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不器用で孤独な赤毛の王子様 4

 ロランドが北の塔に幽閉される事件が起きた数日後。

 スティードはクロエとロランドを自室に呼び出して、事の顛末について話す機会を設けた。


 何があって、どういう結末を迎えたのか気になっていたクロエとは違い、ロランドのほうはあからさまに迷惑そうな態度だ。

 それでよくこの場に出向いたものだと不思議に思っているクロエは、時折ロランドがじーっと視線を向けてくることにも、それを見たスティードが意味深に瞳を細めていることにも気づいていない。


「で、一体あの日なにがあったの?」


 なかなか本題に入ってくれないのでクロエが問いかけると、スティードはロランドをちらっと見た後、説明をはじめた。


 スティードの話によれば、彼の兄である王太子マティアスは、状況を知ると眉を寄せて、「こんなのは罪人に与える処罰だ」と言い捨てたらしい。

 しかも即座に、ロランドを牢獄の中から出すよう命じてくれたのだ。

 おかげでクロエは七曲目の歌を歌い終わる前に、ロランドを牢から救出できた。


 問題のギデオンは、その日のうちにマティアス王太子に呼び出されたものの、最初はしらばくれて真実を打ち明けようとしなかった。

 けれど、「私に向かって偽りをのべるつもりか?」とマティアスに言われると、震え上がって事の顛末を白状したそうだ。


「クロエ。実はギデオンは、ロランドじゃなくクロエにひどいことをしようとしていたんだよ」

「私? なんで……って、ああっ! もしかしてこのあいだ胸倉を掴んで脅かしたからその報復!?」


 スティードが頷くのを見て、ギデオンに対する苛立ちが燃え上がってきた。

 悪役を目指す者に対して報復しようとするなんて、良い度胸ではないか。


(あら? でも変ね)


 だったら一体なぜロランドが捕まっていたのだろう。

 小首を傾げていると、向かいの席に座っているロランドが面倒臭そうにため息をついた。


「おい。別にどうでもいいだろ、そんな話は」

「いいや、どうでもよくないよ。クロエの身を守るためにも何があったかきちんと説明しないと。まあ僕だってロランドがクロエのナイトになったなんて話、本当はしたくないんだけどね」

「何がナイトだよ……。気障なやつだな」


 うんざり顔のロランドと、複雑な表情を浮かべたスティードの顔を交互に見る。

 ロランドがナイト?

 一体なんの話をしているのだろう。

 なんだか仲間はずれにされている気分だ。

 スティードとロランドの兄弟仲が良くなったのなら、もちろんいいことだけれど。


 クロエはソファーの縁に両手をついて、ぐっと身を乗り出した。

 ちゃんと参加したい。

 混ぜて欲しい。


「ねえ、どういうことよ。私にもわかるようにちゃんと説明してちょうだい」

「うん、もちろんだ。でもクロエ、話を聞いてロランドにときめくのはなしだよ」

「と、ときめく!? ななな何言ってるのよ!?」


 スティードが変なことを言うから、頰が勝手に熱くなってしまった。

 明らかにそんな単語が飛び出すような流れではなかった。

 スティードのこういうところは、本当に理解不能だと思いながら、クロエはむすっと唇を尖らせた。

 まだ顔はポッポッしたままだ。


「はぁ……。なんでそんなかわいい反応するかな、本当に心配だ。――いや、話を戻そう。ギデオンはクロエに仕返しをしようとして、その実行犯として協力するようロランドを誘ったんだ」

「呆れた! 自分で仕返す度胸もなかったってこと!?」


 ロランドはその時のことを思い出したのか、馬鹿にするように鼻先で笑った。


「『引き受けて成功させたら、俺の子分にしてやる』だとさ。貴族のお坊ちゃんでも、下町辺りのゲスな人間と思考回路は変わらねえんだな」


「ロランド、それギデオン本人にも言ったの?」

「当然。そしたらあいつ血相を変えて詰め寄ってきたけど」

「それで喧嘩になっちゃったの?」

「……」


 ロランドは行儀悪く頬杖をつき、スッと顔を背けてしまった。


(ん?)


「クロエ、違うんだ。ロランドはね、クロエに『暴力に訴えるな』と言われたから、ギデオンの挑発に乗らなかったんだよ」

「え!」


 ロランドが我慢したと知って、クロエはびっくりした。


(私が言ったこと、ちゃんとロランドの心に響いたの?)


 なかなか可愛いところがあるではないか。


「おい。妙な言い方をすんな。別にこの女のことは関係ねえ。あんなやつ、相手にするまでもないと思っただけだ」


 ぶすっとした顔で吐き捨てるように言われても、ロランドのことが憎めなくなってきた。


「ねえ、ロランド。でもそれで済んだの?」


 相手はあのギデオンだ。

 蛇のようにネチネチしつこくまとわりつきそうだ。

 と思ったら案の定……。


「逆上したギデオンはロランドに殴りかかってきたんだよ。そうだろう、ロランド?」

「殴りかかる? ノロノロぶつかってきたの間違いだろ。あんなパンチに当たるほど愚鈍なやつなんてこの世に存在しねえっての」


 ロランドが避けた結果、ギデオンは自分から噴水に突っ込んでしまったのだという。

 それから大騒ぎになって、家庭教師が駆けつけてくる事態にまで発展し……。

 ギデオンやその取りまきたちは、ロランドが一方的に暴力を振るったと主張して、家庭教師を味方につけた。


『家庭教師』という言葉に、クロエはハッとなった。


(もしかしてゲームでロランドを閉じ込めたり、いじめたりしていた家庭教師……?)


 スティードのことをチラッと見ると、こくりと首を縦に振った。


(やっぱり……)


『ロランドが家庭教師に北の塔に閉じ込められる』というイベントは、ゲームのとおり起こってしまったのだと知り、クロエは小さくため息をついた。


「家庭教師はギデオンの話しか聞かず、ロランドが乱暴をしたと誰かに報告した」

「誰か?」

「ギデオンや家庭教師が、庶子のロランドを差別していようが、ロランドは王子という立場にある。彼らの権限でロランドを監獄に幽閉するなんて不可能だよ」


 たしかにスティードの言うとおりだ。


「じゃあもっと偉い人がこの件に絡んでいるってこと?」

「可能性は高い。それが誰であるかを突き止めるのは難しいだろうけれど」


 家庭教師は当然、黒幕の存在についてなど口を割らなかったし、自分ひとりの責任だと認めている。


 クロエとスティードの話を聞いていたロランドは、冷め始めた紅茶をグビッと飲み干すと、どうでもよさそうにソファーに身を埋めた。


「突然ポッと出てきた庶子の王子だぞ。よく思われないに決まってる。どうせ王宮にいるほとんどの人間が俺の敵だ。誰が手引きしたかなんて興味ねえよ」

「まあ、一理あるね……。一応、今回の件で厄介な家庭教師は解雇されることになった。それでよしとしたほうがいいかもしれない」

「だいたいそういうところをあんまり突っつくと、藪の中から蛇が出てくるしな」


(藪の中から蛇……とんでもない人が黒幕だって言いたいの……?)


 スティードはロランドの言葉を肯定も否定もしなかった。

 王子であるロランドにたいして、処罰を命じられる人間なんて限られている。


(たとえば王妃様とか……)


 クロエも無言のまま、スカートの上に置いていた手のひらをぎゅっと握った。

 何の根拠も証拠もないのに、その人の名前を出すことなんてできない。

 ましてや相手はスティードの実母なのだ。


「申し訳ないけれど、家庭教師に命じた人間についての問題は僕に一任してくれないかな。ロランドの身に、また何か危険が迫りそうなときは必ず僕が対処すると約束するから」

「おい、余計なことするな。俺は自力でなんとかできる。話が終わりならもう行くぞ」


 むっつりした顔でロランドが立ち上がろうとする。


「あ、待って!」

「あん?」

「まさか私を庇ってくれていたなんて……。ロランド、迷惑かけちゃってごめんなさい。それからありがとう」

「別におまえを庇ったわけじゃない」


 ロランドがぶっきらぼうに言う。

 でも心なしか、言葉の調子にとげとげしさがなくなってきた。


「ていうか、んなこと言うなら、おまえこそ俺のために……」

「え?」

「いや、なんでもない」


 ロランドは真顔でクロエをじっと見つめたあと、にやりと口角を上げた。


 そうやって笑うと、何もかもを敵視するような目が少し垂れて、優しい印象に変わる。

 雰囲気が変わる瞬間を目の当たりにしたクロエは、一瞬ハッとしてしまった。


(ロランドって、こんな顔もできるのね……)


 クロエに向けて、親しみのこもった微笑みを向けたまま、ロランドは軽く肩を竦めてみせた。


「それにしてもおまえのあの歌声は笑えたなあ」


 あのときのことを思い出したのか、ロランドはくっくと笑いはじめた。


「なんだかんだで楽しんでいたじゃない」

「まあな。世界一特別な歌声を聞かせてもらえたし? まじで心に響いて涙が出るかと思ったなー」

「嘘だってバレバレよ!」


 クロエはロランドの肩をぱしぱしと叩いて突っ込みを入れる。

 ロランドは別に嫌がっている様子もない。


(あれ。なんかロランドと話してるの楽しいかも)


 今回の一件を経たことで、急速に彼との距離が近づいた気がする。

 打ち解けた空気がなんとなくうれしい。

 そんなふうな想いを抱いたとき、しばらく黙ってふたりのやりとりを見守っていたスティードが、不意に口を開いた。


「そうだ。クロエのことをまだ正式に紹介してなかったね。彼女はベルトワーズ公爵令嬢で、僕の婚約者なんだ」

「……婚約者?」


 ロランドがぴくりと眉を動かす。


「貴族や王族には、ほとんどの場合、幼いうちから婚約者がいるんだよ。君もいずれはどこかのご令嬢と縁談が持ち上がるはずだ」

「……ふうん」


 無表情になったロランドは、さっきより低い声で唐突な質問をぶつけてきた。


「なあ。おまえ、こいつのこと好きなの?」

「え? そりゃあ好きよ。だってスティードとは子供の頃からずっと一緒だし」

「そういう意味の好きじゃねえよ。恋愛対象として見てんのかって話」

「恋愛対象!?」


(スティードを……!?)


 どことなく大人びているロランドの口から聞くと、なんだかものすごく仰々しいもののように聴こえて、クロエは驚いてしまった。


「れ、れれれれ恋愛なんて!」


 もう、本当に嫌だ。

 こういう話題は苦手だから勘弁してほしい。


「わからないわよそんなの! だ、だって私たちまだ10歳だし!」

「クロエ……」


 挙動不審な態度で突っぱねると、スティードはがっくりと肩を落としてしまった。

 でもスティードを気にしているような余裕がクロエにはなかった。

 恥ずかしさのあまり、ぷいっと視線を逸らすと、スティードの隣にいるロランドがなぜか勝ち誇った顔をしているのに気づいた。


「だったら俺にもチャンスがあるってことだな」

「チャンス? なんのこと?」


 首をかしげてロランドに問いかけたのに、返事は戻ってこない。

 ロランドが睨みつけるように見つめているのは、クロエではなくスティードだ。


「宣戦布告か。面白いね。兄弟として君のためにできることがあれば手を貸すつもりだけど、これに関してだけは譲れないな」

「譲ってもらうまでもない。奪いに行くから覚悟しとけよ、兄弟」


 挑戦的な顔で笑うロランドと、その視線を真っ向から受け止め、不敵に微笑むスティード。

 恋だのと言われて、一人で取り乱していた結果、クロエは話についていけなくなってしまった。

 譲る譲らないって、いったい何の話をしているのか。


 再び疎外感を覚えたクロエは「ちょっと、私を仲間外れにするのはやめてよ!」と喚くと、二人の腕を掴んでぎゅっと引き寄せた。


「うわ!? クロエ!?」

「お、おい、何すんだよ!?」


 兄弟がそろって慌てふためいた声を上げる。

 やっぱりこのふたり、気が合いそうだ。


 ロランドルートでの最初のきっかけを回避することには失敗してしまったけれど、その点は本当によかった。

 それにゲームの中では敵対視しているロランドと、お友達のような距離感になれたことも正直うれしい。

 ロランドはギデオンの報復からクロエを護ってくれたし、クロエはロランドの窮地を救おうと努力した。


(お互いのピンチのために行動できたんだもの。それってもう友達よね!)


 クロエは心の奥がポカポカ暖かくなるのを感じながら、二人の腕に絡めた手にぎゅっと力を込めたのだった。

なんと先日に引き続き、レビューを2件もいただいてしまいました!

ありがとうございます!

クロエに好感を持っていただけて嬉しいです。

ヒーロー達も愛される物語を目指して頑張ります。



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