4.値踏みされる男
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「いらっしゃいませ。迷宮都市アリカの冒険者ギルドへようこそ。本日のご用件は魔物素材の買取でよろしいでしょうか?」
某ファーストフード系の接客を想わせる淀みない声が、人影少ない室内のずらりと並んだカウンターの一角から響き渡った。
声を掛けられた大男は額に玉の汗を幾つも浮かべながら、オズオズと若草色のバッグをカウンターの向こう側にいる年若い女性へ差し渡す。
「はい、承りました。担当者が査定しますのでお掛けになってお待ちください」
にこやかな笑みを浮かべてそう言ったのは、このギルドの自称看板娘であるリタ・ホールトン、十六歳。まだ本採用から一年の新人だが、持ち前の明るさとそこそこの美貌で既に若手冒険者の間ではアイドル化しつつある。
密かにファンクラブも結成済みで自称が外れるのも、それほど先ではないだろう。
そんな彼女は、カウンターから離れていく男の姿を見送りながら立ち上がり、
(私も随分と成長したわ。最初に“あの人”がここに来た時は殺されるかと思って声が震えたけど‥‥)
査定専門の部署へと向かいながら思わずクスリと笑みを洩らす。
リタは先ほどの男と初めて対面した時、本気でチビりそうになっていたのだ。
(あの時は確か──)
まるで親の敵でも見るような血走った眼で凝視され、魔物である黒王熊のような巨大な体躯を小刻み震わせながら男は地の底から響くような太い声色でリタに言った。
「まままままままま‥‥ささささささささ‥‥かかかかかかかか‥‥」
(えぇ?! ま、さ、か、って、いきなり何ぃッ?!)
ソレが“魔物素材の査定と買取を頼む”という意味だと理解したのは小一時間ほど男と対峙した後。互いに精神力をギリギリまで削り合う激しい攻防の末、リタはようやく得心した。
(この男の人、他人と話すのが苦手なだけなんだ!)
なので、そこからはスムーズに対応できた。
「失礼ですが冒険者ギルドに登録はお済みでしょうか? 未登録でも査定と買取はいたしますが手数料分の三割が徴収されますので、もし宜しければ是非当ギルドへの登録をお勧めします」
そうして何とか登録までこぎつけ、ギルドカードの発行に最低限必要な名前を相手に尋ねたのだが、
「グググググ‥‥グレ‥‥グラ‥‥ア‥‥アァムムムム‥‥」
「──えっと、グラム様‥‥で宜しいでしょうか?」
すると男は一瞬だけ絶望的な表情を浮かべたが、すぐに頷いたのでリタは新品のFクラス冒険者カードに“グラム”と刻印してにこやかに彼に手渡した。
それが約一年前の事。
今では、あの怖い顔にもすっかり慣れた。
(ああ見えて、グラムさんって恋人さん居るのかな?)
先ほど査定担当者に渡したバッグを思い出し、リタは想いを馳せる。
あの若草色の空間収納魔法付きバッグは市販のモノではなく、明らかに手作りの品だった。しかも、製作者は恐らくは女性。バッグの裏側の目立たぬ箇所に、小さく一輪の白ユリを模した刺繍がされていた。
(あんな挙動不審の熊みたいなのにも、近付く女の人いるんだ‥‥。まぁ冒険者としての腕は悪くなさそうだけど、物好きだよねぇ)
そんな失礼な事を考えつつも、彼女の心の片隅がほんの少しだけザワめく。
だが、それも束の間。
「おーい、査定終わったぞー」
同僚から声を掛けられ、リタは慌てて立ち上がった。
バッグと査定結果が印字された紙片を手にカウンターへと戻る。
「グラム様、お待たせしました。三番カウンターへお越しください」
果たしてグラムがやって来ると、いつもの営業スマイルで、
「査定結果と金額はこのようになっております。ご確認をお願いいたします」
支払い額を公言するようなミスはしない。以前に別のギルドで、レアモンスターの討伐で多額の懸賞金を得たある冒険者が何者かによって殺されるという痛ましい出来事があったからだ。
犯人はカウンターの近くで耳を欹てていた、こちらも冒険者だった。
グラムは差し出された明細に大して目もくれず、すぐに頷く。
「では、このように。支払いはいつもの通りで宜しいでしょうか?」
彼がまた頷くと、リタは手早く事務処理を済ませた。
この男の場合、支払い金額の九割はギルドが管理している口座へ入金、残り一割を現金で手渡す。これは結構珍しい。
大抵の冒険者は半分ほどを現金で受け取る。そして、そのまま酒場か売春宿に直行するのがほぼ決定で、グラムのように貯蓄に回す堅実なタイプは稀有な存在だった。
(結婚するなら、こういう人の方がいいのかなぁ‥‥)
リタの趣味はあくまでイケメン。
例えるなら、ここアリカで最近名を上げているBクラス冒険者パーティ“赤鱗の盾”のリーダー、冥殺のエドガーのようなチョイ悪系の優男である。
だけど、それは付き合う相手としての話であり、実際に人生の伴侶とするなら顔よりも性格や経済力の方を優先するつもりだった。
ジーーーーー‥‥っと、改めて目の前の男の顔を見詰めてしまうリタ。
その視線に気付いたグラムは今度は滝のように汗を流し始め、震える指先でトレーに乗せられた八枚の銀貨を引っ掴むと慌てて冒険者ギルドを出て行った。
その背中に向けて、
「ありがとうございました。またのお越しを」
(ウフフ‥‥、なんか可愛いかも)
リタは思わず素の笑みを浮かべる。
大方の冒険者が出払った昼前の一番退屈な時間。その日の迷宮都市アリカの冒険者ギルドは平和そのものだった‥‥。