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不思議な男の子との出会い 2

 同時刻。

 避暑地プラムに遅れて到着したスティードは、その足で公爵家のカントリーハウスを訪れていた。

 てっきり退屈を持て余してご機嫌斜めなクロエが、かわいい仏頂面で出迎えてくれると思っていたのに、残念ながらその願望は裏切られた。


「え……。クロエは出かけてしまったんですか?」

「は、はい。お嬢様が森に向かうのを庭師が見たようです」


 対応したメイドの言葉に思わず表情を曇らせる。

 ヒロインのいる避暑地に着いて早々、ひとりで出歩くなんて。


「ふっ。まあそりゃそうだろ。アイツがおとなしくしてるわけがない」


 一緒についてきていたロランドが、そんなこともわからなかったのかと言いたげな眼差しを向けてくる。内心ムッとした。


(そんなことは僕だってわかってる。だからクロエに釘を刺しておいたんじゃないか)


 それなのに彼女は、スティードの到着を待たず出かけて行ってしまった。

 イベントが発生するのは明日だと言っても、この避暑地にはすでにヒロインもオリヴァーもやって来ているのだ。

 万が一、ふたりのどちらかとクロエが偶然鉢合わせてしまったら?

 できるだけ接点を持ってほしくないと伝えてしまったことが、悪い方向でフラグになるような気がしてならない。


(考え過ぎなのはわかっているけれど……)


 複雑な気持ちを抱えたまま、スティードは視線を森のほうへ向けた。


「クロエは確かに森に行ったのですね?」


 侍女に尋ねると、隣から呆れ交じりのため息が聞こえてきた。


「おい、まさか捜しに行く気かよ」

「もちろん。クロエに何かあってからでは遅いからね」

「おまえバカか? この広大な森の中で、どうやって見つけるんだよ。すれ違うのがオチだ」


 正論を投げつけられ、スティードは焦燥に似た苛立ちを覚えた。

 ロランドは、クロエがどんな運命をたどるか知らないからそんなことが言えるのだ。


「なんだよ。言いたいことでもあんのかよ」

「いいや。別にないよ」


 スティードは力なく首を振った。

 ゲームのことをロランドに話すわけにはいかないし、彼に対して苛立っている場合でもない。

 いま、どうするべきかを考えなければ。


 ふたりのいる場所であれば見当がつく。

 そこで待ち構えるべきか?


(……それは得策とは言えないな)


 イベントに関係なく、むやみに彼らと接触を持つのはよくない。

 その後の展開に悪い影響を及ぼしてしまったら最悪だ。


「まだ納得がいってないみたいだな。冷静に考えればわかりそうなもんなのに。闇雲に探し回るより、ここで待たせてもらえよ」


 クロエが危険に晒されるかもしれないのに、ただ待っているだけなんて耐えられない。

 それなのにロランドの言うとおり、今は何もしないでいるのが最も正しい選択なのだ。


「なあ、兄弟。アンタは意外と激情家だよな。クロエが絡んだとき限定だけど」


 こっちの気も知らないロランドが面白そうに口元を歪める。

 スティードは複雑な気持ちで、義理の兄弟を睨みつけた。


「意外でもなんでもないさ。僕はいつだって情熱的にクロエを想ってるよ、兄弟」


 クロエが出かけていったという森を見つめながら、小さくため息を吐く。

 どうか何事もありませんようにと祈りながら――。


 ◇◇◇


 同じ頃――。

 スティードの心配なんてまったく知らないクロエは、水辺で出会った少年に興味を抱いてワクワクしていた。


「ねえ、何しているの?」

「うわ!?」


 急に後ろから声をかけたせいで、少年が驚きの声を上げる。


「人目を気にしながらコソコソ作業していたでしょ? それを見て、ピンときちゃったの。あなたもイタズラ好きなのよね?」

「え!? イタズラ……?」


 同志に対する親しみを感じつつ、少年の手元を覗き込む。

 いったいどんなイタズラを企てていたのか、お手並み拝見だ。


「わ!? なにそれ!?」


 少年が握っていたのは、今まで見たこともない小さなシャベルだった。

 しかもよく観察すると、普通のシャベルと違って、先端が鍬のように三股に分かれている。

 この道具なら水の中を掘るのはシャベルよりも効率がいいだろう。


「こんな道具初めて見たわ」

「あ、えっと、これは手作りなので……」

「え!? あなたが作ったの!?」

「は、はい」

「すごいわっ!」


 興奮気味にそう叫ぶと、少年は目を丸くして瞬きを繰り返した。

 なぜ褒められているのか、わかっていないらしい。


 クロエも一応、イタズラの道具を作ったりはするものの、出来はお世辞にもいいとは言えなかった。


「あなた、手先が器用なのね! それにとっても工夫が上手!」


 クロエだって負けてはいられない。

 一流の悪役令嬢になるためにも、少年のように試行錯誤を重ねなければ。


「あなたといると、いい刺激になりそうだわ!」


 ぜひとも彼と情報交換をしていきたい。


「私はクロエよ。この夏はずっとプラムにいるから、仲良くしてちょうだいね」


 クロエが手を差し出すと、少年は大きな瞳を何度も瞬かせた。


「それってつまり、友達になってくれるってこと……?」


 恐る恐るというふうな調子で尋ねてくる。


「ふふっ! どうしてそんなに遠慮がちなの? お友達になってほしいのは私のほうなのに」

「それはあの、今までお友達が一人もいなかったので……」

「お友達は作らない主義? それなら強要はしないわよ。お友達じゃなくて、好敵手っていう関係も悪くな――」

「いえっ!! お友達欲しいですっ! 是非、なってくださいっ!!」


 遮るように言い返されて、今度はクロエが驚かされた。

 少年自体も自分の行動にびっくりしたらしく、直前までの勢いはどこへやら、露骨にオロオロしはじめた。

 その頬は恥ずかしさから、真っ赤に染まっている。


「ぷっ、あはは! あなた耳まで真っ赤よ?」


 少年は慌てて両耳を押さえた。

 素直な態度が憎めない。

 少年に対して好感を抱いたクロエは、もう一度改めて手のひらを差し出した。

 でも今度は彼が握り返してくるまで待っていない。

 さっさとその手を掴んで、きゅっと力を込め、握手を交わす。


「あ! でも……」

「どうしたの?」

「実は、イタズラの計画を練っていたんじゃなくて、なくしたものを探してただけなんです。仲間じゃなくてごめんなさい。友達にはなれないよね……」


 申し訳なさそうに繰り返し謝る少年の肩は、すっかり下がっている。


(やだ、私、勘違いして先走っちゃったのね……!?)


 その結果、少年を傷つけてしまったようだ。


「私こそ、ごめんなさい。それにあなたさえよければ、やっぱりお友達になって欲しいわ」

「……! 本当?」

「ええ!」


 この素直な少年のことを、クロエはすっかり気に入っていた。

 もちろん彼の手に握られた素晴らしい手作りシャベルも含めて。


「これで私たちはお友達よ」

「わあ! ありがとうございます!」

「お友達なんだから敬語はなしよ」

「はい! じゃなくて、う、うん!」


 少年は、喜びを噛みしめるように俯いて、ふるふると肩を震わせた。


「本当にうれしいな。ありがとう! 友達にずっと憧れていたから」

「そうなの?」

「うん。だからあなたはとっても特別な存在だよ!」


 無邪気にそう言うから面食らってしまった。

 クロエだって友達と呼べる存在は多くない。


(私の友達って、スティードとロランドぐらいだもの)


 それでも平気だったので、友だちという存在に憧れる少年のことを不思議に感じた。


(二人とゼロ人じゃ全然違うものなのかしら?)


「友達ができただけで、こんなに嬉しくて幸せな気持ちになれるんだね!」

「幸せって……。それは言い過ぎじゃない?」

「ううん、そんなことないよ! とっても幸せ!」


 むず痒いような感覚を覚えたクロエは、咳払いをして話題を強引に変えた。


「それよりなくしもの、まだ見つかってないんでしょ? 探すの手伝ってあげるわ」

「え! いいの……?」

「ええ。今日はすることもないし。何をなくしたの?」

「あ、えっと……母からもらったサファイヤの指輪を。これくらいの大きさなんだけど……」


(……ん? 指輪をなくしたって……)


 クロエの脳裏に、スティードの言葉が蘇る。


『ヒロインは、プラムのどこかで母親から譲り受けた指輪を落としてしまってね。オリヴァーは指輪探しの手伝いを買って出る』


 ハッとなって固まる。

 スティードの言っていたヒロインと、目の前の少年はまったく同じ探し物をしているのだ。

 ヒロインの落とし物を捜している少年ということは――。


(まさかこの子がオリヴァーなの!?)


 だけどオリヴァーがヒロインの探し物に協力するのは、明日からのはずだ。


(スティードが日にちを一日間違えたの? それにしても……)


 目の前にいる少年をまじまじと眺める。


『オリヴァーは女たらしで皮肉屋。おまけに破滅主義の危険な人物だ。表面上は愛想をよくしていても、裏ではとんでもなくひどいことを考えているから、とにかく気をつけて』


 スティードはオリヴァーのことをそう説明したけれど、この子は純朴そうで、そんなタイプには到底見えない。


(どうなっているのかしら……)


 クロエは混乱したまま、ごくりと息を呑んだ。


「ねえ、あなた、名前は?」


 ドキドキしながらそう問いかけると――。

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