事故紹介
「僕の名前は必偶 然!偶然くんと呼んでおくれよ!どうせこんな自己紹介を覚えてくれる人はいないだろうけど、よろしくね!たった1年間だけお世話になる皆さん!」
タブレットの件により、1人だけ遅れてしまった偶然は自己紹介をする。
教壇の横に立ち、大声で元気よく挨拶をする偶然に、クラスはざわざわと、若干騒がしくなっていた。
「おいおい!そんなにざわつかないでおくれよ!今の君たち、まるでどこかのカ〇ジとかいう漫画のモブキャラみたいだぞ!」
「・・・・必偶様、自己紹介を終えたのでしたら席にご着席を願えませんでしょうか、あそこの空席が必偶様のお席です」
偶然とともに入ってきた恵は、自己紹介の後に余計な言葉を付け加えた偶然に着席を催促する。
向けられた視線の先は窓際、確かに空席が1つだけポツリと設置されていた。
「だから、僕のことは偶然くんと呼んでおくれよ!それに――――そんな無理にクールなキャラを演じなくてもいいですよ!さっきみたいな口調で話してくださいよ!恵さん!」
「・・・・っ!」
偶然は屈託のない笑顔を恵に向け、さっきまでの慌てていた恵を肯定するかのように、本性を見せようよ!とでも言わんばかりに、そう言う。
恵は痛いところを突かれたのか、苦虫を嚙み潰したような顔をすると、コホンと1つ咳ばらいをして、依然と変わらないキリッとした顔つきで「ご着席ください」とだけ言う。
「それにしても窓際の席なんて最高じゃないか!偶然、たまたま良い席を引いたよ!」
偶然は空いた席に近づき、椅子を引く――――すると、
バンッ!
座ろうとしていた椅子に衝撃が走る。
そこには、横の席から来た長い脚が置かれていた。
「おっと悪ぃ、ちっとばかし足が疲れちまったからよぉ、休憩・・・・させてもらってるぜ」
横の席から聞こえる声に反応すると、そこには髪を立たせた金髪の男。
上下ジャージ姿だが、上のジャージはしっかりとジッパーで閉められておらず、その首元にはアクセサリーのようなものを着けているのが分かる。
――――言ってしまえば、ガラの悪そうな男だった。
「大変だ!僕の席が不良によって占領されてしまった!これじゃあ着席できないぞ!」
「・・・・豪打様、必偶様に席をお譲りください」
「あぁ!?」
どうやら豪打というらしいこの男は、2人の言葉を聞くと勢いよく立ち上がり、反抗的な態度を見せる。
「俺はこいつに喧嘩売られたんだよ、それに遅れたやつの席なんて必要ねぇだろ」
「何言ってるんだ君は!遅れたら席は無しなんて理屈が通ってないぞ!それにこの遅刻は僕のせいじゃない!つまり僕は関係ない!」
「・・・・てめぇよ、さっきから調子乗ってんじゃねえぞ!」
「調子なんて乗ってるわけないだろ!怖いな!そんなにイライラするなよ!」
「てっめえ!」
飄々と、淡々と言う偶然に、豪打はイラつきを隠せずに・・・・隠す素振りもなく、詰め寄る。
そんな2人を見て、恵は「やめなさい」と一言、他の生徒はその様子を見てざわめいていた。
「さっきから人のことをモブキャラだの不良だの・・・・いちいちムカつくんだよ・・・・」
「人にムカつくとか言うなよ!失礼だろ!」
「・・・・っこの!」
ついに怒りが限界までに達したのか、豪打は拳を握って偶然に振りかぶる――――が、
「やめなさい、と言っているでしょう」
「「――――!?」」
――――刹那、偶然と豪打の2人が各々の机の上に叩きつけられる。
・・・・まるで、何かに引き寄せられるかのように。
「いってぇ・・・・!」
「これは・・・・糸?」
見ると、2人の両手と机が一本の糸によって縫い合わせられている。
それも一瞬の間に、一切の感覚もなく、まるで布同士を縫い合わせるかの如く、丁寧に指の端から端までが机とくっついていた。
「――――必偶様、豪打様、あなた方2名を一時的に束縛させていただきました。見た目はなかなかグロテスクですが、痛みは感じないかと思います。ひとまず、この説明が終わるまでは大人しくしていただきます」
「――なるほど!まったく動けないぞ!まるで蜘蛛の糸みたいだ!」
「・・・・チッ」
豪打は舌打ちをすると、冷静になったのか、それともどうしようもないと思ったのか、手を縫われたまま大人しく椅子に座る。
「それと――豪打様、学園内では腕章の着用は義務でございます。この説明の後に拘束は解きますので、早急に腕章の着用を願います」
「・・・・わーったよ」
豪打は若干不貞腐れながらだが、理解はしたようで返事をする。
その様子を確認して、恵は眼鏡をクイッと上げてクルッと後ろを振り向き、ツインテールをなびかせる。
そして、黒板の右端にある電源ボタンを押すと――――、
「では、遅くなりましたが私の自己紹介から――――私の名前は大地 恵、あなたたちの教育係として指名されました。この学園では年齢が私より上だという人もいることでしょう。しかし、ここでは私が絶対だということを覚えておいてください」
恵はそう言って、黒板を背にして前を向く。
後ろの黒板には、『大地 恵』と恵の名前とプロフィールが映し出されていた。
「わあ!すごい!そんな機能があるなら言ってくれよ!僕も使いたかったな!・・・・ところで、これ外してくれないかな!?」
電光表示板の黒板に、偶然ははしゃいで・・・・しかし、偶然の両手は手のひらとは反対側に縫われていて、とても椅子に座れるような状況ではなかった。
「!?――――何故こんなことになっているのですか必偶様!」
「おいおい!君がやったことじゃないか!きっとたまたま偶然、運悪くこんな風に縫われてしまったんだろう!まったく!今日はツいていないぞ!」
縫った張本人である恵ですらその光景に驚き、すぐさまポケットから糸切りばさみを取り出して縫われた糸を切ろうとする。
「・・・・チッ、それぐらいで騒いでんじゃねぇよ」
「まだ君は怒っているのかい?カルシウムでもとったらどうだい!僕は最近コーヒー牛乳にハマっていてね――」
「てめぇのことなんてどうでもいいんだよ、これが終わったら・・・・覚えてろよ」
「覚えてられるかな?僕ってば忘れっぽいからさ!こんなに大人数クラスメイトがいたら、君のことを覚えられるか不安だよ!」
「・・・・必偶様、糸は切れましたので大人しくしていてください」
痛みなく糸が抜かれ、手と机の縛り付けがなくなる。
「ありがとう!すごい!穴すら空いてないよ!まるで手品みたいだ!」
そう言って目を輝かせる偶然を見て、豪打は「チッ」とまた舌打ちをする。
「・・・・では、続けさせていただきたいと思います」
恵はそろそろ疲れて来たのか、「ふぅ」とため息をひとつ吐いてまた説明を始める。
「では・・・・皆様が気になっている『本題』の方へ移りたいと思います」
――――ざわっ、と恵のその言葉に皆が反応して興味を示す。
元々情報が少なく、この学園では何が行われているのか――そんなことすら分からないために、それを知るためだけにこの学園に入学した者は少なくない。
なので、生徒たちは期待と興奮で目を輝かせ、恵の次の言葉を絶対に聞き逃さないように全神経を研ぎ澄ましていた。
◇◇◇
「――――単刀直入に言ってしまいましょう。この学園では『最強』の人間を研究、開発しているのです。あなたたちはそのための被検体であり、研究員でもあるのです。ちなみに――――拒否権は、一切ございませんのでご了承ください」
その言葉に、さらに生徒たちはざわつき始める。
そんな中、1人の生徒が手を上げ、恵に質問を投げかけた。
「最強って・・・・研究ってなんですか?それに、拒否権はないって・・・・」
「――――とある昔、偉大な人がこう言ったそうです「『最強』とは何か」と・・・・小学生の時、はたまた最近・・・・一度でも思ったことはありますよね、強いってなんだろう――と、実にくだらない話です。しかし、国はそんな疑問をずっと追いかけているんです。そんなくだらない、子供でも真剣に考えるか分からない疑問を・・・・この学園は、その強さを探し求める施設なのです」
――――一瞬の静寂。しかし、次の瞬間に生徒たちのざわつきは増していた。「わけがわからない」と――――、
「・・・・分からなくても時期に分かるようになります。そう遠くないうちに――――そして、拒否権がない理由でしたね」
恵はどこか含みのある言葉でそう言うと、次の質問に答えようとする。
「拒否権はない――――私たちが所持している腕章・・・・この腕章は特殊なもので、たとえレプリカでも作ることは不可能です。そのため、とても貴重なものとして扱われており、売れば富豪・・・・なんて噂も出回っていますが――そこで、こんな疑問を持ちませんか?――何故そんなものが今まで出回っていなかったのか、何故どこにも売られていないのか、ネットマーケットに闇市場・・・・ありとあらゆる場所を探しても売られていない。今まで売った者がいなかったから、と言ってしまえばそれまでですが、その答えを今日・・・・お見せいたしましょう」
そういうと、恵はどこからかリモコンを取り出して電光表示板を操作し始める。
――――映し出されたのは、どこか暗い空間。よく見れば、なにやら動いているのが分かる。
「・・・・これは――――人!?」
誰かのその言葉に、クラスはさらに騒然としていく。「なんなんだ」、「どういうことだ」、「何をさせられるんだ」、そう口々に皆が騒ぐ。恐怖でクラスが染まっていく。
――――それは、人が壁に手枷で固定されている姿だった。
「・・・・この方は、今日この学園に入学するはずだった生徒です。この方は平凡な家庭で育ってきましたが、見事この学校に受かったのです。――しかし、彼はただの興味本位でネットにこの腕章を出品・・・・そのまま、この学校に拉致される形でこの学校に来ました」
恵は再びリモコンを表示板に向けて、次は電源を落とす。
「・・・・ちなみに、これは出品してからものの数秒しか経っていません。当然、出品は現在取り消されています。一般人は出品されたことにも気づいていないでしょう」
「さて――――」と、恵は生徒の方向を向いて――――、
「ここまで脅すような形になりましたが、ご安心ください。この生徒も命を取られるわけではありません。ただ――――この生徒が合格したことを知っている人は一人残らずその記憶を失うことになりますがね。しかし、彼はなにも思い出せないまま来年も入学しようと努力することでしょう」
その言葉に、「命はとらない」という言葉に生徒たちは徐々に落ち着きを取り戻していく。
「・・・・この学園は、正式な手続きを終えれば自主退学することもできますが――今のでこの学園から出たいと思った方も、出ようと思えば出られますよ。ただ、この生徒と同じ処置を行うこととなりますが――――それでもよければ、今からでも退学手続きをしましょう」
恵のその取引に、応じようとする生徒は誰一人おらず、皆が静かにその話を聞いていた。
その様子を見て、恵は「では、他に質問のある生徒は」と問いかける。だが、誰一人として手を上げる者はいなかった。
しかし、皆の頭の中は疑問だらけで埋まっていたことに違いなかった。
恵は質問のある生徒がいないことを確かに確認すると――――、
「・・・・では、こんな状況ですが・・・・早速皆様には健康診断――に、近いものを受けていただきます。内容は――――」
そう言って、次のスケジュールのために説明を始めた。