破滅回避会議 5
(破滅を回避するために、ヒロインの人生を台無しにするなんてできないわ……)
自分の幸せのために、他者を踏み躙る。
それはクロエの思い描いている悪役道に反していた。
クロエは「悪人ながらあっぱれ!」と言われるような悪役令嬢になりたいのだ。
「スティード。私、他人を巻き込むなんてみっともない真似をするくらいなら、破滅を選んだ方がマシだわ。……たしかに破滅は嫌よ? 潔く受け入れられるかっていったら、全然そんなことないわ。だって破滅ってなんだか痛そうだし! でも、ヒロイン一家の幸せを踏み潰して生きてくなんてやっぱり嫌なのよ……」
とはいえ破滅は恐ろしい。
しゅんとして項垂れていると、優しく励ますように頭を撫でられた。
「君ならそう言うと思っていたよ。大丈夫、君を破滅にはさせないって約束しただろう?」
「でも……」
「それから君のために誓おう。ヒロインとヒロインの家族のことも犠牲にはしないって」
「……! 何か方法があるのね!」
「ヒロインの家庭の事情と、クロエの父君が黒幕という展開は、当然オリヴァールート以外でも浮上するんだ。でも、どのルートでも同じ結末を辿るわけじゃない。中にはほとんどの人間が不幸にならず、穏便に解決するルートもあるんだよ」
(ほとんどの人間?)
クロエは引っ掛かりを覚えたが、とりあえず話の続きを聞くことにする。
「『ノーマルエンド』と呼ばれるルートがある。このルートなら、城内にうずまく陰謀を解決するのがメインで、特定の誰かとくっつかない代わりに、みんながそれなりに幸せにやっていけるエンディングを迎えられるんだ」
「でも全員じゃないのよね?」
クロエの問いかけに対し、スティードの表情が一瞬翳った。
それだけでもう、誰がつまはじきにあうのかわかってしまう。
「私以外が幸せになるエンディングってことね」
「うん。だから絶対にノーマルエンドを僕は認めないよ。でも利用することはできる。ノーマルエンドをベースに修正をはかって、クロエも幸せになれる大団円を導き出すんだ」
正直、スティードの言葉に心底ホッとしてしまった。
それが恥ずかしくて、クロエは慌てて仏頂面を作った。
「大団円エンド? 待って、それってみんなで手に手を取り合って幸せになりましょう的な? そんなの嫌よ。悪役令嬢が仲良しこよしごっこに参加するわけないじゃない」
腰に手を立てて、ツンとそっぽを向いたのはもちろん照れ隠しだ。
スティードはくすくす笑って、いつものようにクロエのひねくれた発言を受け止めてくれた。
「大丈夫。君が君のままいられる未来を思い描いているから」
心を全部見透かされているようで、もぞもぞする。
付き合いが長いと、こういうとき大変だ。
(スティードって私のこと、なんでもわかっちゃうんだもの)
それがちょっぴり悔しい。
クロエは居心地の悪さを追い払うように、こほんと咳払いをした。
「ねえでも、オリヴァーはどうなるの? 誰も好きになれないまま、どうやって幸せになるのよ?」
「オリヴァールート以外の彼は、特定の恋人を作らずにいたけどそれはそれで幸せそうだったよ。『世界中の女性は皆それぞれに輝く魅力を持っている。一人きりを選ぶなんて無粋だと思わない? 夜空に輝く星を見てごらんよ。優劣をつけることなんて不可能だろう?』」
オリヴァーの真似なのか、歌うような口調でスティードが言う。
クロエは口元をひくっと引きつらせて、どんびいてしまった。
(まだ実物と出会っていないけれど、やっぱりどう考えても私はオリヴァーって無理だわ!)
「星空を愛でていられればいいらしいから、オリヴァーにはそういう方向で幸せになってもらおう」
「好きな人を見つけて、恋をすることだけが幸せなわけじゃないものね! 私も恋には全然興味がないし。世の中にはもっと素敵なことがいっぱいあるもの!」
「はぁ……」
「え? 何よ、突然ため息なんてついて」
「いいや、なんでもない。僕のことは気にしないで。――話を戻すね。僕らは、オリヴァーがヒロインと出会って恋に落ちないよう邪魔をするってことでいいね?」
「ええ、問題ないわ」
恋の邪魔者として立ち振る舞うのは、悪役令嬢っぽくて悪くない。
クロエは俄然張り切りはじめた。




