天敵との危険なお茶会 1
(スティードったら、ひどい顔色!)
人が青ざめる理由といえば、腹痛くらいしか思い浮かばないクロエは、スティードの体調を案じながら駆け寄っていった。
「どうしたの、スティード。血の気が引いてるじゃない! おなか壊しちゃった?」
座っていたスティードの顔をひょこっと覗き込む。スティードは困り顔で眉を下げた。
「そうやって無邪気に振る舞われると、ヤキモキさせられたことも、すべて許しそうになるな。僕の顔色が悪いなら、血の気が引くほど君を心配していたからだよ」
ああ、よかった。
スティードに何か起きたわけではないと知って、クロエは安心した。
「ねえ、クロエ。どうしてひとりで出かけてしまったの? 僕の到着を大人しく待っていて欲しいって、ちゃんと伝えておいたのに」
「待っている間、周辺を散策するくらい、『おとなしくする』の範疇に含まれるでしょ?」
「王宮内の庭を散歩するのとは、わけが違うよ。そう言い出すと思ったから、約束までしたのにな」
スティードは立ち上がると、心から残念そうに言った。
「僕にとって君との約束は、命を懸けてでも貫くべきものなのに。君にとって僕との約束は、あっさり破っても構わないものなの?」
「そんなつもりないわ!」
「本当に? じゃあ約束を守ってくれる気はあったんだ?」
完全にクロエ側に非があると言いたげな口調にムッとなる。
矢継ぎばやに責められるほど、悪いことをしただろうか。
確かに屋敷の中で待ってなかった。けれど、外に出ないとは最初から言っていない。
クロエはクロエで、彼との約束の範囲内で行動をしているつもりだったのだ。
だけどそんなふうに反論するのは、言い訳がましい気がして憚られた。
それにスティードだって、意地悪からクロエを責めているわけじゃないことはわかっている。
(心配させちゃったのよね)
その点については、クロエだってちゃんと罪悪感を覚えていた。
(謝るべきだってわかってるわ……)
でも、自分の中の意地っ張りな部分が邪魔をして、どうしても素直になれない。
(だっていきなり怒るんだもの……。スティードのバカ)
今も厳しい顔をして腰に手を当てているスティードから、悔し紛れに視線を逸らす。
スティードがクロエに対してこんなふうに怒るなんて、初めてのことだったから、はっきりいってかなり驚かされた。
おかげで心臓の鼓動が、苦しいくらい速い。
もしかしたら、彼が怒っている事実にショックを受けているのかもしれない。
心が傷ついたとき、人はいつもより頑なになりやすいものだから。
クロエが謝れずむっつりしているせいで、ふたりの間には、息が詰まるような気まずい沈黙が流れてしまった。
溜め息をついたあと、先に折れたのはスティードのほうだ。
「ごめん。意地悪な言い方をした。君が出かけたって聞いたとき、本当にショックだったんだ」
こんなふうに空気が悪くなった時、歩み寄ってくれるのは、いつも必ずスティードの側からだった。
(私が意地っ張りだから……)
クロエは気まずさと申し訳なさから、もじもじと指先を弄った。
もっと素直な女の子だったらよかったのに。
自分のことが好きなクロエだって、さすがにこんな場合は、自らの欠点に対して自覚的にならざるを得ない。
とはいえ、ここで「ごめんなさい」の言葉が出てきたら、最初から険悪な雰囲気になってなどいないわけで……。
結局、クロエの口から出てきたのは、本音とは裏腹な言葉だった。
「……スティードには謝る理由なんてないでしょ」
ありがたいことに、スティードは、クロエの意地っ張りな態度にも慣れている。
それに、まずクロエとの仲を元通りにしたいと思ったのだろう。
彼はやんわりと首を振ってから、「僕が悪かった」と頭を下げた。
「少なくとも、君に今そんな顔をさせているのは僕だから。――クロエには、いつも笑っていて欲しいんだ。そのために君を破滅から救おうとしているのに……。君を泣かせるのは本意じゃない」
「な、泣いたりなんかしないわよ!」
「ふふ。そうだね」
なんとなくいつものやりとりが戻ってきて、ホッとする。
それなのに――。
「とにかく、君に何ごともなくてよかった。この避暑地にはマリオンとオリヴァーがいるんだ。ふたりと鉢合わせしていたら取り返しがつかないと思って、気が気じゃなかったんだよ」
(う……わ……)
まさかここでマリオンの話題を持ち出されるなんて。
クロエが思わず固まったことに、気づかないスティードではない。
「クロエ? どうしたの?」
訝しげに問いかけられ、ヒクリと頬の片側が引き攣った。
「どうしたってなんのこと?」
「なんのことじゃないよ。今、明らかにギクッとしただろう?」
「さ、さあ。どうだったかしら」
「はぁ……。クロエ。それで誤魔化せるって本当に思ってるの?」
心にやましいところがあるせいだろうか。
心臓の音がどんどん喧しくなっていく。
気まずさに耐えきれなくて視線を逸らしたら、頬を両手で包まれ、目を合わされてしまった。
(ああ。これって最悪な流れだわ)
再びスティードの顔が曇っていくのを見て、クロエは頭を抱えたくなった。
「まさか、マリオンやオリヴァーと何かあった?」
淡々と問いかけてきたスティードの目は、もうまったく笑っていない。
鋭すぎる彼のことを、正直少し憎らしく感じる。
せっかく仲直りできると思ったのに。
今、マリオンと友達になったなんて話したら、間違いなく火に油だ。
「何かあったんだね」
いつもより低い声でそう言うと、スティードが距離を詰めてきた。
(うっ、ち、近いわよ! 今日この状況になるの二回目……!)
ザック・ニールと違って、スティードは甘い言葉で囁きかけたりしない。
ただじっとクロエの目を見つめて、隠し事の正体を探ろうとしている。
今日あったことを正直に伝えたら、一体どうなってしまうのだろう。
けれどクロエには、嘘をつくという選択肢がなかった。
だって、そんなのまるでマリオンと友達になったことを後ろめたく思っているみたいだ。
(でも、なんで今話さなくちゃいけないのよ……)
タイミングの悪さを呪いたくなりながら、クロエは処刑台に向かうような気持ちで口を開いた。
約束を破った罪悪感と、マリオンを庇いたい気持ちがせめぎ合って、もうずっと頭が混乱している。
「……たわ」
「え? 何?」
消え入りそうな声で言うと、案の定聞き取れなかったらしく、スティードが聞き返してきた。
わかっている。ちゃんと腹を括るべきだって。
すうっと大きく息を吸い込んだクロエは、今度はいつもどおりの声量で、きっぱりと言った。
「マリオンに会ったわ!」
そう告げるまではよかった。
でも言葉にした途端、スティードの反応が怖くなってきて、クロエはまた視線を逸らしてしまった。
今度は、強引に引き戻されることもない。
一度、深呼吸をして、おそるおそるスティードの様子を伺う。
彼の瞳の中には、驚きと同時に、悲しみの色が宿っていた。
「あれだけ忠告したのに!」と責められるほうがずっとマシだ。
「どうしてそのことを真っ先に話してくれなかったの?」
「だってスティードが出かけた理由を聞いたから」
「そう尋ねたのは、ヒロインたちに会っていないかを心配したからだってわかっているよね?」
そんな意地悪な言い方をしなくてもいいじゃないか。
「遠回しな言い方は、嫌味っぽくて好きじゃないわ。文句があるなら、もっとはっきり言えばいいじゃない」
(ああ、またやってしまった)
言い方がきつすぎる。自覚はあるのに、止められなかった。
(もう、私ってどうしてこうなのかしら……!)
感情と言葉が、ちゃんと繋がってくれない。
スティードと喧嘩したいわけじゃないのに。
(そうよ。とにかく落ち着いて)
起きた出来事を簡潔に伝える。
そのことだけに意識を集中させよう。
本編完結まで下書きが溜まったので、
できるだけまとめて更新できるようがんばります~!
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