不思議な男の子との出会い 6
「……君がマリオンだって?」
少年は虚をつかれたように、ポカンと口を開けた。
おかげで、今までずっと向けられ続けていたあの『悪魔の微笑み』も完全に消え失せた。
クロエは少し溜飲が下がるのを感じながら、ふふんと顎を上げた。
(私だってやられてばかりじゃないのよ)
もちろん今の嘘くらいで、言いくるめられたとは思っていない。
なにせクロエは、どうしてマリオンが追い回されているのか知らなかったうえ、少年にその理由を尋ねてしまった。
(マリオンのふりをすることになるとわかっていたら、あんなヘマはしなかったのに)
後悔しても、残念ながら遅い。
多分、少年もその部分を指摘してくるだろう。
彼は確実に目ざといタイプだ。
なんて思った矢先――。
案の定、少年は気を取り直したようにクスクス笑いはじめた。
「ハハハ。ずいぶん突拍子もないことを言い出したね。さすがに不意を突かれたよ。君がマリオンだって?」
「そうよ」
「まったく、君って可愛いな。そんな嘘までついて俺の気を引きたいのかい? 確かに君の思惑どおり、君への興味は増すばかりだ」
クロエは露骨に顔を顰めて、鼻を鳴らした。
(そういう類の言葉には、もう二度と動じるものですか)
「私があなたの気を引きたいですって? 笑わせないでちょうだい。それに嘘なんてついてないわ」
「君が本当にマリオンなら、俺に追われているわけを知らないのは不自然だ」
少年が腹の内を探るように、じっと見つめてくる。
(ふん。そんなちょこざい攻撃ぐらいじゃ、もう怯まないわよ!)
雑な嘘と、勢い任せの言い訳で乗り切る。
そう開き直った今、恐れるものなど何もない。
「どこが不自然なの? 言っておくけど、あの時は敢えて知らないふりをしただけよ。だって、マリオンって存在自体を知らないことにしたかったんだから。ね、何も矛盾してないでしょ」
「ふうん。そう来たか。じゃあ君がマリオンであることを証明するため、どうして俺に追われていたのか理由を言ってみてくれ」
「なんであなたに試されなきゃいけないの? 私は真実を打ち明けた。そこからさらに、自分がマリオンである根拠を、わざわざ証明させられるなんて気分が悪いわ」
「それじゃあ信じようがない」
「なら信じなければいいじゃない。私は別に構わないわよ」
腕を組んだクロエは「私、何か間違ったこと言っていますか?」と言う顔で、あらぬ方に視線を向けた。
このまま少年が、うんざりして話を切り上げてくれたなら……。
そう願いつつ、感じの悪い態度を続ける。
ところがクロエの期待に反して、少年はキリのないやり取りを楽しむかのようにニコニコしはじめた。
(うわ……。そうだった……。この子、かなりの性悪だったんだ……)
相手をうんざりさせるつもりが、こちらがうんざりさせられている。
その事実にがっかりしつつ、クロエが次の手を考えるべきか思案をはじめた時――、少年が唐突に予想外の言葉を口にした。
「わかった。君はマリオンだって信じるよ」
「え……」
「はははっ。なんでそんなに驚いているんだい?」
「だって……。おかしいじゃない。急に信じる気になったなんて」
「疑っていたほうがいい?」
「そういうわけじゃないけど」
「理由は単純だ。レディを相手に、しつこく言い合うのは紳士のする行為じゃないからね」
「すごく嘘くさいわよ」
「えー、君がそれを言うの?」
(やっぱり私の言い分を『嘘くさい』って思ってるんじゃない)
少年の考えていることがちっともわからない。
でも彼を追い払うためにも、今の流れに便乗しておいた方が良さそうだ。
「悪いけど、そろそろ失礼するわ」
「せっかく捜していた君を見つけ出せたのに、今日はこれでお開き?」
「ええ、そう。私も暇じゃないの」
「送って行こうか? 離れがたいし、もっと君のことを知りたいんだ。道中きっと退屈させないよ」
冗談じゃない。
こっちは一刻も早く解放されたいのだ。
「結構よ。一人で歩きたい気分なの」
「それじゃあ今日は諦めて撤退するよ。君とこうやって知り合えただけでも、成果はあったしね。だけど代わりに明日の午後、君をお茶に誘わせてくれ。その時に改めて話をしよう。俺たちにはその時間が必要だろう?」
「むっ」
明日の約束なんてしてもいいのだろうか?
彼が誰で、どうしてマリオンを追い回していたのか、情報を持たないクロエでは判断しようがない。
(まあ、ここで断ったら、また面倒なことになりそうだし……)
「気が変わらなければ行くわ」
直前でキャンセルできるように、あくまで曖昧な回答を返すと、敵も敵で図々しい返事を寄越した。
「それじゃあ午後、迎えに行くよ。そうそう。今日みたいに逃げ出すのはなしだよ。君の母上は、『もう逃げ出されないよう、しっかり見張っておく』と俺に約束してくれたしね」
(マリオンの母親は、この子側についてるってこと?)
困惑しながら立ち去ろうとしたクロエは、少年の名前を聞いていないことを思い出した。
もしかしたら何かの役に立つかもしれない。
「ねえ、あなたの名前は?」
「ああ、そうか。名乗り忘れるなんて、どうかしていた。失礼、レディ。俺はザック・ニール。以後、お見知りおきを」
ザック・ニールと名乗った少年は、慇懃な仕草でお辞儀をしてみせた。




