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天敵との危険なお茶会 3

 追いすがるスティードを振り切って、屋敷の中に駆け込んだクロエは、廊下で鉢合わせた母が止めに入るのも聞かず、ずんずんと廊下を突き進んでいった。


「まあ、あの子ったら! どうしたのかしら。珍しく泣きそうな顔なんかして」


 母のそんな呟きが後ろから聞こえてくる。


(泣きそうになんてなってないわよ……)


 心の中で反論したけれど、いま鏡を見る勇気はなかった。

 本当は涙が溢れそうなことぐらい、クロエが一番知っている。


 わかってくれなかったこと、わかりあえなかったことへの怒りや悲しみが渦巻いて、どうしようもなく感情が高ぶる。


(顔も見たくないって言っちゃった……)


 スティードはまるでクロエの言葉に殴られたかのように、苦しそうな顔をしていた。


(あんなこと言わなきゃよかった……? でもだってスティードが……違う、スティードのせいにしたいわけじゃないのに……。ああ、もうっ……)


 頭も心もぐちゃぐちゃだ。

 それでも広い屋敷の廊下を進み、自室に辿り着く頃には、クロエの感情はほとんど罪悪感一色になっていた。


(やっぱり最後の言葉は言い過ぎだったわ……)


 やっと辿り着いた自室に飛び込むなり、クロエはばすっと音を立ててベッドへと倒れ込んだ。


 息を詰めて、心を落ち着かせようと頑張る。

 そうでないと、怒涛の勢いで押し寄せてくる罪悪感に飲み込まれてしまいそうだった。

 口からこぼれる溜め息が重い。


「はあ……なんであんなこと言ってしまったのかしら」


 心配してくれたのはわかっていたのに。

 ムキになって素直になれず、ひどい言葉を口にした。


(スティードがマリオンのことを敵みたいに思ってるのが、許せなかったのよね……)


 そのことがどうしても納得できなくて、つい感情のまま怒ってしまった。

 でも冷静になって考えれば、スティードが悪いわけじゃない。

 彼はゲームの中のマリオンしか知らず、そのマリオンは、クロエを破滅させる存在だったのだ。

 これまでずっとマリオンはクロエを破滅させる存在だと信じて、解決策を練ってきたのだし、この世界で出会うマリオンのことを、ゲームと同じ人間だと思い込んでも、仕方のない話だった。

 現実のマリオンとの違いを主張しても、当然、簡単に受け入れられるわけがない。


(私はスティードの気持ちをちゃんと汲んだうえで、本当のマリオンについて聞き入れてくれるまで、何度でも伝えるべきだったんだわ)


 それにゲームの内容と違うことが起きていたら、スティードが警戒するのは当然だ。

 本来なら、そんなスティードに感謝しなくてはいけなかったところだ。


 それなのに、「ありがとう」や「ごめんね」の言葉を一度も伝えなかった。

 挙句に「帰って」「顔も見たくない」だ。

 クロエはたまらない気持ちになって、クッションに額をぐりぐりと押しつけた。


(私、最低ね……)


 自分のことをちょっぴり嫌いになりそうだ。

 クロエにとって、こんな自己嫌悪は初めてのことだった。


 そもそもスティードとあんな風に言い合いをしたことなど今まで一度もない。

 それはいつも彼の方が、クロエの意地っ張りな言葉や態度を笑って許してくれていたからだ。


『クロエがそんなふうに、本当の気持ちをぶつけてくれることが嬉しいんだ』

『僕の前ではいくらでも我が儘な女の子でいてくれていいんだよ』

『何より僕は、怒ってる君も可愛くて好きだ』


 言われた時は、恥ずかしくて仕方なかったけれど、今振り返れば、あれは彼の優しさだった。

 そう思うとますます気が滅入ってきた。

 さすがのクロエでも、友人との初めての喧嘩がかなり堪えていた。


(……スティードに謝ろう)


 クロエは意気消沈したまま、ごく自然な気持ちでそう思った。


 明日のマリオンとの約束は守る。

 だけどその予定が終わったあと、スティードに会いに行こう。


 自分から追い返しておいて、虫のいい話なのはわかっている。

 でもこんなに後悔しているのに、何も行動を起こさないでいることなんてクロエにはできなかった。


 ◇◇◇


 翌朝の目覚めは最悪だった。

 一生懸命スティードに話しかけても声が届かないという夢にうなされ、起きた時にはぐったりと疲れ切っていたのだ。


 夢には潜在意識が影響を与えると言われているのをふと思い出す。


(早くスティードと仲直りしなくちゃ)


 悪夢を見るのは自分への罰のように思えて、クロエはしょんぼりと肩を落とした。


(でもまずは、ザック・ニールとの対決ね)


 敵はあの曲者だ。

 落ち込んだ気持ちで立ち向かってなんとかなる相手とは思えない。


 クロエは大きく息を吐き出すと、気持ちを切り替えてベッドを飛び出した。


 ◇◇◇


「なあ、私の宝物たち。今日は家族でテニスをするのはどうかな」


 朝食を済ませたクロエは、父がそう誘いをかけてくるのと同時に席を立った。


「ごめんなさいお父様。私はもっと重要な勝負に挑んでくるわ。テニスはお母様と二人で楽しんで!」

「え!? 勝負!? 勝負ってなんだいクロエ!?」

「クロエ、あなたまた何か企んでいるの!?」


 母の小言から逃げるようにカントリーハウスを抜け出し、小川の方へ向かう道まで走る。

 ここから川を越えた先に、マリオンが教えてくれた別荘があるはずだ。

 全力疾走するためにまくりあげていたスカートを直し、乱れた髪を手櫛で適当に整える。

 軽く弾んでいた息が元に戻る頃、視界の先に青い壁の屋敷が見えてきた。


 生い茂る緑に囲まれた門の前にいるのは、マリオンだ。


「マリオン、おはよう」

「おはよう、クロエ。本当に来てくれたのね」

「当たり前じゃないの! 友達を裏切ったりしないわ。私はこのままザック・ニールが現れるのを待つから、マリオンは屋敷の中にいてちょうだい」

「えっ!? クロエ一人に押しつけるなんて……」

「押しつけられてるなんて思ってないわよ」


 そもそもこの作戦はクロエ側から提案したものだ。

 そう言っても心配そうにしているマリオンの肩を、クロエは軽くぽんぽんと叩いた。


「ザック・ニールとマリオンが鉢合わせするのはまずいでしょ。あいつ鋭そうだし。ちょっとしたことをきっかけに、どっちが本物のマリオンか気づきかねないわ。だから、ね? 私に任せて、マリオンは待っていて! 必ずいい知らせを届けるから!」


 マリオンの背中を押しながら説得し、なんとか彼女を屋敷の中に戻す。


「さーてと」


 一人になったクロエは、ここへ向かう途中に考えた作戦をさっそく決行した。


(ふふふ! まずは出会い頭の先制パンチよ!)


 計画通りのポーズを取ってほくそ笑んでいると、そんなにたたずにザック・ニールが姿を現した。


 日差しの降りそそぐ古径の中をのんびり歩いてきたザック・ニールは、クロエを見て目を丸くした。


「え……。君、何してるんだ?」


 完全に不意打ちを食らった彼が、素のまま尋ねてくる。

 予想通りの反応がうれしく、口元が勝手に緩んでしまう。


(いけない、いけない! まだ気を抜けないわ)


 クロエはぐっと唇を引き結んで、冷たく見下すような視線でザック・ニールをねめつけた。

 もともとの悪人面も相まって、こういう表情をすると、ものすごく意地悪そうに見えることを知っている。


(何度も鏡の前で確認してきたから、この顔には自信があるわよ)


 今までさんざん練習してきた悪役令嬢らしい表情も、ついに実践の機会を迎えたというわけだ。


「何してるって、わかりきったことを聞かないでよ。あなたを待っていたに決まってるじゃない」

「待ってたって言ったって……」


 それ以上、言葉が続かないらしい。

 ザックが驚くのも無理はなかった。

 クロエは地べたに直接座り込んでいるうえ、お行儀悪く靴を脱ぎ捨てているのだ。

 貴族の女子としては、マナー違反も甚だしかった。


(どう? ザック・ニール? 今すぐに婚約を断ってもいいのよ)


 ザックが引いてしまうぐらい、とんでもない少女として振舞いまくり、こんな子と結婚なんて無理だと思わせる。

 これがクロエの作戦だった。


「……ふうん。おとなしい子だって聞いてたけど、ずいぶんと奔放だなあ」


 ザックが怯まず面白そうに眉を上げたのは気に入らないが、問題ない。まだ勝負は始まったばかりなのだから。


「大人たちの前では猫かぶっているの。本当の私は木登りもするし、落とし穴も掘るし、最悪な女なんだから」


 もっとも、これはクロエが普段やっている行動だ。

 悪役令嬢らしい行動に、ザックもきっとドン引きだろう。


「その話、興味深いねえ。お茶のときに詳しく聞かせてもらおう。それじゃあ行こうか、婚約者殿」


 ザックはクロエを立ち上がらせるために、紳士的な仕草で腕を差し出してきた。

 少し細められた瞳は、クロエがどう出るかを観察している。それを隠す気もないようだ。


(この程度では効かないってわけね)


 負けず嫌いなクロエのやる気に、メラメラとした火がつく。


(上等じゃない! 受けて立つわ!)

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