破滅回避会議 2
十三歳の初夏。
クロエは今日もスティードと、破滅回避会議を開いている。
この集まりが恒例のものとなってだいぶ経つ。
会議とは言っても庭を散策したり、散歩がてら話し合いを行う日がほとんどだ。
お茶を楽しみながらという時は、邸のポーチやバラ園のあずまや、天気のいい日には楓の木陰や芝生の上で過ごすこともある。
雨の日以外、部屋の中で会うのは稀だ。
クロエは室内にいるより、動き回っていたい性質だったし、スティードはそんなクロエの好みをよく理解していた。
今も二人は芝生に広げたキルトに腰を下ろして、初夏の爽やかな日差しのもと、和やかにお茶を飲んでいた。
そんな二人の様子を、メイドたちは暖かい目で見守っている。
どうやらクロエとスティードを、幼い恋人同士だと思っているらしい。
理由は明白。
破滅回避会議のため、スティードとクロエが会う時間が、以前に比べてかなり増えたからだ。
その結果、メイドたちは完全に勘違いをして、お茶を注いだあとは、少し離れた場所に控えるようになった。
呼べば聞こえる距離だけれど、二人でひそひそ話している分には会話が漏れない。
「秘密の会合をするのに都合がいいよ。クロエと恋人同士になったって思われてるのもうれしいし」
スティードは状況を楽しんで、のんきなことを言っている。
「私は事実じゃないのに勘違いされてるのは嫌だわ」
「そう? 周りから恋人だって見られてるうち、だんだんそれが本当かもって思えてくるかもしれないよ」
「なにそれ。そんなに馬鹿じゃないわよ」
むっつりしたクロエに向かい、スティードはくすくす笑って、今のは僕の希望だと付け加えた。
クロエとスティードの関係は相変わらず。
スティードの片思いを、クロエが上の空で聞き流すという状態が続いていた。
クロエたちは十三歳。
貴族社会においては、この年齢で婚約している者がほとんどだし、十三、十四で嫁ぐ令嬢も決して少なくはない。
だから決してスティードが特殊というわけではなかった。
問題はクロエのほうにある。
(だって恋だの愛だのってそんなに大事なこと? 私には全然理解できないわ)
今の関係はとても居心地がいい。
時々スティードが変な感じで距離を詰めてくるのは戸惑うけれど、それ以外は気楽に過ごせている。
スティードはクロエに淑女らしい振る舞いを期待したりしないから、自然体でいられるのだ。
このままでいるのはいけないことなのだろうか。
(絶対にいつかは変わらなければならないの?)
クロエだって別にスティードを嫌っているわけではない。
自分の婚約者だということも一応忘れていないつもりだ。
でも恋とか愛とかはやっぱりわからない。
(スティードはなんというか、そう、同志みたいな感じなのよね)
スティード本人が聞いたら、がっくりと肩を落とすようなことを考えながら、クロエは目の前のサンドイッチに手を伸ばした。
十三歳のクロエも十一歳のクロエと負けず劣らず、まだまだ色気より食い気なのだった。
あれこれ思いを巡らせているうちに、スティードと並んで座っているのが恥ずかしくなってきた。
姿勢を正すふりをして、さっきより少し離れた場所にさりげなく座り直す。
スティードがちらっとこちらを見たのを感じた。
何か言われるかと冷や冷やしたけれど、彼は軽く肩を竦めただけだった。
「さてと。この一年で君はゲームの知識にかなり詳しくなったよね」
よかった。
ゲームの話に戻ってくれた。
これなら居心地の悪い想いをしなくて済む。
「特殊用語はすべて覚えたし、ゲームというものの構造もしっかり把握できている」
ね? 問いかけてくるスティードにたいして、ふんふんと頷き返す。
上質なバターがたっぷりぬられたタマゴサンドを食べる手は、ガツガツしてみえない程度に動かし続けたままだ。
ここ一年、我ながらかなり頑張ったと思う。
勉強は大の苦手なのに、投げ出したりもしなかった。
それもこれも、次の重要な局面に備えるため。
そしてついに決戦の時がやってきたのだ。
「準備は万全。次はいよいよ、打って出る番だ」
「やっとなのね! さあ、早く計画の詳細を教えてちょうだい!」
クロエは張り切って瞳を輝かせた。
第二の重要なエピソードが起こるのは、十三歳の初夏だと聞いて以来、今か今かと待ち続けてきたのだ。
闘技場に向かう剣闘士のような気持ちで身を乗り出す。
『破滅する運命』という敵をコテンパンに倒してやりたい。
クロエの頭の中は、ご令嬢らしからぬ闘志で燃え上がっていた。




