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「ツイてない・・・・」
「なんだ、まだ拗ねてるのか?どんなに拗ねたって、ここからパラ島まではもう少し時間が掛かる。今日はここで寝泊まりだよ」
「おかしいな、僕は確かにツイていたはずなんだ・・・・まったく!船酔いに依頼だって?!勘弁してほしいものだよ!この恨みはどこかその辺にいるまったく関係のない誰かにぶつけるとしよう!」
「何を言ってるんだか・・・・」
呆れたように言う漁師は、おもむろにカバンの中を漁り始めると、「ほれっ」と言って缶を偶然に投げつける。
「食えよ、海の上じゃあそれくらいのものしかねぇが、上手いぞ」
「なんて心優しいんだ!こんな見ず知らずのやつにただ飯をくれるなんて!感動で涙が出ちまうぜ!」
「・・・・・・」
気づけば、もう日も沈み始め――――あたりは真っ暗になっていた。
漁師は缶切りを偶然に手渡すと、隣に座りこんで「はぁ・・・・」とため息を吐く。
「俺はよお・・・・実は獅子神学園の生徒だったんだ・・・・いや、だったじゃねぇな。今もか――――」
「ん?なんの話だい?あぁ!あれか!漫画やラノベとかでよくある、急に登場人物が語り始めるやつだね!いいよ!続けてくれ!」
「はは・・・・」
漁師は乾いた笑いをこぼすと、真上を見上げ、再び話始める。
光のない海の夜は、綺麗に星が瞬いていた。
「・・・・俺は、こんなところで好きで漁師をやっているわけじゃない。依頼をしているんだ。無期限のな・・・・」
漁師は悲し気に話す――――偶然は、気にせず缶詰の中の肉を食べていた。
「俺の依頼は、ただひたすらにここで船を出すこと。そうすれば、学園は老後も金を出すといってくれた。ただ――――そんな簡単な依頼を出されたのは、結局のところ、俺が無能だったからだ」
漁師は話す――――なんと、缶詰の中の肉はクジラの肉だった。
「依頼もロクに成功できず、能力も大して珍しいものでもなく――――努力する才能もない俺は、ただひたすらに日々をすりつぶしていた。一丁前に、劣等感だけは持ちながらな」
クジラの肉は牛肉と非常に似ている。昔はこれで事件もあったものだ。
「その時だ、急に学園から――――いや、急ではなかったんだろう。ただ俺が知ろうともしなかっただけだ。無期限の依頼を出された。『獅子神学園の名のもとに、ここで能力者の手助けをしろ』そう書かれた紙を手渡され、絶望したね。俺はついにここまで来てしまったのかって・・・・」
偶然はクジラの肉を食い終わり、「ふぅー」と息を吐くと、どこからかエナジードリンクを取り出し、一気飲みし始めた。
「お前も気を付けろよ、俺みたいになるな。俺みたいに、死んだように生きるな――――」
「僕には関係ない!」
「!!」
今まで黙っていた偶然は、唐突にそう漁師に告げる。
漁師と偶然は顔を見合わせ――――漁師は驚いた顔を、偶然は笑って目を合わせた。
「自分がミスをしておいて、それを悟ったように言うなよ!僕には関係ない!君のことなんて微塵も、一つも、一度たりとも関係ない――――だって、君は僕じゃないんだから」
偶然は空になった缶詰を海に放り投げると、体を伸ばして立ち上がる。
「僕の名は必偶 然、偶然くんと呼んでくれ――――そして、僕は君じゃない。僕は僕だ――――自分と他人を勝手に比べて、一緒だと決めつけるなんて最低だぜ!それに、不幸な人間だなんて――――普通過ぎて、とてもいいことじゃあないか!」
じゃ、僕は寝るから――――そう言って、偶然は横になり始める。
しばらくすると寝息が聞こえ、本当に寝たのだと分かる。
「普通過ぎてとてもいい――――か・・・・」
漁師は再び空を見上げ、ため息を吐く――――吐こうとして、止める。
「悟ったように、皮肉ったように、哲学のように・・・・気持ちの悪いことを言うやつだ」
漁師は自分の持った缶詰を見つめ、キリキリと缶詰を開けると――――、
「俺も、あれぐらい自由に生きればよかったのか――――」
漁師はニッと笑うと、開けた缶詰の中身を貪り始める。
まるで犬になったかのように、道具なんて使わず、手でがっつき始める。
――――その背後、海の中からゴボゴボと・・・・海の底から湧き出た泡の音にも気づかず・・・・。