破滅回避会議 6
「オリヴァーとヒロインは、十日後、避暑地プラムの湖で出会うんだ。ヒロインは、プラムのどこかで母親から譲り受けた指輪を落としてしまってね。オリヴァーは指輪探しの手伝いを買って出る。それからふたりは指輪が見つかるまでの数日間を共に過ごし、親しくなるんだ」
「わあ……。恋愛小説にありそうな出会い方ね」
「僕はもっとロマンチックなのが好みだけど。たとえばー」
「その続きは結構よ!」
クロエは慌ててスティードの口を塞いだ。
絶対、悪寒がするようなたとえ話を聞かされるのだ。
ヒロインたちの出会いの話でさえ、ムズムズしてしまったのに、これ以上キラキラした恋愛話は聞きたくない。
スティードは強引に話を止められたというのに、うれしそうにニコニコしている。
「珍しくクロエから触れてくれた」
「はっ! そ、そういう言い方しないでちょうだいっ」
クロエは慌ててスティードを解放すると、バッと距離を取った。
スティードのニコニコ笑顔は、それでも全然、引っ込まない。
とても気まずい。
「そ、それで二人の出会いをどうやって阻むの?」
「場所や日付はわかってるからね。先回りして、オリヴァーの足止めをするつもりだ」
「ふうん。退屈だけど妥当な案ね」
でもそれだけで、あっさり上手くいくのだろうか。
ロランドだって、一度は幽閉を止められたのに、結局、防ぎきることはできなかったのだ。
運命はかなり太い糸を使って、クロエを破滅のほうへ引っ張り寄せている気がしないでもない。
「ロランドの時のようにならないか心配なんだね」
「ええ。一度は回避しても、別の機会で同じイベントが起きたりするんじゃない?」
「たしかにあれは予想外の展開だった。もっと慎重に行動すればよかったって、未だに後悔しているよ」
「今年は妨害に成功しても、来年同じ場所で出会っちゃうかも」
「それに関しては問題ないよ。オリヴァーは夏が終わった後、隣国に留学するから。彼の父は、息子が諸外国で物を見る目を鍛えることを望んでいてね。この夏さえ乗り切れば、十五歳で王立学院に入学するまで戻ってこない」
「よかった。だったら安心ね」
「夏が終わるまでは気を抜けないけれどね」
とにかく重要なのは、この夏なのだ。
「お父様にお願いして、避暑地に行かせてもらうわ」
父の悪行のせいで、奴隷商人に売り払われる未来が生まれてしまったのだ。
このぐらいのわがままなんて安いものだろう。
「スティードはどうするの?」
「もちろん僕も一緒だよ。傍にいてナイトの役目を勤めさせてくれ」
「私はひとりでも十分、破滅の運命を撃退できるわよ。そのために一年間、頑張ってきたんだから」
「でもクロエが運命を撃退したとき、それを自慢できる相手がいたほうがよくない?」
「まあ、そうね」
確かにひとりで行くよりも、遊び相手のスティードがいた方が楽しい。
せっかくの避暑地なのだ。
さっさと破滅を回避して、普段できないようなイタズラをしたい。
もちろん夏が終わるまで気を張っているつもりではいる。
でも川を使った悪事をひらめいたから、それを実践するのもいいかもしれない。
「出発が待ち遠しくなってきちゃったわ」
夏の終わりまで注意深くいられるのか怪しいクロエが、イタズラを妄想してニヤニヤしていると、不意にスティードの顔が翳った。
「本音を言えば、君には留守番をしていてほしいんだけどね」
「え? どうして?」
「だって心配だから」
スティードはそっとクロエの手を取った。
「君はとっても魅力的だし、オリヴァーまで君に恋をしたら嫌だな」
「もうスティード。そういう話、好きじゃないわ」
「うん、知ってる。でもこうやってしつこく言葉にし続けないと、君は僕が婚約者だってことも、僕が君に恋してることもすぐ忘れちゃうだろう?」
図星だったので、言い返す言葉が見つからない。
スティードは「ほら、やっぱり」と呟くと、恨みがましそうにクロエをじっと見つめてきた。
「こんなふうに平行線のまま、ライバルまで増えるなんて冗談じゃない」
そんなこと絶対起こりえないのにと、クロエは呆れ混じりのため息を零した。
(私みたいに悪人面した女を好きになるモノ好きなんて、スティードぐらいよ)
だいたいなんでそんなに好かれるのかも理解できない。
もしかしたらそのせいで、スティードの気持ちとまともに向き合えないのかもしれなかった。
本当にスティードの抱いているのは、恋心なのだろうか。
思い込んでいるだけかもしれない。
でもスティード自身はそうは思っていないようだ。
目を細めて真剣にクロエを見つめてくる眼差しには、隠しきれない情熱が浮かんでいた。
それがますますクロエをむず痒くさせた。
「まあ、どんな男が現れたって引き下がったりしないけどね。君を一番愛しているのは僕だ。誰かに奪わせるつもりはない。それを覚えていて、僕の愛しい婚約者」
スティードはそう言って、クロエの手の甲にやさしくキスをした。
いつもの挨拶めかしたキスではない。
恭しく真心の込められた丁寧な口づけだ。
クロエは「うわあっ」と淑女らしからぬ悲鳴をあげて、慌てて手を引っこめた。
「勝手にキスするのはなしよ!」
「じゃあ今度からはちゃんと触れる前に一言伝えるよ」
そういう問題じゃない。
クロエが拳を握りしめて反論すると、スティードは明るい笑い声をたてたのだった。




