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不思議な男の子との出会い 3

「僕はマリオン。よろしくね、クロエ」


 目の前の少年はそう言って、にこっと微笑んだ。

 クロエはその笑顔に、同じ親しみを返すことができなかった。

 マリオンという名前。

 それはスティードが教えてくれたヒロインの名だったから。


(やっぱりこの子がヒロインなんだわ)


「ねえ、なんで男の子の格好をしているの!? マリオンは女の子よね!?」


 混乱して思わずそう叫ぶと、突然、マリオンの態度が変わった。


「どうして……女の子って……」


 じりっと半歩後退る仕草から、怯えているのが伝わってくる。

 ほんの一瞬前まで、あんなに嬉しそうな笑顔を向けてくれたのに。

 今はまるで何かを怖がっているかのようだ。


(でも何を?)


「君、僕のことを知ってるの?」


 今度はクロエがぎくりとする番だった。

 それを本人に教えていいのだろうか。

 だけど知っていると言ったら、なぜという話になる。

 ゲームのことはまさか話せないし、どうしたものか。


 そもそも目の前の相手が、クロエの思っているマリオンなのかも判断がつかない。

『指輪を落として探しているマリオン』のことは確かに知っている。

 スティードの教えてくれたゲームのヒロインで、クロエを破滅に引きずり込むキーパーソン。

 ただしヒロインであるマリオンは女の子だ。


 じゃあ目の前にいるこの子は一体なんなのか。


(うーーーーーん……。よし!)


 このままじゃわけがわからないから、もうストレートに聞いてしまおう。


「マリオン。あなたって実は女の子なんでしょう?」

「なっ!?」

「なにかわけがあって男装してるのよね?」

「ち、違いますっ! 僕は男ですっ!」

「本当に? 声も高いし、顔付きだって可愛らしくて女性的よね」


 少年だと信じ込んでいた事実は棚に上げて追求すると、マリオンはますます慌てた。


「だけど僕、木登りとか大好きだし!」

「私も好きよ。楽しいもの」

「女の子っぽいフリフリのドレスとか嫌いだよ!?」

「わからなくもないわ。動きにくかったりするものね。でもなんでフリフリが嫌いだと男の子ってことになるの?」

「えっ」

「木登りが好きな女の子だっているだろうし、フリフリが好きな男の子がいるはずだわ。個人の好みに性別なんて関係ないもの。それだけで性別を判断するなんて不可能だわ」


 ぬいぐるみが好きな男の子がいたっていいし、可愛らしいものを嫌う女の子がいてもいい。

 クロエがきっぱりとした口調でそう言うと、マリオンは目を真ん丸にした。


「……本当にそう思う? 女の子が木登りを好きでもおかしくないって」

「女の子だったら木登りが嫌いじゃないといけないの? そんなのって変よ」

「そっか……。そんなふうに言ってくれたのはクロエが初めて……」


 マリオンは胸に手を当てると、まるでクロエの言葉を噛みしめるかのように瞳を伏せた。

 何かがマリオンの心の琴線に触れたのだろうか。

 クロエがじっと見つめていると、それに気づいたマリオンが、ハッとしたように息を呑んだ。


「でも僕は! お、おお男なのでっ」


(む。結局またふりだしに戻っちゃったわ)


 かなり怪しいのに、マリオンはまだ抵抗するつもりらしい。


「仕方ないわね」


 この子がゲームのヒロイン『マリオン』なのか、はっきりさせなくてはいけない。

 そのためには、どうしても性別を知る必要がある。


「ちょっと失礼」

「へ?」


 断りを入れてからむんずと手を伸ばす。

 そのままクロエは、隙だらけのマリオンから、かぶっていた帽子を奪い取った。


「わあっ!?」


 帽子の中からふわっと零れ落ちたのは、栗色の長い髪の毛だった。


「やっぱり!」

「わ、わわわ、あわわ!!」

「いきなりごめんなさいね。あなたの性別を、どうしても知りたかったのよ」


 マリオンは帽子を握りしめたまま、もどかしげな顔でクロエを見上げてきた。

 不意をつかれたせいで、ちょっと悔しそうだ。

 でも、とにかくこれでもう言い逃れはできない。


「やっぱりあなたは女の子だったわね」


 ただ女の子だと証明できた結果、まずいことになった。

 いま目の前にいる彼女は、やっぱりゲームのヒロイン、マリオンなのだ。


(これって結構、際どい状況かもしれないわ)


 あれだけスティードに気をつけるよう言われたのに、接触を持ってしまった。

 しかも数分前、友達になったばかり。


(でもこの子が本当に私を破滅させるの? 全然そんなふうに思えないのに)


 内心で冷や汗をかきながらマリオンを見ると、揺れる瞳と目があった。


「……クロエも頼まれて私を捜しに来たの? このまま私をザック・ニールさんのところへ連れて行くつもりだったの……?」


 マリオンも諦めて女の子と認めたらしく、一人称が僕から私に変わっている。


 ただ引っかかるのは、怯えたような彼女の眼差しだ。


(ザック・ニール? 聞いたことないわね。その人がどうしたのかしら)


 クロエは、マリオンと接触してしまった件を一旦脇に置いておくことにして、彼女の抱えているであろう問題について尋ねてみようと思った。


「ねえ、頼まれてってどういう意味? ザック・ニールが誰なのか、教えてちょうだい」

「……! ザック・ニールさんを知らないなら、クロエは無関係ってこと?」

「よくわからないけど、ザック・ニールなんて知り合いいないわ」


 ただでさえ動揺していたマリオンの顔に、今度は焦りの色が広がっていった。


「そうだったの!? ご、ごめんなさいっ。私、勘違いしちゃったみたい」

「謝らなくていいわ。それよりザック・ニールって誰なの?」

「えっと、彼はその……」


 マリオンは少しの間、もごもごと口ごもったあと、意を決したように顔を上げた。


「恥ずかしいけれど、お友達だし、ちゃんと説明します! 実は――。……待って。今、誰かに呼ばれた気がする」


 小動物のような印象を与えるマリオンの目が、周囲をきょろきょろと伺う。


「――マリオン? マリオン、いるかーい?」


 今度はクロエにも確かに聞こえた。

 マリオンと同じように、声のした先を探して視線を彷徨わせる。

 湖の向こう岸、少年が口元に手を当ててマリオンの名を繰り返しているのが見えた。


「ど、どうしよう……彼がザック・ニールさんかも……!」

「マリオン、その人の外見知らないの?」


 こくこくと頷き返される。


「なんだかよくわからないけど、ザック・ニールに見つかりたくないのよね!?」


 さっきよりも強く首が振られた。

 もしかしたら男装していたのも、ザック・ニールから身を隠すためのなのかもしれない。


(ああ、なんてこと! 私ったら帽子を奪い取っちゃったわ!)


 マリオンは急いで長い髪を帽子の中にしまおうとしているけれど、焦っているせいで上手くいかない。

 対岸の少年のほうは、マリオンの外見を把握しているのだろうか。


(とにかくマリオンを逃がしてあげなくちゃ……!)

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