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剣士グラムと時空ダンジョン  作者: 二コラ-VV
スケスケ同居人編
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6.くつろぐ男

評価いただきました。ありがとうございます。

 迷宮都市の東門から出て徒歩で一刻ほど、そこにグラムの家は在った。


 魔物避けとして知られているマキラの木々に囲まれた、別段語るべき所もない普通の木造一戸建てで、敢えて特徴を述べるなら築百年を越えるとは思えぬ外観のキレイさだが、これは不動産屋の弁が本当だとすると建築当時に掛けられた状態維持の魔法が今も機能しているからだそうで、そう意味では凄いと言っていいかも知れない。


 そんな、凄いのか凄くないのかよく分からない家にグラムが入った途端、


〈でーてーいーけー‥‥。この家からでーてーいーけぇぇぇー‥‥〉


 恨みがましい底冷えするような擦れ声が、彼を出迎えた。

 そして半透明の黒っぽいローブ姿の人影が、フッと空中に浮かび現れて、


〈早くでーてーいけぇぇー。ここは私の家だぁぁぁー‥‥〉


「ふぅ‥‥。やはり我が家は落ち着くな」


 グラムは背負っていた大剣を外し特大サイズのベッドに腰掛けると、改めてギルドで渡された明細に目を落とした。


〈きけえぇぇ‥‥。ムシするなぁぁぁ‥‥。でーてーいけぇぇぇーー‥‥〉


「──うーむ、モールバットの魔石は安すぎる。百匹倒して銀貨一枚にもならないとは。今後は無視だな無視。ムシと言えばガルビートルは意外と値段が高いな」


〈いや、だからムシするなってばぁぁー‥‥。こっち見ろぉぉーー。でーてーいーけー‥‥〉


「うむ、今日はビートル狩りに専念するか? それとも思い切って十階層まで潜ってボス部屋に挑戦するのもいいかも知れん」


〈‥‥‥‥でーてー‥‥。──いや、何かもういいや。今日はここまで‥‥〉


 暗い声の主は更に暗くどんよりとした空気を漂わせると、スーっと姿を消した。

 一方、グラムの表情には何の変化も見られない。

 彼は生きている人間──特に若い女性は苦手だが、死んでいるゴーストに関しては何ら感慨を持っていなかった。寧ろ得意と言ってもいい。


 死霊系には真銀製のカンダチが有効なので、あの程度の軟弱ゴーストならば一閃で討伐できるのだが、そうするのには少々躊躇われる理由があった。

 何せ、グラムがこの家を格安で手に入れられたのは、あのゴーストのお陰だからである。



 冒険者になった当初、慣例に倣ってグラムは冒険者専門の安宿を常宿としていたのだが、そこでの生活に彼は終ぞ馴染めなかった。

 根っからのボッチ体質で人嫌いと言ってもいいグラムに対し、大抵の冒険者は誰彼構わず他人とはしゃぐのが大好きでノリが良く、特に酒が入るともう手に負えない。


「ウェーイっ!」「ウェーイっ!」


「「「ウェーーイっっ!!」」」


 毎晩、謎の盛り上がりを見せる宿の広間。

 隠れようにも宿には大部屋しかなく、犇めく酔っ払い達に強引に連れ出されたグラムは新人という事もあって好奇な視線の集中攻撃を受けた。


 井戸端に集まるオバちゃん連中に引けを取らない厚かましさで、根掘り葉掘りと事情を問い詰められる日々が続き、嘗てないプレッシャーに晒された彼は僅か三日で心が折れてしまった。

 師ノーマの課する地獄の特訓に耐え抜き、破れても猶立ち上がり最後には必ず勝利する旨を信条としてきた男は、十九年の人生の中で初めて敗北を自覚した。


 完膚なきまでの、完全なる、完璧な敗北である。


(まさか、自分がこれほどの弱者であったとは‥‥)


 気が付くと彼は不動産屋の前に立っていた。


 そこから更に紆余曲折があって、最終的に業者から紹介されたのがこの家だ。

 話に拠ると、さる高名な時空魔導士が研究の為に建てた庵だそうで、その魔導士は実験中に魔法が暴走して命を落としたと言われている。が、当時この家から死体は見付からなかったとの事で、公式には一応行方不明扱いらしい。


 いずれにせよ百年以上前の話なので、詳しい事はもう誰にも分からない。

 もし真相を知っている者が居るとするなら、それは‥‥。


「──実はここ、幽霊が出るんです‥‥」


 不動産屋のオヤジは自分の方が亡者みたいな顔で、そうグラムに告げた。


(だったら僧侶か神官にでも頼んで、浄化魔法を掛けてもらえば良かろうに)


 そんなグラムの心の声が伝わったのか、オヤジはノロノロと首を横に振り、


「いやね、これまで何度も浄化魔法を試したんですよ。高いお布施を支払って、それこそ何度も何度も‥‥。ですが一向に効き目なし。一体どんな高位の悪霊が取り憑いてるんだか、トホホ‥‥。ホント格安にしときますから、どうかお客様、どうかご購入の検討を。どうか、どうかぁ!」


 よほど扱いに困っていたらしく最後は涙声で土下座され、その場でグラムはこの家の購入を決めた。

 追い詰められていたのは彼も同じだったのだ。

 あの宿には二度と戻りたくなかった。

 父オットーは流石に良心が咎めたのか手切れ金か、出立の際それなりの額の金子を持たせてくれたので、それを頭金として残りを分割とした。

 

 そして、今に至る。


「──さて、そろそろ行くか‥‥」


 一人の時は意外と饒舌な彼は、再び大剣を担いで立ち上がると家の奥に向かった。


 件の時空魔道師の私物らしき本やら魔道具やらが、今もそのまま残っている最奥の部屋。その片隅に膝を突き、床の一部に手を掛けると──パコッと音がして床板の一部が簡単に外れた。

 一メートル四方ほどの暗闇が、その先に口を開けて拡がっている。

 

 未登録の隠しダンジョンの入り口。それがグラムの家の地下に在った‥‥。

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