不思議な男の子との出会い 5
「教えてくれないか。マリオンという女の子について。君が知っていることをすべて」
「……っ」
不意をつかれて息を呑む。
そんなクロエを見て、少年は満足げに瞳を細めた。
「ふふっ。やっぱり。君に目をつけて正解だった。一人だけ雰囲気が違ったから、あれって思ったんだ。マリオンを捜す俺を見て、やけに警戒していただろう?」
「わ、私……」
どうしてとっさに嘘をつかなかったのか。
いいや、違う。
つかなかったのではなく、つけなかったのだ。
少年に追い詰められ、気が回らなくなっていたから……。
(もう、なんてことなの! 私の馬鹿! 今からでも誤魔化さなくちゃ……!)
クロエは必死に視線を彷徨わせて、その場しのぎの言葉を探した。
「ま、マリオンって誰かしら? 私、そんな子、知らな――」
「ハハハ。誤魔化そうとしても無駄だよ。もう手遅れだ。君がとっさにとってしまった態度、それが真実を物語っていたからね。やっぱり君を追い詰めておいて正解だった」
「追い詰めておいてって……ああっ!?」
そこで初めて、クロエは気づかされた。
どうやらすべて計算のうちだったのだ。
甘い雰囲気をクロエが苦手だと気づいた直後、瞬時に計画を練ったのだろう。
わざと動揺するような言動を繰り返し、クロエを追い詰め、思考力を奪った。
そしていよいよ嘘をついたり、誤魔化しの言葉を並べ立てられる余裕をなくしたと感じた段階で、マリオンの居所を尋ねてきたというわけだ。
(ありえない……!)
まんまと少年の思惑どおり動いてしまった自分。
平然と人を罠に嵌めた少年。
どちらに対しても無性に腹が立つ。
おなかの奥の方からメラメラと湧き上がってきた怒りが、ぶわっと顔を熱くさせた。
さっきまで感じていた羞恥心が、怒りのあまり、どこかへ消えていく。
おかげでクロエは、間近から少年を睨み返すことができた。
「そんな怖い顔で睨まないでくれ。本気で口説かれたって思ってしまったかい? もしそうなら、君の頭はお花畑すぎるね。ああ、でも大丈夫。期待してくれたなら、ちゃんと責任を取ってあげるよ」
「あなたって、なんて嫌なやつなの!?」
期待なんかしていない。
そう言って睨みつけても、少年にはまったく響いていなかった。
今もずっとあの笑顔を張り付けたまま。
クロエにはだんだんそれが、悪魔の微笑みに見えてきた。
「ひどいなあ。でもそれって俺にとっては褒め言葉かも。女の子に『いい人ね』なんて言われたら、吐き気がするからね」
表情は変わらないのに、少しだけ彼の声が低くなった。
(どういうこと?)
まるで女子全般を憎んでいるような言い草だ。
「まあ、俺の話はどうでもいい。さあ、マリオンのことを教えてくれないか」
クロエはぐっと唇を噛んで、少年のことを睨みつけると、必死に考えを巡らせた。
(知らないと言い張るべき?)
でも、もう彼は確信を持っている。
嘘を吐くなら、信じられる嘘を選ばなければいけない。
クロエがマリオンを隠していると勘ぐられ、背後の茂みを捜されたら一巻の終わりなのだから。
この少年はマリオンの容姿を知らないらしい。
それでも、茂みの中に潜んでいる少女を見つけたら、彼女がマリオンだと気づくに決まっている。
「どうしてマリオンを捜しているの。百歩譲って私がマリオンを知っているとしましょう。でもあなたみたいに怪しい男の子に居場所を教えると思う?」
「俺が彼女を捜しているのは、至極まっとうな理由からだよ。というか君、マリオンを庇っているようだけれど、彼女が探されている理由を聞いていないのかい?」
その話をする前に、あなたという邪魔が入ったのだと言い返してやりたい。
「なるほど。聞いていないんだ。それじゃあ俺の口からペラペラ話さないほうがいいかな」
「お好きにどうぞ」
(もったいぶった言い方をして、やっぱりこの男の子、不審だわ!)
こんな相手にマリオンを引き渡すわけにはいかない。
クロエは改めて、そう決意した。
いったいどんな嘘なら、彼を上手く追い払えるだろう。
(マリオンはここにはいないと言ってみる? ううん、だめね。だったらどうしてビクビクしていたのかって話になるわ……)
しかし、次の瞬間、クロエはハッと閃いた。
(彼はマリオンを見たことがないのよね……。だったら……)
かなり無茶苦茶な案だ。
その場しのぎもいいところ。
だけどやってみる価値はある。
クロエが意を決して顔を上げると、少年がふわっと微笑んで小首を傾げた。
「やっと教えてくれる気になった?」
「……ええ。そうね。腹を括ったわ」
「それはよかった。じゃあさっそく教えてくれ。マリオンという女の子はどこにいるんだい?」
クロエは唇に挑戦的な笑みが浮かべると、両手を腰に当ててふんぞり返ってみせた。
「ここにいるじゃない。私がマリオンよ!」




