一般的狂人
時刻は1時――――丁度昼時のその時間に、男は現れる。
その男は食堂で、自らが持ってきた弁当を開けると――――まず一礼をする。
そして、箸でまず米をつまむ――――そしてそれを口の中に放り込み、30回は噛み続けた後に・・・・涙を流し、また一礼をした。
そんな男の風貌は、まさに巨漢。大男と呼ばれるのに相応しい体格だった。
そんな体に似合わず・・・・男の弁当の中身はほぼ空に等しい――――あるのは魚の切れ身や野菜など、最低限のおかずと米のみだ。
それも、完璧な栄養管理。ビタミン、ミネラル、たんぱく質・・・・全てにおいて、完璧なバランスを保ちながらも、圧倒的少なさを誇る弁当箱――――たかが弁当箱だが、その美しさに、その食堂にいる誰もが圧倒されていた。
しかし、そんな周りのことを気づく様子もなく・・・・男は再び食べ始める。
徐々に減っていく弁当箱の中身――――30分ほどかけてその中身を食べ終わると、男は丁寧にその弁当箱を片付け始めた。
男はもう一度一礼をすると、しばらくその状態で動かずにいた。
――――そんな男のポケットからブブッと・・・・スマホのバイブ音がする。
男はスマホを取り出し、要件を確認すると――――ニヤリと笑い。どこかへと去っていった。
◇◇◇
「いやあ最高の気分だ!やはり食というのは大切だね!」
そう言いながら、その少年はむしゃむしゃと・・・・がっつくように飯を平らげていた。
カップラーメンを二杯と、から揚げ棒を三本・・・・最後の仕上げに、エナジードリンクを一気に飲み干すことによって、その少年――――必偶 然の昼食は終わる。
「やはりこれだよ!エナジードリンクは最高の気分にさせてくれる!まるで羽でも生えたみたいだ!」
そう言うと、偶然は自分のカバンを開き――――新たにもう一本、エナジードリンクを飲み始める。
すでに偶然の机の上には、空になったエナジードリンクで溢れていた。
「あいつ・・・・あれで何本目だよ・・・・」
「俺もよく徹夜とかする時はあの飲み物を飲むが・・・・流石にあそこまでいくと死ぬぞ?」
「そうそう。カフェイン中毒ってやつ?絶対致死量だぜあれ・・・・」
そんな偶然を見て、周りはそんな話ばかりで賑わっていた。
そこにガラリと――――教室の扉が開けられる。
「失礼する――――生徒会の者だが・・・・必偶 然どのはおられるか」
そこに立っていたのは、前傾姿勢の大男――――体を伸ばせば天井に頭をぶつけそうなほど、その男は大きかった。
そんな姿に若干の圧を感じ、皆は押し黙るように――――静かに偶然の方に目線を向けていた。
大男はそんな無言の視線に気づき、その先を見る――――そして、そこにゆっくりと歩みを進めると・・・・。
「・・・・必偶殿であられるか?」
「・・・・ん?僕かい?」
話しかけられた偶然は、今まさに何本目かのエナジードリンクを開ける最中だった。
そばに立って話かける大男、しかし偶然はお構いなしにエナジードリンクを開け、再び一気に飲む。
そして、「ぷはぁ!」と飲み切った様子で缶を机の上に置くと――――、
「確かに僕が必偶 然さ!偶然くんと呼んでおくれよ!」
そう笑顔で答える。
「・・・・やはりか・・・・私は生徒会所属、副会長の剥離 健。必偶殿に用があって参った」
「僕に用・・・・?なんだい?!」
健はキッと、机に並んだ缶たちを見ると――――、
「失礼だが、この空き缶と奇妙な形をした紙・・・・そして棒は必偶殿の物で?」
「そうだよ!空き缶はエナジードリンク、その紙はカップラーメンで、棒はから揚げ棒のものさ!」
「・・・・必偶殿、栄養管理には気を使ったほうがいい――――特に、このような飲み物は・・・・いずれ身を壊してしまう」
「おいおい!君は人の食べるものにケチをつける気かい?!人間っていうのは好きなものを食べて生きていくんだぜ!?たとえそれが、どれだけ自分の身を壊そうともね!それが欲に従う普通の人間さ!」
「・・・・なるほど、つまり必偶殿は自分が普通であられるとお思いであるか――――」
「当然さ!僕は普通で、一般で、平凡な人間さ!」
ニコニコと、自信満々に言う偶然を――――健は静かに見つめて――――。
「・・・・ところで必偶殿――――お主、この壁に見覚えがないか?」
そう言って、健は一枚の紙を取り出すと、座っている偶然にも見えやすいよう、さらに前傾姿勢になる。
その紙にはとある風景が写しだされていた・・・・粉々に砕けた壁。突き刺さっている鉄柱――――それは、偶然と豪打が待ち合わせをし、禊と出会った場所でもあった。
「校舎は備品だ、つまり・・・・これは備品の破壊を意味し、校則違反を示すものだ。必偶殿、今一度問う――――この壁に、見覚えがないか?」
健はさらに圧をかけるように、偶然に迫りながら写真を顔の前に突きつける。
そして微動だにせず、ジッと・・・・偶然の答えを待つ。
「・・・・健くん・・・・そのことは僕には関係ないよ!悪いのは全部豪打くんだ!僕は悪くない!」
「・・・・そうか・・・・必偶殿、私は残念に思っているよ・・・・」
健は写真をしまいながら、ムクリと立ち上がると――――、
「実は、生徒に話を聞いたところ、必偶殿が豪打殿と戦闘しているのを見たという生徒がいてな・・・・当然、それだけで犯人だと決めつけようとは思っていない・・・・しかし、全てを豪打殿の所業にするのは、1人の人間として、漢として見逃せぬ・・・・!」
ゴゴゴゴゴゴゴと――――そんな音がどこから聞こえてきそうな勢いで、健はギロリと偶然を見下ろして威圧する。
そして偶然に向かって指を指すと――――、
「必偶 然!この校舎の隣に修練場がある!そこに来い!貴様のその根性――――叩きなおす!」
「――――とんでもない、僕は関係ないというのに・・・・今日はツいてないね」
そう言ってヘラヘラと笑う偶然に――――健は鬼の形相で迫っていた。
◇◇◇
校舎の隣――――その修練場の扉は、基本的に開かれることはない。
なぜなら、その修練場は大した安全装置が設置されていないからだ。
そのため、扉を開けるための鍵は生徒会、そして特定の教師のみが管理している。
――――しかし、そんな修練場もたまに開かれることがある。
その時は大抵――――血の雨が降ると言われているが・・・・。
「必偶――――貴様に問う。何故こんなことをする?」
「何故・・・・?バカ言うなよ、君がこんな風にしたんだろう?僕は関係ない・・・・」
ときたま開かれる修練場――――その修練場は、まるで中世の闘技場のような形をしており、上には椅子が設置され、誰でも見学できるようになっている。
今回も、新入生である偶然が修練場に行ったと聞き、少なからず何人かの生徒が見学をしに来ている。
その生徒だが、大半が今年から新しく入った生徒ばかりで、もともと在学している生徒は少なかった。
何故――――在学生の誰もがその修練場を見ようと思わないのか、何故修練場にも関わらず――――血の雨なんかが降るのか。
「必偶・・・・この修練場はな、修練場なんて名ばかりで、実際は拷問に近いことが行われる。こうやって誰でも見られるようにすることで、見せしめにもなるからだそうだ。しかし、その残酷非道さに、この修練場に近づこうというものが少ないのだ――だから、感謝しているぞ。お前のおかげで、新入生にもこの学園の厳しさを分かってもらえる」
健は、偶然に向かってそう言う。
平然と、坦々と、本当に心の底からそう思っているのかも分からないぐらい冷静に――――、
壁にもたれかかって、血まみれになって倒れている偶然に対して――――。
「いい加減に認めたらどうだ?あの場所で何をしていた」
「僕は関係ない。関係ないから関係ないんだ・・・・やめてくれ!これ以上弱い者いじめはやめろよ!」
血塗れになりながらも、ヘラヘラと笑って立ち上がる偶然に、容赦なく健は拳を入れる。
「ぐぇ!」
変な声を出しながら、偶然は血反吐を吐いて再び壁に叩きつけられる。
「これ以上は立ち上がるな、貴様が恥をかくだけだぞ」
健は上の観客たち――――生徒たちを見てそういう。
上にいる生徒たちは、もう見たくないと言って立ち去る者もいれば、その様子を黙って見ているもの、もっとやれと煽るものもいた。
様々な観客がいるなか――――誰もが偶然を止めようともしないことは、全員一律して同じだった。
「・・・・恥をかく?僕には関係ない・・・・とも、言えなくなってきちゃったなぁ・・・・」
「そうか、では自分の非を認めるか?」
「僕に非はないよ、それに関して・・・・僕は全く持って関係ないんだから、全部偶然にも起きた不慮の事故・・・・僕には関係ない」
「そうか――では、もう少し地獄を楽しむといい」
そう言うと、健は倒れている偶然に向かって、思い切り蹴りを入れる。
蹴りを入れられた偶然の体はもちろんのこと、それを支えている壁までが、もはや耐えられないと悲鳴を上げていた。
「――――お、もうやっているじゃないか」
「そのようですね、それにしてもあの男・・・・案外根を上げているようですよ?」
そんな修練場に、ガチャリと扉が開き、新たに観客が現れる。
白衣を着た少女――――津玖。
そして、風紀委員の禊――――。
二人は、やられている偶然をまるで観察するかのように見下ろしながら会話する。
「いや、まだまだ必偶くんの力は分からないからね・・・・ここから逆転――ってのもあるかもだし、もしかしたらあっさりやられちゃうかもね」
「・・・・まあ、あれでも剥離は強い・・・・並大抵の生徒なら、あそこまで耐えている時点で流石と褒められるべきですよ」
「生徒会副会長、剥離 健・・・・能力は星1だけど、その能力だけで副会長に上り詰めた男だよ?必偶くんに――倒せるかな?」
そうこうしていると、健はもう一度偶然に蹴りを入れる――――再び大きな衝撃が響き、今度は壁だけでなく部屋全体が揺れ始める。
「・・・・つまらんな、所詮この程度なのか?必偶――貴様の能力を見せてみろ、そんなものではないだろう?」
「・・・・バカいうなよ、僕は無能力者だぜ?このバッチなしの腕章が目に入らないのかい?」
そう言うと、偶然はプルプルと震える指で腕章を指さす。
確かにそこには、能力者についているはずの星のバッチが、一つもついていなかった。
「・・・・分かっているぞ必偶、それは貴様の全力ではない・・・・何故だ?何故本気を出さない?本当に死ぬぞ?」
「言ってるだろう?僕はただの無能力者――一般人さ、君のような力を持っているわけじゃあない、ただの一般人さ」
「・・・・必偶、それでいいのか?貴様は・・・・その程度で良かったのか?」
健は悲観的な目を偶然に向ける――――それは、まるで失望にも近いような目だった。
「・・・・まずいな、健くんの悪い癖が出てきた。必偶くんに対して情が湧いてきてしまったようだね」
上からそんな様子を見ながら、津玖は言う。
「まあ――それが彼の弱点でもあり、いいところでもありますから」
「いいところねぇ・・・・ただ、今はその時じゃあないんだ、健くんには頑張ってもらわないと・・・・」
健は、地面に腰を下ろす。
そして、同じ目線となった偶然に、健は静かに語り掛ける。
「・・・・私も、最初は貴様と同じだった。能力を使いたくなくて、この身一つだけで依頼をこなしてきた――――あの方と会うまでは・・・・」
急に攻撃を止めて語り始めた健に、観客は「なんだなんだ」と、ざわめき始めていた。
しかし、健はお構いなしに――――むしろ聞けと言わんばかりに話を続ける。
「あの方の名前は神城 堤、現生徒会長の男だ・・・・堤さんは、能力を使わない私に優しく手を差し伸べた。誰もが能力を使えと言い続けるなか、彼だけが肯定してくれたのだ・・・・私は、自然と涙が出たよ。そして――一生この人に付いて行こうと、そう決めたのだ」
「・・・・あーあ、やっぱり悪い癖だ」
「あの話、何回聞かせるのでしょうね・・・・私の聞いた限りでは5回目ですよ」
「私は10回は超えてるね、そうとう嬉しかったんだろうね・・・・堤くんの話・・・・」
皆が観客席で黙る中、その2人――――津玖と禊は愚痴りながら、その話を聞く。
「そう――――私はあの男に惚れていたのだ・・・・!あの男の容姿に!あの男の声に!あの男の性格に・・・・っ!」
健は興奮のあまり、話している途中で立ち上がって大声で叫ぶようにそう言った。
そして、しばらくの静寂の後――――観客席から、えっ?という声が出る。
「生徒会長って男だよな・・・・で、あの人も男・・・・」
「え?え?どういうこと?そういうこと?そういうことなの?ねぇ?」
「マジか・・・・生徒会長も大変だな・・・・」
そんな声で、疑問と驚きで感情が漏れている観客で溢れる。
健はその反応に気づいたらしく、「そう――!」と続けて――――、
「私は――――ゲイだ!私は男であるが、1人の人間として堤会長のことが好きである!この意思は必ず持ち続け、いずれ会長と結婚するのが私の夢だ!」
完全に――――自分が同性愛者だと、そう言い切った。
しかし、そこには謎の気迫があり、説得力があった。
誰も――――その夢をバカにするものはおらず・・・・それどころか、口を出すものすらいなかった――――。
――――この男、ただ1人を除いて。
「まったくもって気持ちが悪い!」
「!!」
その男――――必偶 然は、ヌルリと・・・・重そうな体を上げると、しかと健の顔をみてそういう。
「気持ちが悪い・・・・?それは私のことを言ったのか?」
「あぁ!気持ち悪い!同性愛者なんて理解できるわけないだろう!男は女を、女は男を好きになるべきなんだ!理解なんてできるわけないだろう!」
「・・・・貴様・・・・!」
「隙あらば自分語り――本当にやめてくれよ!」
「貴様ああああああ!」
怒り狂った健は、思い切り拳を振りかぶり――偶然へと殴りかかる。
「そんな顔しないでよ・・・・怖いだろう?」
しかし、その拳に当たる感触はなく――――そこに居るはずの必偶の姿はそこにはなく、振りかぶった拳はそのまま空を切る。
「偶然にも当たらなかったようだ、いや!危ないなぁ!」
いつの間にか偶然は健の背後に立ち、やれやれと首を横に振る。
「そんなに・・・・そんなに私の思いを踏みにじりたいのか必偶・・・・!」
「踏みにじる?バカなことを言うなよ!僕はただ素直なだけさ!ほら――――自分と価値観の違う人間がいると腹が立つのは当たり前だろう?だから、これは普通の発言さ」
自分の発言を否定され、怒りに染まった顔を見せる健に・・・・偶然は、これは当然の行いだと自己肯定をする。
「それに――――君だって、自分の価値観を否定されてキレているじゃあないか・・・・僕を悪者扱いして、正義面しないでくれ!」
「途中から気づいてはいた・・・・貴様の性根は腐っている・・・・!それも、最悪なまでに腐りきっている・・・・!」
「おいおい、人のことを悪く言うなよ――バチが当たるぜ?」
ヘラヘラと――――偶然は笑い続ける。
自分のことではないかのように、自分には関係ないと言うように、偶然はひたすらニヤニヤと――まるで人を馬鹿にするかのような態度で笑う。