天敵との危険なお茶会 2
クロエは簡潔に淡々と、湖で起きた出来事を話して聞かせた。
できるだけスティードの心に波風を立てないように気をつけたつもりだ。
ただし、マリオンがどれだけ素敵な女の子だったかを話す時だけは、感情を込めずにいられなかった。
でもスティードだって、本当のマリオンを知ればわかってくれるはずだ。
彼女は敵なんかじゃないと。
『へえ、マリオンはそんな子だったんだ。素敵な友だちが出来てよかったね』
話し終えたクロエは、スティードからそんな言葉が返ってくるのを期待して待った。
けれどスティードは態度を軟化させるどころか、より一層、表情を険しくさせてしまったのだった。
「マリオンと友達になったって……。ああ、クロエ。これは夢だって言ってくれないか」
スティードは「信じられない。なんでそんな……」と呟き、天を仰いだ。
多分、彼は今できるだけ感情を押さえている。
それでも困惑と苛立ちが、態度や言葉の端々に滲んでいた。
(どうして? マリオンのこと、ちゃんと説明したのに)
「ねえ、マリオンは本当にいい子なのよ?」
「ヒロインがどんな人間かなんてどうでもいいよ。たとえ君の言うとおり、彼女が『いい子』であっても、君を破滅させる人間だ。悪魔と変わらない」
「なっ、悪魔って……。なんてこと言うのよ……!?」
「悪魔がだめなら、死神とでも呼ぼうか?」
「スティード! マリオンはまだ私に何もしてないのよ!?」
「してから憎んだんじゃ遅すぎる」
信じられないくらい冷たい声で、吐き捨てるように言われて、返す言葉がなかった。
スティードは今、わざととげのある言葉を選んでいる。
クロエに対してではなく、マリオンに対しての敵意を敢えて示すために。
クロエはスティードを怒らせないようにしようという想いが、急速に萎えていくのを感じた。
もうだめだ。
だって彼は明らかにめちゃくちゃ怒っている。
そのうえ怒りの感情を浴びせられたせいで、クロエの負けん気にも火がついてしまった。
(私のせいでマリオンを敵視してることはわかってるわ。わかってるけど……)
その問題について、クロエはスティードと話し合いたかったのだ。
それなのに、スティードは別の可能性を一切受け入れる気がないという態度を貫いている。
(スティードのばか……)
「しかも、彼女の代わりに、婚約者とお茶をすることになっただって?」
「まだ正式な婚約者じゃないわ」
仏頂面でそう返すと、そこは問題じゃないという視線が、溜め息と共に返ってきた。
「クロエ。ヒロインを放っておけなかった気持ちはわかるよ。認めたくないだろうけど、君はすごく優しいから」
「優しくなんか――」
「聞いて」
スティードは、クロエのくちびるに人差し指を当てて、否定の言葉を遮った。
「今回だけは相手が悪すぎる。マリオンは君を破滅させる存在だってまさか忘れたわけじゃないよね?」
マリオンが大罪人であるかのように言われ、クロエは我慢できなくなった。
「あなたも一度会ってみればいいのよ。そしたらきっと彼女のことを好きになるわ」
「有り得ない」
スティードは考えるまもなく、切り捨てるように言った。
いつものスティードからは想像もつかない冷ややかな声。そこに潜んでいるのは、憎悪にも近い感情だ。
背筋のあたりがゾクッとなる。
直後にその事実を恥ずかしく感じた。
悪役令嬢は恐れるものなんてないはずだ。
それなのに今、スティードを怖いと思ってしまった。
(冗談じゃないわ。スティードなんか別に恐れてないし!)
それにマリオンを悪人のように憎んでいるのも嫌だ。
スティードがいくらゲームの中のマリオンに詳しいからって、なんだというのだ。
ここはゲームの中じゃない。
もしかしたらゲームとの違いがあるかもしれないのに。
(そもそも私たちは、ゲームと違うことをしようとして奮闘してきたんじゃない。なのにそうしようと提案してくれたスティードが、ゲームとこの世界の違いを受け入れないなんて、おかしいわ!)
文句を言ってやろうと思って前のめりになると、スティードに先手を打たれてしまった。
「明日の予定のことだけど、わざわざ断る必要もないからね。明日は一日ずっと僕と過ごそう。とにかくこれ以上関わらないようにするんだ」
「なによそれ!? 勝手に決めつけないで」
「君のことを心配しているんだよ」
「私のためだっていうんなら、余計にやめて欲しいわ」
もう我慢ならない。
クロエがどんな気持ちでマリオンを助けようと思ったのか。マリオンがどれほど喜んでくれたのか。
それを知ろうともしないで。
クロエは、スティードをキッと睨みつけた。
「そもそもスティードだって、色々話してないことがあったでしょ。マリオンが男装してるなんて知らなかったわ。だから最初、彼女だって気づかず話しかけちゃったんだし」
「男装? なんのこと?」
不思議そうに聞き返され、戸惑う。
「なにって……マリオンは男の子の格好をしていたのよ」
「男の子の恰好……? それはおかしいよ。ゲームにはそんな要素まったく出てこなかった」
「私の話を嘘だと思ってるの?」
「まさか。クロエを疑ったりはしないよ」
心外だと言いたげに眉を下げるスティードを見て、クロエはふんっと鼻を鳴らした。
「そもそもおかしいと思っていたんだ。この避暑地で起こるのは、ヒロインと婚約者のエピソードなんかじゃない。やっぱりそのマリオンという子は信用できないな」
またマリオンのことを悪く言った。
いっそわざと怒らせているのかと思うほどだ。
「マリオンだって嘘なんてついてないわよ! 実際にマリオンを捜してる婚約者候補とも会ったもの」
「クロエ。そんなエピソードもゲームでは発生してないんだよ。だから、そんなことが起きるのはおかしいんだよ」
ゲームのことばかり持ち出されて、いよいよ我慢ができなくなった。
目の前のクロエが話すことよりも、自分の記憶の中にあるゲームの出来事が正しいと思うなら、勝手にすればいいじゃないか。
そんな子供じみた気持ちがわいてきた。
「もういい。私の話なんて結局何も聞いてないのよ。そんな人と話してても意味ないわ! バカ、スティード!」
「えっ。ちょ、ちょっと待って。ごめんね。ちゃんと君の話は聞いているよ。……クロエ、待って。とにかく落ち着いて?」
「落ちついてってなに!? 馬でも宥めてるつもり!? だいたい落ち着いたって答えは変わらないわよ!」
頭にきすぎて、涙が出そうだ。
明らかに興奮しすぎている。
こんな幼い子供のような怒り方はどうかしていると、頭の中で冷静な自分が止めに入ってきた。
でも、止まれない。
やめとけというもう一人の自分の制止を振り切って、クロエは決定打となる一声を叫んだ。
「帰って! スティードなんて、顔も見たくないわ!」




