天敵との危険なお茶会 4
※ザックの口調を少し変更しました
※クロエたちのスタート年齢を10歳から11歳に変更しました
※ゲームのメイン攻略対象の数を3人に修正しました
ザックがクロエを招待したのは、ラベンダーが咲き誇る小さな花畑だった。
隠れた名所なのか、それとも人払いをしたのか、紫の美しい絨毯は誰のものにもなっていない。
ありきたりな中庭に用意された、退屈なお茶会を想像していたから、不意を突かれた気分だ。
花を潰さない場所に用意されたキルトの上には、サンドイッチやマフィンが用意されている。
紅茶のポットからは湯気が立ち上っているのに、辺りにはメイドの姿さえ見当たらなかった。
「使用人たちが傍にいると、ふたりきりになれないから下がらせたんだ。給仕は僕が務めさせてもらうよ」
にこっと微笑むザックの笑顔を、胡散臭いとしか思えない。
こういう演出じみた行動を取るところが、なおさら信用できなかった。
「別にふたりきりじゃなくてよかったわ。あなたと私しかいないなんて、息が詰まるもの」
無理して嫌われるふりをする必要なんてなさそうだ。
ザックに対してなら、普段通りにしているだけで、いくらでも辛らつな言葉が湧いてくる。
「給仕の人たちはプロなんだから、素直に任せればいいのよ。素人の入れたまずい紅茶なんて飲まされたくないわ」
「安心して。俺の腕はなかなかのものだよ? 街の女の子たちにも好評でね」
「婚約者候補の前で他の女の子の話? とんでもないクズね」
「うれしいなあ! 嫉妬してくれるんだ?」
「そんなわけないでしょ」
ただ単にクズと言ってやりたかっただけだ。
(だいたい他の子のことを指摘されても、平然と流すなんて! 軽薄すぎよ!)
こんな相手は、やっぱりマリオンに似つかわしくない。
器用な手つきで紅茶を入れてみせたザックが、ティーカップを差し出してきたが、クロエはぴしゃりと撥ねつけた。
「結構よ。私って味にうるさいの」
「やきもちを焼いて怒る女の子は嫌いじゃない」
「ちょ!? その話は終わったでしょ!」
「紅茶、ここに置いておくよ」
「……っ」
何を言ってもまったく響いていない。
ザックの涼しげな顔を見ていると、どうしようもなくムカムカする。
(負けてたまるものですか!)
嫌味が響かないなら、別の方法を取るまでだ。
「あーあ。森を歩いて足が痛くなっちゃった!」
クロエは再び靴を脱ぎ棄て、キルトの上にごろんと寝転がった。
さすがに普段、他の人の前では出来ない行動だが、相手に嫌われてもいいなら話は別だ。
(うーん、それにしてもこの体勢、解放感があって悪くないわね!)
視界の先には一面の青空が広がっている。
前髪を揺らす風は優しく心地いい。
隣にザックさえいなければ、最高のピクニックになっていただろう。
「ははは。君はやっぱり面白いね。こんな女の子初めて見たよ」
(ちょっと……なんで笑ってるのよ! ここは引くところでしょう!?)
「私はちっとも面白くないわ!」
叫びながら体を起こすと、またあの悪魔の笑顔を浮かべたザックと目が合った。
「そう言われれば言われるほど、俺は楽しくなる」
この少年、本当に歪んでいる。
「あなたって変よ。普通、嫌味を言われたら頭にくるし、こんなお行儀の悪い女の子を見たら引くはずよ! それを面白がっていられるなんて、どうかしてるわ」
クロエの言葉を聞いた途端、ザックは声を上げて笑い出した。
さっきまでのにやにや笑いとは違う。
堪え切れなくて吹き出したという態度を見て、クロエは嫌な予感を覚えた。
「……何がそんなに可笑しいのよ」
「あー笑った、笑った。何が可笑しいって? だって君があまりに素直だから」
「……どういう意味よ?」
「なんで俺が怒らないか不思議なんだろう? ははっ。怒るわけないさ。だって、君が俺を怒らせたくてわざと辛らつな言葉を口にしているのが、可愛くて仕方ないんだから」
(な……なんですって……!?)
一気に血の気が引いていく。
(わざと嫌われようとしていることに気づいてたの!?)
ショックを受けるのと同時に、悔しくてたまらなくなった。
完璧な作戦だと思っていたのに。
見透かされていたなんて、屈辱以外の何物でもない。
その結果、ザックを楽しませてしまったのだと思うと、情けなくなった。
「君は計略には向かないタイプだよ。わかりやすすぎるからね。俺に嫌われることで、婚約をこちら側から断らせようと考えたんだろう?」
キルトの上に手をついて前のめりになったザックが、顔を覗き込んでくる。
吐息がかかるほどの距離にギクッとなった瞬間、ザックは整った顔を歪めて笑った。
「残念だったね。君の計画は失敗に終わったんだよ」




