無能力者の男
「じゃあ、次は君だね――――えっと、必偶くんでいいのかな?」
一室の中、名前を呼ばれた偶然は「はい!」とその白衣の少女に返事をする。
「君か・・・・入学早々に問題起こしまくってるって生徒は・・・・恵ちゃんから聞いたよ」
その少女は、椅子に座ったまま体だけを横に向けて顔を合わせる。
今回健康診断をしてくれる・・・・名前は「伊能 津玖」、この学園専門のドクターだ。
しかし、その見た目は幼く、歳をつけるならば小学5年生かそこらだろう――――だが、首にかけられた証明書には45歳と記名されていた。
「そんな!僕には関係のないことばかりです!言いがかりはやめてください!」
「ははっ、君は面白いねぇ・・・・自分が死にかけたのに自分には関係ないなんて」
偶然の話を聞いて、津玖は笑いながら手に持ったバインダー・・・・それに挟まれた紙になにやら書き込みを加えていく。
「すごいですね!確か津玖さんでしったけ!?まるで合法ロリですね!」
「そうだねえ、よく言われるけど・・・・必偶くん、この検査の概要は恵ちゃんから聞いてるね?」
「もちろん聞きましたよ!あと、僕のことは偶然くんって呼んでください!」
いつものように、偶然は笑顔ではきはきと、ある意味抑揚のない声でそう言う。
その元気のよさを軽くかわすように、「おーけー」とだけ津玖は言って――、
「じゃあ――念のため、もう一度だけ説明をするよ?今から行うのは簡単に言えば能力向上、怖く言うなら脳の改造だ。君の脳に電波を送ることで君の長所を最大まで引き上げ、一種の能力として手に入れる――って算段だ」
「そして――」と、津玖は説明を続ける。
「君の長所を伸ばしたら、次にやるのは道具の開発――これはあの機械が君の脳からこれだ!っていう物を自動的に作ってくれるはずさ・・・・例えば、恵ちゃんの裁縫セットのようにね」
そう言った津玖の視線の先には、まるでウォーターサーバーのような形をした機械がいくつか置かれていた。
恵の裁縫セットという単語を聞き、手が机と縫い合させられたことを偶然は思い出す。どれだけ引っ張っても取れない糸に、刺さっても痛くない針――――その二つが、津玖の言う道具なのだろう。
「そして、その二つを手に入れたら君たちには依頼・・・・文字通り、頼みごとをこなしてもらう――時には誰かのために、時には自分のために・・・・そして、その依頼をこなせばこなすほど功績点が手に入る」
「功績点!?初めて聞いた単語だ!それはなんだい?」
「功績点・・・・いわば成績の単位みたいなものだよ、稼げば稼ぐほど研究に協力したことになり、国からの援助金が増えるんだ。功績点は君たちについているその腕章に、星のバッチとして取り付けることができる。依頼を1つこなせば黄色の星、それを5つ集めれば赤色の星になるから、実績なんかも見て分かるようになっているんだ」
「仕組み的には仕事みたいなものだね!なるほど!完全に理解した気がするよ!」
「まぁ、間違ってはないかな?――――じゃ、以上の説明を受けたうえで・・・・能力の発明、するかい?」
「もちろんですよ!より強い力と才能を求めるのが普通だからね!」
偶然は勢いよく立ち上がり、ニカッと笑ってそう言う。
その光景を見て、津玖は「フッ」と笑うと――、
「・・・・それじゃあ、あそこのベッドに寝てくれるかな。あとは機械を動かせば勝手にやってくれるからさ」
そう言って、津玖はすぐ近くのベッドの方向を見る。
「あそこのベッドですね!分かりました!楽しみだな!僕の能力は何だろう!」
津玖の視線にあるベッドにゆっくりと横になると、津玖もそのベッドに近づき、なにやらピッピッと操作し始める。
「えっと・・・・まずは道具の方だね」
津玖のそのセリフの後、ウォーターサーバーのような機械が真っ二つに割れてシューッと白い煙を噴出する。
「次にベッドの方は・・・・」
すると、ウィーンという機械音とともに、まるでカプセルのようにベッドが金属の壁で包まれていく。
「起きる頃には終わってるから、ゆっくりしててね。あと、能力が強ければ強いほど、特殊ならば特殊なほど功績点が貰えるから、できるだけ強いスキルが手に入ることを願うんだね――じゃ、君からいい能力が出ることを願っているよ」
津玖のその言葉を最後に、壁は完全に閉じ切り・・・・目の前は真っ暗となった。
◇◇◇
「はい、お疲れ~」
その声とともに辺りが明るくなり、カプセルが開けられたのだと分かる。
そして、カプセルが開けられたという事は・・・・
「能力の開発が終わったんですね!僕の能力は何だったんですか?!楽しみだなぁ!」
ガバッと起き上がり、偶然は津玖にテンションを上げてそう言う。
「う、うん・・・・そのことなんだけど――――」
そう言った津玖の目線は偶然とは別の方向――――道具を作るための機械の方向だ。
「あの機械・・・・本来は作られた能力に合わせて道具が作られるんだけど――――見ての通り、まったく反応していないんだ・・・・」
――――確かに津玖の言う通り、ウォーターサーバーのようなその機械は、まったく反応を示しておらず、真っ二つに開いたままの状態だった。
「もしかしたら道具が必要なかっただけかもしれないから・・・・一応確認するけど、何か体に異変とかは?」
「いえ!まったくというほどないですよ!むしろ健康そのものだ!」
「そう・・・・それはよかったけど・・・・じゃあ何か力が付いた感じはするかい?」
「いえ!それこそまったくないですよ!」
「うーん・・・・そうかぁ・・・・」
津玖は顎に手を当て、頭を悩ませる。
「こんなことは初めてだなぁ・・・・普通なら能力を手に入れた人は自然とその能力を使いこなせるはずだから、自分にどんな能力が付いたか分かるんだけどなぁ・・・・」
「そんなぁ!じゃあ僕は普通じゃないっていうんですか?!」
「いや――――もしかしたら新しいタイプの能力?特殊ならもしかしたら・・・・」
津玖はさらに頭を悩ませると、ブツブツと独り言を繰り返し呟く。
「おっと、ごめんごめん――――とりあえず、君の能力なんだけど・・・・今のところ、無能力としか言いようがないね」
「無能力!?つまり僕には能力がないってことですか?!」
「いや――――正確にはあるはずなんだ。能力ってのは長所を伸ばしているだけだからね・・・・ただ――――今回は、それすらも出来なかったということだ」
「ま!僕は普通だからね!平均であり一般な僕に長所なんてないよ!」
「うーん・・・・普通だからこその無能力者か・・・・これは少し研究が必要そうだな」
すると、津玖は持っていたバインダーに、やはり何かを書き記していく。
「・・・・よし、とりあえず偶然くん?このままじゃあ君は依頼も受けられなければこの学園にいることすら危うくなってくる」
「そんな!それは困ります!」
「あぁ、そうだろう?だから君のことを研究させてくれ、毎日午後4時、必ずここに来てくれ何が何でも能力を発現させるよ!」
「はい!お願いします!」
そう言って手を差しだす津玖の手を握り、アツい握手を交わして――――、
「・・・・これは、とんでもない大物を見つけてしまったかもねぇ・・・・」
そうボソリと言った津玖の独り言は、たまたま偶然の耳には入らず――――、
その幼い容貌の研究員は、ニヤリと怪しく笑みを浮かべて――――
かなり遅れてしまいました!申し訳ございません!
――――でも僕には関係・・・・いや、ありますね。すいません。はい。