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面白おかしく生きたいと思った経緯 その3

 面白おかしく生きていたい。


 俺の頭の大半を占める思考だ。

 もはや、病的で衝動的なまでに頭の中で流れている、その考えは止まっちゃくれない。


 別に仕事をしたくない訳ではない。

 でも、きつい仕事はしたくない。

 サボりたい訳でもない。

 でも、締め切りに追われたくない。


 ただ、テキトーに適度にちょうど良い塩梅の仕事をしながら、面白おかしく生きたい。


 暇さえあれば常々、面白おかしく生きていく方法はないものかと、面白おかしく生きていくにはどうすれば良いのかと。

 そもそも面白おかしいとはどういうことなのかと、あまり容量の大きくない頭の中で考えている。


 だが、現実ってのはうまくはいかないもので、ままならないもので。


「おい、尾田ァ! テメェ何回同じことやれば気が済むんだぁ?!」


「……」


 さほど広くはない職場のオフィスで、けたたましいように聞こえる怒号が響く。

 小心者でビビりな相手からの目線を避けながら、俺はただ黙ってその騒音を受け入れる。

 反論したって、さらに二倍や三倍となって返ってくるだけだからだ。


 こっちだって好きで同じようなミスをしている訳ではない。

 しかし、上司からの恫喝のような注意は、それだけ部下にプレッシャーを与えるということを、彼にはぜひ少しでも理解してもらいたい。

 と言い訳染みた考えを浮かべながら、それでも思うことは。


 ああ、面白おかしく生きていきたいなぁ。


 今日も今日とて計四回のありがたーいお話しを賜り、業界用語で言うならテッペンを回るまで無報酬の奉仕を行ない、電車で五分の距離を下手すりゃ一時間以上かけて歩いて自宅に帰っていく。


 終電に間に合わなかったのは、今週はこれで三回目だ。

 今日はまだ木曜日なのになぁ。


 いつも通りの日常。

 自宅と職場を往復する日々。

 極々たまーにある休みには、疲れ果てた身体を横たわせるだけ。


 自宅まで中程の距離にあるコンビニがようやく見えてきて、ふと考える。


 生きる意味とは何か。

 そもそも生きる意味はあるのか。

 俺にとっての生きる意味とは、面白おかしく生きることなのか。

 なら、それが達成されていない原状では俺に生きる意味がないも同然ではないだろうか。


 であれば、俺が生きているのはなぜなんだか。

 俺が死を選ばないのはどうしてなんだろうな。


 俺が珍しく、面白おかしく生きる方法について以外で、益体もないことに頭を回転させていると、数少ない自慢である視力二以上の自分の目ん玉に、コンビニの前でたむろしている若い兄ちゃんと姉ちゃんが映った。

 そのキャピキャピしている様子を見て、ああ彼らはそんな小難しいことを考えてはいないのだろうな、と思った。

 

 俺にもあんな時があったのだろうか。

 少なくとも子どもの頃は、今よりマシな程度には人生を楽しんでいたような気がする。

 学校が終わったら、宿題を早く済ませとっとと遊びに行くことしか考えていなかった。

 あの時、確かに俺は面白おかしく生きていたのだろう。

 なぜなら、面白おかしく生きる方法なんて考えたこともなかったからだ。


 随分と昔のことを思い出した。

 それと、何だか今日は変な日だな。

 いくら俺の目が良くても、こんなにゆっくり向かってくる雷を間近で見たことなん……て……ない……ぞ……。



 あ。



――――――――――――――――


「無いだろうね」


 そんな少年のような少女のような貫禄や威光を感じさせるような声を耳にし、俺は目を開けた。


 辺りは先程まで俺がいた景色とは真逆で、驚くほど明るく照らされている。

 いや、そう見えるだけでまっっっ白なだけか。

 

 あれ?

 何でこんなところにいるんだっけ俺。

 俺は何をしていたんだ?

 いや、俺はどうなったんだ?


「死んだよ。いや、しかし酷いよね。ボク様を無視するなんて」


 何だこいつは。

 俺の心を読みやがったぞ。

 自分のことをボク様だとか頭イってるだろ、一体なにもんだよ。


「キミキミ。ボク様、心なんて読んでないから。アホ面浮かべて全部口に出しているだけだから、キミが。ま、ちょっと力を出せば、矮小な人間の心を読むなんて造作もないことだけれどね」


 何だこいつ、人間に対しての口が悪いぞ。

 ボク様なんてアホみたいな一人称を使うくせに、やたら偉そうだ。


「いやー、キミ。いくらここが、本音が出やすい゛魂の審判部屋゛だからといって、ズバズバ言うよね。ボク様、けっこう偉くて何か色々オーラ的なものも出てて、並の魂が不用意に触れたら短時間で簡単に消し飛ぶはずなんだけど」


 待て、聞きづてならないことを二つ聞いたぞ。


「ほう。言ってごらん」


 まず、ここが魂の審判部屋だなんていう、あまりセンスがない名前の場所だっていうことだ。

 と言うか、魂っつーことは、俺はお亡くなりになったのか?


「……名前なんてどうでも良いんだよ、分かりさえすればさ。これだから人間は、全く。そこまで頭が良くないくせに、どうでも良いことを気にしすぎなんだよね。あとは、キミの質問についてだけど、答えはイエスだよ。とてもえらーいボク様が、キミの質問に答えてあげたんだ。咽び泣いて有り難がれ」


 偉い人は自分で偉いなんて言わないぞ。

 周りが偉いって言ったり思ったりするから、自然と相対的に偉くなるだけだ。


「……良いから、2つ目の気になることを言いなよ。ま、どーせ……『あんたって、本当に偉いのか? 嘘だろ、見栄張ってるだけだろ。この虚栄癖!』……消し飛ぶ、ってボク様の言葉に被せないでほしいな。あと、そっちかよ」


 で、どうなんだ?


「……ボク様はこの゛魂の審判部屋゛の管理人なんだ。すごいだろ。中々なれる役職じゃないんだぜ」


 へー。

 ところで俺って、本当に死んだのか?


「へー、で流さないでほしい。まあ、いいけど。ボク様、そんなことで怒るほど器が狭くないし。で、さっきも答えた通りキミは死んだよ」


 まさかとは思うが、雷が目の前に迫って来たところで俺の記憶が途切れているが。


「そのまさか、だよ。おめでとう。キミは雷に撃たれて死んだんだ。何百万に一の確率だよ。やったね」


 わーい。


 俺はこれからどうなるんだ?


「こんなに心が籠っていない゛わーい゛は久しく聞いていなかったよ。ただ者じゃないよね」


 良いから早く俺の質問に答えろボク様。


「……どうなると思う?」


 ありきたりなことを言うなら天国か地獄に行く、ってところか。


「まあ、それも1つの正解だよ。ほら見てごらん」


 真っ暗闇だな。


「あれが天国」


 逆じゃね?


「ほら見てごらん」


 眩いな。


「あれが地獄」


 逆じゃね?


「いやいや、逆じゃないよ? 少なくとも、キミにとってはね」


 俺にとっては?


「そ。面白おかしく生きたいキミにとっては、なーんにもやることもなく詰まらない天国は地獄だろうし、刺激と危険ついでに重労働がある地獄は天国だろう」


 いや、それどっちも地獄だぞ極端すぎる。


「なんだいキミは。ワガママだね。なら、しょうがない。天国でもない地獄でもない第三の道を、このボク様が特別に提示してあげようじゃないか」


 どうせ、それが狙いだったんだろ?

 実質一択だし。


「やっぱりバレた? でもどーする? 第四の道として、どれにも行かずにボク様の力を使って、魂ごと跡形もなく消し飛ぶっていうのもあるけど」


 脅しか。


「いやいや、そんなことはないよ。でも、消し飛ぶのも良いんじゃない? 生きる意味があるのかなんて、しょーもないことを考えていたキミにとってはさ」


 ……そう言えば、無い、とかさっき言ってたな。

 そのことか。


「おお。キミ、頭の回転が早いんだね。色々なしがらみやら何やらから解き放たれたからかな?」


 さあな。

 それが俺の魂なんだろう。


「違いないね」


 んで、ボク様は人間には生きる意味が無いと仰るのか?


「無いだろうね。そもそも、ちっぽけでしょーもない存在の人間が生きることに、意味なんて必要かい?」


 どうなんだろうな。

 ちっぽけな人間には分からんよ。


「まあまあ、拗ねないでよ。うーん、そうだね。ボク様の言葉に語弊があった。一部の人間については、意味があるんじゃない?」


 一部の人間?


「そうそう。キミの世界で分かりやすく言うと、そうだなー。例えば、発明王。例えば、マザー」


 すごい、っつーか有名人ってことか?


「うーん、まあ、その理解で間違いはないよ。要は他の人の役に立ったり、導いたりなんていう人かな。言い換えると偉人だね」


 偉人だと生きる意味はあるのか?


「そうだよ。ただしそれは自分にとって、という意味ではないよ」


 他人にとって、って言うことか?


「そういうことだね。世の中を大きく動かす人物については、それ相応にして生きるべき意味があるってもんだよ。その度合が極端にものすごーく高まれば、それが巡り廻って自分にとっての生きる意味になる可能性もなくはないけどね。もしかしたら彼らの中にも、それを見つけた人物がいるかもしれないね。ま、キミが雷に撃たれる確率よりもっと低いだろうけど」


 説法か、何かか?


「いやいや、そうじゃあないよ。それがボク様たちの総意さ」


 ……。


「こう言っちゃあ、なんだけどね。人間なんて自分たちが食べるために飼っている家畜のように盛り狂って、雑草か何かのように無駄に増え続けて、自分たちのために殺し壊して。そんな自己中心的で身勝手な存在に、生きる意味があるのかい? いや、そもそも存在に意味があるのかい? そんなことを考えるなんて全く、人間はなんておこがましいのかな」


 ……ボク様は神様みたいな存在なのか?


「うーん、そうだね。管理者、って言う方が近いのかな?」


 ……どちらにしても俺たちおこがましい人間にとって、途方もない存在ってことだろう?


「そうだね。それでいいと思うよ」


 管理者なら俺がどうすれば良いか教えてくれよボク様。


「出た。まだ少ししか接してないけど、それ多分キミの悪い癖だよ。頭は悪くないくせに考えることを放棄し、他の人にその責任を負わせようとするなんて。あまつさえ、辛いことがあると生きる意味があるのかなんて嘆いて、すぐに自分を正当化しようとしてさ」


 ぐうの音も出ないな。

 ぐう。

 耳が痛いぞ。


「出てるじゃないか、ぐうの音が。それでどうする?」


 ……とりあえず第三の道について詳しく教えてくれよ。


「ほい来た。そうこなっくちゃね」


 うわ、嫌な笑顔だなあ、おい。


「失礼な。こんなダンディーなボク様の笑顔を掴まえて、かわいらしい笑顔とは」


 そんなこと全く言ってないぞ。

 そんな聞き間違いをする耳の構造を調べさせてくれ。


「冗談だよ。じゃあ、第三の道を説明するよ。ちなみに、この説明を聞くと後戻りできないけど良いかな良いよね了解」


 俺まだ何も言ってないけど。


「まず、修行してもらいます」


 うわ。

 俺の言葉何も聞いてねえ。


「はいこれで後戻り出来なくなりましたー。ねえ、どんな気持ちだい? 天国へ行く選択肢もあったのに、引き返そうとした自分の後ろの道が、いつの間にか断崖絶壁の崖になっていた気持ちは?」


 崖から飛び降りようと思う。


「ま、そんなことはもちろんさせないけどね、このボク様が」


 ……まあ、何でもいいや。

 それで、期間は? 

 理由は?

 バカ?

 アホ?

 ドチビ?


「質問を装って罵声を浴びせるのはやめてほしい。まあ、質問に答えるよ。まず、期間はキミの世界での時間に直すと、ざっと100年ってところかな」


 天国に行っとけば良かったな。


「もう遅いよ。まあ、大丈夫大丈夫。魂の状態だったら寿命とかないから」


 魂のまま修行するのか?


「うん。その方が効率いいからね」


 そういうものか。


「そういうものだよ。さて、2つ目の質問に答えようか。ズバリ強くなってもらうためだよ」


 まあ、それしかないよな。

 で、強くなった俺に何させるつもりだ?

 

「ボク様が他と共同で担当している世界へ降りてもらう」


 降りる?


「正確には、その世界の人間に魂のまま入り込んでほしい」


 何でまた、そんなけったいなことを。


「彼はものすごく良い能力を持っているんだけど、ここがね」


 ものすごくバカってことか。


「あー、はっきり言ったー。ボク様でも気を使ってジェスチャーだけで済ませたのに」


 無駄な気遣いだな。


「ガーン」


 そんなに心がこもっていないガーンは生まれて初めて聞いたぜ。


「こりゃ一本取られたよ」


 座布団は何枚だ、ってそんな話はどうでも良いんだよ。

 頭が残念なやつに降りるまでは分かったが、その先は?


「自分の目で確かめてみてくれよな」


 お前はどこぞの安い攻略本の末尾か。


「あれ不便だよねー、ってまた脱線しそうだから話を戻すけど、実際のところボク様から言えるのはここまでなんだよね」


 そうか、役に立たないな。


「グサッ。キミ、ほんとにズバズバ言うよね? でもどうする?」


 ……。


「ボク様の言う通り100年間修行して降りる? それとも消し飛ぶ?」


 そう言えば、もうその二択しかないのか。

 酷い二択もあったもんだ。


「まあまあ。でもさ、降りたら出来るかもしれないよ?」


 ……何を?


「面白おかしく生きることが。それに、降りたら見つかるかもしれないよ?」


 ……何が?


「キミの生きる意味が、かな」


 ……はあ、参ったな。

 そんなこと言われたら。


「そんなこと言われたら?」


 飛び降りたくなっちまうよ。


「……崖に?」


 いーや。

 ボク様の言う世界にさ。


「紛らわしい言い方だったよ」


 よし、そうと決まれば修行だな。

 どうすればいいんだ?


「じゃあとりあえず、ボク様の話を最後まで聞……」


 よーし、やるぞー。


「……まあ、いいけどさ」


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