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不器用で孤独な赤毛の王子様 3

 塔の地下まで辿り着くと、通路の入口にも衛兵が一人立っていた。


「クロエ様!? このようなところにいらしてはいけません……!」

「わかってるわよ! だから黙って見逃してちょうだい」

「そんな無茶な……!」


 近づいてこようとする衛兵に向かい「そこにいて!」と手のひらを突き出す。

 塔の地下牢は、ひとつを除いてすべて開いている。


(本当にこんなところに閉じ込めているなんて……)


 閉まっている扉の前に急いで駆け寄ったクロエは、冷たい鉄に両手をついて耳を澄ませた。

 足元の空気口以外、扉に穴は開いていない。


(これじゃあ牢の中は真っ暗闇だわ……)


 たまらない気持ちになりながら、キッと顔を上げる。

 こちらから中の様子を覗くことはできないし、なんの声も聞こえない。

 でもロランドはこの中にいるはずだ。


「ねえ、ロランド! いるのよね!?」


 大きな声で呼びかけると……。


『その声……あのときの女……!? おまえ、なんでこんなところにいんだよ!?』

「あなたが怖がってると思って励ましにきたのよ」

『はあ!?』

「待ってて。いまスティードがなんとかしてくれるはずだから。私はそれまで傍にいるからね!」

『別に怖がってねえよ! 邪魔だからどっかいけ』

「いいのよ、強がらなくて。わかってるから。私だってそんなところに閉じ込められたら、怯えて漏らしてたと思うし」

『おい、俺は怯えてもいないし、漏らしてもいねえからな!』


 反論を全く意に介さず、クロエは胸を張った。


「大丈夫、誰にも言わないから安心して! 私とあなた、ふたりだけの秘密よ!」

『ふ、ふたりだけの秘密って……。ハッ、いや、そうじゃねえ! 俺の話を聞け!』

「スティードがお兄さんに根回ししてる。それまでの辛抱よ。扉を開けてもらえるまでずっと私がここにいるから」


 ロランドは驚いているのか、答えが戻ってくるまで微妙な間が開いた。


『ずっとって……いつ許可が下りるかなんてわかんねえだろ。だいたい牢の中じゃなくても薄気味悪い塔だし、おまえだってこんな辛気臭いところいたくないだろ。そう言ってたじゃないか』

「そうね。冷静になると、やっぱり怖いわね」


 怒りによって忘れていられた恐怖が、覆いかぶさるような勢いで舞い戻ってくる。

 ゾクゾクっと寒気を感じて、クロエは震え上がった。


「ううっ。せっかく気にしてなかったのに、余計なこと言うから怖くなってきちゃったじゃない」

『だったらさっさと出てけ』


 まるで犬でも追い払うように突き放すような物言いをされて、むっとなる。

 そう言われて逃げ出すと思われていることも気に入らない。


「冗談じゃないわ。私が外でも怖いってことは、中にいるあなたはそれ以上に恐ろしい目にあってるってことじゃない。自分だけ逃げだしたら、負け犬みたいで嫌だもの。だいたいここであなたを見捨てたら、私は破滅しちゃうんだから!」

『何言ってんだ? 破滅?』

「はっ、そうだ! わかったわ!」


 名案を閃いたクロエは、ぽんと手を叩いた。


「怖い気持ちを追いやるために、歌えばいいのよ!』

『はあ? ガキの発想だな』

「そんなことないわよ。絶対楽しい気持ちになれるから! さあ歌うわよ!」

『くだらねえ……。好きにしろ』


 こほんと咳払いをし、クロエは胸の前で手を組んだ。

 足を少し広げて、背中をぴんと張って、すうっと息を吸い込んだら――。


「ああ~~~ぼえ~~~~~~」

『……!?』


 クロエは大きな声で元気よく歌い出した。

 鉄扉の向こうから息を呑むような気配がしたけれど気にしない。


「ぼえ~~、ぼ~~え~~~~~」

『……っ』


 近くで様子を眺めていた衛兵が、ぎょっとした顔でクロエを見ている。

 それでも構わずに歌い続けていると、たまりかねたように噴出す声が聞こえてきた。


『ぶはっ。あっはっはっはは!!』


 始めて聞いたロランドの大爆笑。

 扉越しでも、今彼がどんな顔をしているのか想像がつく。


『な、なんだよそれ!! お前音痴すぎるだろ!?』

「ふふん。よく言われるわ」


 クロエはにやりと笑った。


「でもおなかから声を出して歌を歌うと、元気な気持ちになるでしょ。続き行くわよ、ぼえ~~~~~~~」

『あははははは!! やめろやめろ、お前ちょっとウケたと思って調子に乗ってるだろ! さっきより下手になってるじゃねえか!』

「ぼええ~~」

『あははははは!!』


 ロランドが笑い過ぎて泣きそうになるまで、クロエは高らかに歌い続けた。


 やがて一曲目が終わると、ロランドは息を乱しながら言った。


『おまえみたいな変な女、会ったことない。こんなふうに笑ったのも初めてだ。はあ、まじで笑った……』

「あら。もしかしてもう終わったつもりでいるの?」

『え。まさか……』

「いくわよ、二曲目!」

『お、おい、やめろって! 俺を笑い殺す気かよ!?』


 暗闇の恐怖が彼の心を飲み込めないぐらい笑わせてやる。

 そう思いながら、クロエは再び歌いはじめた。

 扉の向こうから聞こえてくるのは、底なしに明るい笑い声。


(今日の思い出としてロランドの心に残るのが、私の音痴な歌声になればいいのよ!)


 ギデオンや家庭教師の意地悪に負けないぐらい、強烈な歌声を持っている自信はあるのだ。

 負けず嫌いなクロエの心にメラメラと炎が燃え上がる。

 それからスティードが長兄を引き連れてやってくるまで、クロエは歌うのをやめなかった。

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