に皺を寄せて、ザックに詰め寄った。


「あのねえ、ザック・ニール。そんな話を信じるほど馬鹿じゃないわよ。あなたが私の役に立つ情報を与えるわけないもの」

「そうとも限らないよ。どう見たって君は従順なタイプじゃないし、演技でさえそんなふうに振る舞えないだろう? だから敢えて教えたんだ」

「……どういうこと?」

「俺が嫌いなのは従順な女の子だってわかってるのに、そう振る舞えず歯ぎしりする君。絶対すごく面白いだろうなあと思って」

「な……!」

「ほら、ちょっと試してみなよ。それで思いっきり俺を笑わせてくれ」

「な、なななっ」


(なんて嫌なやつなの! 知ってたけど!!)


 でも、ザックがクロエを舐めきっていたおかげで、チャンスが巡ってきた。


(ふん。馬鹿にしないでちょうだい。従順な女の子のフリぐらいできるわよ! つまり普段の私と正反対の態度を取ればいいってわけでしょ?)


 クロエは、俯いた口元に勝者の笑みを滲ませた。


(言い返したりしないで、ザックの言うことを全部受け入れるだけだもの。ちょろいもんよ。さあ、これで私を嫌いになりなさい、ザック・ニール!)


 絶対、完璧にザックが嫌うような女の子を演じてやる。

 一度、ゆっくり瞬きをして、気持ちを切り替える。


(私は従順な女の子! 私は超絶、従順な女の子よ!!)


 そう暗示をかけて――。


「今からなんでもあなたに従うわ」

「……へえ?」


 その瞬間、ザックの雰囲気が明らかに変わった。


(え、な、なに……?)


 彼は微笑みを消し去った代わりに、十三歳とは思えない妖艶な表情で迫ってきた。


(なんのつもり……!?)


 わけがわからないまま、身を引こうとしたら、それより早くザックがクロエに向かって手のひらを翳した。


 光の輪が宙に浮かんだかと思いきや、それがまるでロープのように、クロエの上半身に絡まる。


「……っ!?」


 その途端、まったく身動きが取れなくなった。

 体をぐるぐる巻きに縛られてしまったような感覚だ。


「な、なにこれ!? 魔法!?」


 どれだけもがいても、両腕は体にぴったりくっついたまま、びくともしない。

 おそらく拘束魔法だろうけれど、人の動きを完全に封じる魔法なんて見たことがなかった。

 ザックはそんなクロエを面白そうに散々眺めてから、そっと髪に触れてきた。


「君が身を任せるって言ったんだからね?」

「え?」


 とんっと肩を押されたクロエは、バランスを失い、キルトの上へ仰向けに倒れ込んだ。

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