破滅回避会議 3
「それで、今回はどうやって破滅の運命を回避するの?」
登場人物たちのパーソナルデータ、ゲーム用語、システム。そういったものに関しての知識は、スティードから完璧に伝授されている。
けれど攻略対象それぞれのルートについては、まだほとんど説明を受けていなかった。
「一度にまとめて全員、ルート内容を覚えると、きっと混乱するだろうから。ロランドの時と同じように、その人物との接点が生まれる段階になったら詳しい話をする形でいい?」
クロエがゲーム用語を覚えた段階で、スティードはそう提案してきた。
ルートとその途中で訪れる数々の分岐地点。
これらは破滅エンドを防ぐうえでものすごく重要で、ひとつの小さなミスが、痛恨の結果を生み出す可能性もある。
完璧に全員分のルートを覚えきれるか。
クロエにはまったく自信がなかったから、スティードの提案に異論はなかった。
顔も知らない相手の人生を十五年分把握し、完璧に記憶するなんて至難の業だ。
頭のいいスティードと違って、クロエはもともと勉強嫌いなタイプだったので、はっきりいってゲーム用語を習得しただけで、限界を感じていた。
「ちゃんと頭に叩き込んでおかないといけないのよね」
「安心して、クロエ。わかりやすいように順番を追って説明するよ。まず今回、訪れる重要なエピソード。それが誰にまつわるものなのかってことだ。クロエ、攻略キャラのひとり、オリヴァーのことは覚えているね?」
もちろんだ。
攻略対象キャラの情報は基本中の基本。
クロエは人差し指を振りながら、得意げに諳んじてみせた。
「オリヴァー・ブルーム。大商人の道楽息子ね。性格は軽薄で女好き。息を吸うように嘘を吐くし、本音を口にすることは皆無。」
けっこうなキレ者なくせに、どんな場面でも飄々としていて本気を見せたりはしない。
いつでも全力で悪役令嬢を目指しているクロエとは、真逆のタイプだし、軽薄なところもどうかと思う。
まったく鼻持ちならない嫌なやつだ。
「絶対私とは合わないタイプだわ! だけど、そんなどうしょうもない男も、ヒロインを好きになってからは改心するのよね」
「君の口から他の男の悪口を聞くのって、最高の気分だな」
突然、スティードが話の腰を折って、わけのわからないことを言い出した。
「僕は世界中の同性すべてをライバル視してるからね。そのうちの一人がスタートに立つ前から出遅れたと聞けば、胸が躍るものさ。もっとも僕が与えた情報からクロエに嫌われてしまったのだから、ちょっと後ろめたくはあるけど」
悪口を聞いて喜ぶなんて、大丈夫だろうか。
(スティードってキラキラした見た目のわりに、時々黒い面を見せるのよね)
年齢が増すごとに、そんな性質が強くなっている気もする。
(悪役キャラは私の特権なのに! 被られたらたまったものじゃないわ)
斜め上の方向でスティードを警戒しつつ、クロエは話の続きを促した。
「今回はオリヴァーに関する重要なエピソードが起こるわけね」
「そのとおり。十日後、プリムという名の避暑地で、オリヴァーはゲームのヒロインである少女と、運命の出会いを果たす」
ヒロインと攻略対象の初めての出会いといえば、たしかにかなり大事なイベントだ。
「オリヴァーがヒロインへの恋愛感情を自覚するのは、十五歳になってからだ。でも彼が恋に落ちるきっかけは、初めての出会いが生み出したものなんだよ」
「ははーん。つまりそこで恋の『フラグ』が立つわけね?」
「ゲーム用語の理解は完璧だね、クロエ」
スティードに褒められ、得意げな気持ちになる。
努力の結果がちゃんと発揮できてうれしい。
「僕らは今回、そのフラグを壊すんだよ。オリヴァーが決してヒロインを好きにならないように」
予想外の答えにびっくりした。
また今回もロランドの時と同じようなパターンを想像していたのだ。
つまり人生がねじれないように救い出すのかと想像していた。
(なるほど。こういうパターンもあるのね)
だけどオリヴァーの恋と、クロエの破滅。
そこにどんな繋がりがあるのだろうか。
「オリヴァーとヒロインが恋をすると、どうして私が破滅するの?」
たとえばの話。
ゲームどおりクロエがヒロインを苛めた結果、ヒロインに恋するオリヴァーから報復されるなら、単に苛めをしなければいいだけの話だ。
なにもふたりの恋を潰す必要はない。
恋する男女とクロエ。
自分なんてまったく無関係なように思える。
ところがスティードから戻ってきたのは、意外な返答だった。




