破滅回避会議 1
「ねえ、スティード。こんなのんびり過ごしていていいの? 警戒しなきゃいけないこと、もっといっぱいあるのかと思っていたわ」
クロエとスティードは今、城の敷地内にある遊歩道を散歩している。
春の日差しはポカポカと暖かいし、鳥はさえずっているし、平和を絵に描いたような状態だ。
「物語が本格的に動き出すのは学園入学後だからね。それまでの間、ターニングポイントとなるような出来事が起こるのは数えるほどだ」
「そんなに少ないの?」
「1年に1度あるかないぐらいに思っていて。ゲームの本編は僕たちが15歳の夏、ヒロインが入学してくるところから始まる。それ以前の出来事は、攻略キャラたちがヒロインに語る思い出話や、イベントシーンでの回想でしか語られないから、細かい展開まで僕にも把握できてないんだ」
「日々の小さな出来事は、ゲームには出てこないってことね」
なんでもかんでも先に知れるほど、便利なわけじゃないのか。
「いい点もあるよ。そのキャラクターの人生を変えた出来事がはっきりしているわけだから。対処するポイントを間違えることは皆無だ」
たとえばロランドが閉じ込められた事件のように。
ここ一番の山を乗り越えられれば、とりあえずの危機回避はできるというわけだ。
次に重要なエピソードが発生するのは、二年後の夏。
それまではゲームの知識を増やしつつ、ロランドのトラウマが遅れて発症しないように、目を光らせておこうということになった。
そんなわけでクロエは、せっせとロランドのもとへ通っている。
もちろんお忍びで。
おかげで密かに侵入する技術がだいぶ上達した。
「さあ、ロランド! ついてきなさい! あなたは悪役として見込みがあるから私が特訓してあげる!」
「はあ? なんでだよ。こっちは城で暮らすためのくだらないレッスンとやらで忙しいんだ」
「あら。だったらサボり方も教えてあげるわ! 私はその道のプロなのよ」
「へえ。悪くない誘惑だ」
「まったくふたりとも、仕方ないな……。いいかい、ロランド。クロエに悪い方向で感化されてはだめだよ」
スティードがため息交じりに注意すると、ロランドは鼻で笑った。
「そんなこと言って、俺がクロエと一緒にいるのが面白くないんだろ?」
「まさか。微笑ましいなと思って見守っているよ」
「目が笑ってないぜ。それでごまかせてるつもりか?」
「ふたりとも、何の話してるの?」
「「なんでもない」」
言い争っていたように見えたのに、ふたりそろって同じ返事をしてくるのだから意味がわからない。
まったく仲がいいのか悪いのか。
「ねえ、クロエ。レッスン中、ロランドの傍には僕がちゃんとついているよ。君がこうやってかかりきりになる必要はないんだ」
「遠慮しないでいいのよ。ギデオンみたいな小悪党の考えそうなことを予想するのは、あなたより私の方が断然向いてるもの。だから私に任せて!」
「うーん。僕の言いたいこと、全然伝わっていないみたいだ……」
「大丈夫、ヘマはしないわよ。スティードは私よりずっと忙しいんだし、勉強に集中していて」
クロエがそう主張するたび、なぜかスティードは複雑そうな顔をする。
そんなに自分の手でロランドを護りたいのだろうか。
ふたりは兄弟だから、当然なのかもしれない。
そんなふうにクロエとスティードが四六時中べったり張り付いていることもあって、今のところロランドは暗闇を恐れていない。
「北の塔に閉じ込められていたのに、怖くなかったの?」と尋ねたら、「すぐに誰かさんがやってきて、笑わせてきたからな。怖がってる暇もなかった。それよりおまえ、あの歌、また聞かせろよ」と言って、にやりと笑われた。
人をからかう余裕があるくらいだし、強がっているわけではなさそうだ。
だからと言って、安心はできない。
もしかしたら今後、同じような事件をギデオンが起こして、再びロランドが『北の塔』に幽閉される可能性だってある。
スティードによると、ロランドは『学園に入学するまでの間、何度も家庭教師に閉じ込められた』とゲームの中で発言していたらしい。
あの家庭教師はクビになったけれど、またギデオンに手を貸す大人が現れないとは限らないのだ。
表だってロランドをいびる人間はいないものの、王宮内に彼をよく思わない存在が多いのも残念ながら事実だった。
嫌味を言われている現場を見つけて、駆けつけたことも一度や二度ではない。
クロエがケンカを買って、口論で相手をやり込めることなんてしょっちゅうだ。
とはいえ、ロランドの方がずっと口は達者なのだけれど。
そんなロランドから学ぶことは多い。
彼のおかげで口ゲンカのスキルが桁違いに上がったとも思う。
だからロランドと一緒にいるのは楽しい。
破滅フラグを回避する問題を置いておいても、彼とは友達でいたかった。
ロランドのほうがクロエをどう想っているかはわからない。
ただなんとなく嫌がられてはいないような気がしている。
ロランドが囲まれているのを見つけるたび、髪を振り乱して駆けつけ、いじめっ子たちを追い払うたび、彼は呆れ顔で溜め息をつく。
ぶっきらぼうな態度とは裏腹に、彼の瞳はいつもどこかうれしそうなのだ。
『ひとりでなんとかできるって毎回言ってんだろ。……でもサンキュ』
『……あら!』
そんなつっけんどんなお礼の言葉を聞くたび、クロエもうれしくなった。
初めて会ったときは、あんなにツンツンして好戦的だったのに。
いまは随分心を開いてくれている。
クロエと雑談をしている最中に、おなかを抱えて笑うこともあるくらいだ。
それにロランドは兄のスティードとも、お互いに気心の知れた感じで話すようになった。
時々クロエを間に挟んで、お互い不敵に笑いながら睨み合っているのも、多分仲のいい証拠だろう。
そんな風に過ごしていたら、あっというまに月日は巡り――。
クロエたちは十三歳になった。
破滅フラグに繋がる第二の重要なエピソード。
それが起こる夏の日は、もうすぐそこまで迫っている――。




