破滅回避会議 4
「オリヴァーのルートでは、君はかなり重要な存在として出ずっぱりなんだよ。とくにオリヴァーとの接点は、ヒロインよりクロエのほうが多いくらいだ」
「ええっ!? どうしてよ!?」
「それも順を追って説明するね。まずこの話の主軸になっているのは、ヒロインのおかれている境遇だ。ヒロインの実家は、とある事件以来没落の一途を辿っている。今現在も、資金繰りをなんとかするために、方々の別荘を売りに出している最中のはずだ」
「でも避暑地に来るのよね……?」
「うん。ただし目的は避暑じゃない。売りに出す別荘を片付けるため、母親に同行したんだ。そのために人を雇う余裕もないんだろう」
クロエはびっくりして、すぐに言葉が出てこなかった。
使用人すら雇えず、自ら働くしかないなんて。
貴族の女性にとって、それがどれだけ屈辱的なことか、想像に難くない。
「あ! ねえ、スティード! 没落はもう回避できないの?」
もしクロエの破滅のように、今からでもなんとかなるのなら……。
そう思ったのだ。
しかしスティードは眉を下げて、やんわりと首を横に振った。
「クロエ、落ち着いて聞いてね。ヒロインの家が没落する原因は、君の御父上にある」
「なっ、なんですってー!?」
スティードの気遣いも虚しく、クロエは動揺のあまり叫んでいた。
(どうしてお父様が……)
愕然としながらも、頭の片隅で「お父様ならありえるわ」と思ってしまう自分がいる。
クロエたち家族には、砂糖菓子のように甘い父。
しかし彼が、他者にたいして時に冷酷なほど無情になることをクロエは知っていた。
ミスを犯した使用人、出入りの商人などの前での父の振る舞いを思い出す。
それは決して褒められたものではなかった。
「ごめんね、クロエ。君には辛い話かもしれない」
「ううん、平気よ。お父様を聖人君子だなんて思ったこと、一度もないわ。続きを聞かせて」
スティードは苦笑してから、再び口を開いた。
「表には決して明かされていないんだけど、二年前、城ではクーデター未遂が起きた。その首謀者は君の父である公爵だ」
「クーデターって……まさか、お父様ってば玉座を狙ってたの!?」
「いいや。クーデターにみせかけて、とある伯爵を排除することが公爵の真の目的だったんだ。偽りのクーデターをでっちあげ、その首謀者に伯爵を仕立てあげることで、彼を処刑をしようとした。けどその目論見がヒロインの父に気づかれてしまい――」
クロエは頭を抱えたくなりながら、黙って話を聞いた。
「公爵は策を変えて、ヒロインの父にクーデターの罪を着せた。公爵の手口は巧妙で、ヒロインの父にはどうにもできなかった。反逆罪で監獄送りになるとともに、ヒロインの家は没落した」
クロエの胸は罪悪感で押しつぶされそうになった。
そんな悪役ぶりは美しくない。
下衆の所業だ。
実の父だからなおさら、腹が立った。
(お父様、最低ね……)
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。
心配そうに顔を覗き込んでくるスティードの前で、そんな言葉を口にしたらきっと励まされてしまう。
辛いのはヒロインなのだ。
(私が落ち込む資格なんてないわ)
「ヒロインの没落とオリヴァーの関わりについても教えてちょうだい」
胸に溜まっていくもやもやとした感情。
今はそれを極力意識しないようにして、クロエは冷静な声で質問した。
おそらくスティードは、クロエのそんな気持ちを見抜いている。
でもクロエが隠したがっていることを、敢えて抉ったりしようとはしなかった。
「オリヴァーはね……、ヒロインと再会して慕うようになったあと、その人生を台無しにした君の家族へ復讐を決意するんだ」
クロエの心情を慮るように、遠慮がちにスティードが言う。
「ゲーム本編では、公爵の罪を暴くことまでやってのけた。結果、ヒロインの父は事務官の座に戻される。公爵は反逆罪で捕まり、クロエは路頭に迷い、最終的に奴隷商人に捕まってしまうんだ」
「ど、奴隷……」
今回の破滅も結構えげつない。
奴隷がどんな扱いを受けるのか具体的には想像がつかなくても、ひどい暮らしになるのは間違いないだろう。
(あれ。でもちょっと待って……。私が奴隷になるルートを回避しちゃった場合、ヒロインのお父様はずっと捕まったままなんじゃ……)




