不思議な男の子との出会い 4
今の状況については、当然まったく理解できていない。
そのうえマリオンはゲームのヒロインだ。
(深入りしたら、とんでもないことになるかも)
それでも怯えている友達を放ってなんておけなかった。
(だって、どんな物語でも保身に走る悪役は、見苦しい形で身を滅ぼすものだわ)
だから自分の選択は正しいはずだと言い聞かせて、クロエはマリオンの手を掴んだ。
「マリオン、来て! ここに隠れるの!」
森の入口にある紫陽花を指さす。
マリオンは、助けてくれるのかというように眼差しで問いかけてきた。
「もう、早く!」
少し強引にマリオンの腕を引っ張って、紫陽花の茂みの中へ彼女の体を押し込む。
「そこで静かにしてるのよ」
小声でそう伝えてから、クロエはサッと視線を動かした。
マリオンを捜している少年の様子を伺うと――。
(うそ。こっちを見てる!)
偶然だと思いたい。
しかし少年は、こちらに意識を向けたまま、湖のほとりを歩きはじめた。
(どうして近づいて来るのよ……!)
紫陽花の茂みの向こうには、マリオンが隠れているのに。
(焦っちゃだめよ、クロエ。なんとか誤魔化してみせるの!)
クロエは勢いよく茂みの前にしゃがみ込むと、マリオンが残していったシャベルを握って、意味もなく土いじりをはじめた。
背後から足音が近づいてくる。
もうこうなったら腹を括るしかない。
焦りまくっている心の内を、すまし顔の下に隠して、クロエは臨戦態勢の中、敵の攻撃を待ち構えた。
「やあ、レディ。こんにちは」
耳に届いた声は、砂糖菓子のように甘ったるかった。
なぜなのか、項の辺りがゾクッとなる。
警戒心を抱いたまま、ゆっくり振り返る。
「どうも」
警戒しているせいで、いつも以上につっけんどんな物言いになってしまった。
鏡がなくてもわかる。
今、自分はものすごく意地悪そうな顔をしていると。
しかし対峙した少年はまったく動じず、端正な顔に、声と同じぐらい甘い微笑を浮かべて佇んでいた。
癖のあるハニーブロンドの髪、垂れた眦、背が高くても威圧感がないのは、線の細さゆえだろう。
控えめにレースがあしらわれたブラウスと、柔らかい色彩で統一されたベストは、王都で流行している最先端のファッションだ。
あどけない顔立ちから判断して、多分、彼もクロエやマリオンと同い年ぐらいのはずだ。
でもクロエは、こんな十三歳と出会ったことがない。
少年は、雰囲気まで徹底して甘く、そこには子供らしさの欠片も感じられなかった。
(うっ。なんなのかしら、この感じ。すごく居心地が悪いっ)
ゾワゾワして、思わず逃げ出したくなってしまう。
茂みの裏に隠れたマリオンを守るという任務がなければ、間違いなく立ち去っていたはずだ。
クロエが無意識に、手にしたシャベルを武器のように握りしめると、少年は目を丸くしたあと、クスッと笑い声をこぼした。
「こーんなに愛想よく挨拶したのに、警戒することないだろう? まあ、でも、そういうのも燃えるかな。――ねえ、レディ」
少年の目が、何かを探るようにすがめられる。
マリオンのことを尋ねるつもりだ。
そう察して、体を固くさせたクロエに向かい、少年は信じられない言葉を口にした。
「俺たちが今こうやって出会えたことに運命を感じない?」
「は!? 運命ですって!?」
「君みたいに素敵なレディとの出会いを、偶然という言葉で片づけてしまうなんて、俺にはとてもできないよ」
「何言ってるのよっ!?」
クロエが慌てるほど、少年は面白がる。
「わかるだろう? 口説いているんだよ。運命のレディ」
「なっ……」
彼は当然の流れだとでも言いたげな態度で、距離を縮めてきた。
まるでスティードのように。
でもいくらスティードだって、ここまで意味不明な唐突さで近寄ってきたりはしない。
「ちょっ、ちょっと! 近づかないでちょうだい!」
「どうして? 俺は君ともっとお近づきになりたいんだ。その心の中に俺の居場所をもらってもいいかい?」
「いいわけな……っ」
「積極的な男は嫌い? 慎ましやかなほうが好みなのかな。それならお望みに合わせて、紳士的に振る舞ってもいい。君のためなら、俺はいくらだって変われるよ」
甘い微笑みが、より一層深くなる。
目を細めてクロエを見つめる眼差しには、艶やかな色気が滲んでいた。
何もかもを知っている大人みたいな瞳に射抜かれ、クロエは完全に彼の世界に飲み込まれてしまった。
いつもの強気な態度で言い返すことができない。
ただの意地悪な言葉なら、いくらでもやり合えるのに。
運命だのという発言を真に受けたわけではないが、とにかく思考が追いつかなかった。
少年のほうが一枚も二枚も上手なのだ。
初心なクロエは、こういうときの対処法をまったく知らない。
相手のペースに委ねることが、どれだけ危ういかも。
動揺していることを隠す余裕もなく後退ると、スカート越しに紫陽花の茂みの感触を感じた。
逃げ道はもうない。
少年は腰に手を当てると、クロエの顔を覗き込んできた。
そして吐息がかかりそうなほど近い距離で、真っ赤な頬をしたクロエに向かい、こう囁いた――。




