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剣士グラムと時空ダンジョン  作者: 二コラ-VV
スケスケ同居人編
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3.別離の男

ようやく主役が登場‥‥

 蒼白い霧が深く立ち込める、まだ日の昇らぬ早朝。

 そんな中、王都の貴族街の一角にあるグラハム家の屋敷の重厚な裏木戸がギギギと不気味な軋みを上げて開いた。

 現れたのは男が一人。

 黒に近い焦げ茶の短髪にグレーの使い込んだ外套に身を包んだ、およそ貴族の館の関係者とは思えぬ地味で野暮ったい外見。けれど外套越しにも、その下に隠された膂力溢れる肉体は容易に窺い知れた。


 男の名はグレイアム。そう、只のグレイアムである。


 貴族籍を剥奪され、家名を名乗る事さえ許されぬ身となり、放逐された彼は十九年余り過ごしてきた生家を後にしようとしていた。見送る者も従卒する者もいない、独りきりの出立──いや、そうではない。

 グレイアムの腰ほど高さの小さな影が、彼を追うように姿を見せる。


「兄さまッ」


「うむ‥‥」


 振り返ったグレイアムの前に、まだあどけない面差しの一人の少女の姿があった。


 濃霧に霞んでいる所為か、その顔色は白く血が引いているように見え、陽の元であれば美しく輝くであろう金色の御櫛も今は精彩を欠いている。

 それでも猶、十年後が楽しみな美少女っぷりを遺憾なく発揮している彼女の名はリリーシア・グラハム。グレイアムの異母妹である。

 まだ元服前の九歳なので、名前の後には家名だけ。しかし来年十才の誕生日を迎えれば、晴れて社交界デビュー。それと同時に何がしかの卿の身分を与えられ、正式な貴族の一員となる予定だった。

 

 そんな幼い彼女が両手に重そうに抱えた長細い包みを、グレイアムへと差し出す。


「兄さま、これをお持ちになってください」


「うむ‥‥」 


 怪訝な顔で包みを受け取ったグレイアムは、その重さと形状から中身が剣であると即座に看破する。

 果たして包みを開き、柄を握って僅かに刀身を引き抜くと、キラリと青い聖光が煌いて、彼はその清涼な美しさに目を奪われた。


「──真銀の刀身。カンダチ‥‥か」


「はい、かの聖王エルラント三世陛下より我が家に百五年前に下賜された宝刀、カンダチです。宝物庫の奥で埃に塗れ塵に埋まっていたモノを見つけ、拙いながら私が修復魔法にて手入れを施しました」


(そうか。そう言えばリリーシアには魔法の才があったな。しかし、コレは‥‥)

 

 難しい顔で思案を始めたグレイアムに、するとリリーシアは無邪気な笑みを浮かべてこう告げる。


「兄さま、心配は要りませんわ。宝物庫の宝器目録からカンダチの名は削り取っておきました。見ても細工したのが分からないように」


 そう言ってから更に屈託なく続け、


「それにカンダチの存在を覚えているのは、恐らく今の我が家では兄さまだけでしょう。私も知らずに、出家する兄さまに何か役に立つものはないかと宝物庫を隅々まで調べ上げ、偶然発見したのですから。だから安心して、お持ちくださいませ」


 こう妹から自信満々に言われては、グレイアムも断り切れない。包みを外した身の丈の半分を超える長刀を腰のベルトに佩する。

 魔法効果が乗り易く、物理無効のゴースト系にも無類の強さを発揮する真銀製の刀身を収めるのは、本来の黒漆に金箔と螺鈿細工が施された豪奢な鞘ではなく、表面が黒焼きされたホオノキに魔物の皮を張った一般的なモノで、悪目立ちしないようにとのリリーシアの細かい配慮が伺えた。

 

 9才の童女にしては如才なさすぎである。

 この剣の価値に気付いた人間が、もしや邪な考えに捉われるかも知れぬ可能性を、ちゃんと想像できているのだ。


 それと一緒に、彼女は肩に掛けていた若草色のバッグもグレイアムに渡し、


「こっちは恥ずかしながら私の手製のマジックバッグです。あまり空間系の魔法は得意ではないので容量が二十万リターと少な目ですが、兄さまの事を想って作りました。どうか、こちらも」


 僅かに頬を赤らめた少女に対し、グレイアムは鷹揚に頷く。

 二十万リターと言えば凡そ小学校のプールの容量に少し足りない程度の体積。同程度の市販品を買おうと思えば最低白金貨が必要になる。それなりの逸品と言えた。


「──それにしても、お父さまってば酷いです。兄さまが村の女の人を‥‥無理やり‥‥て、手篭めにするだなんて絶対あるわけないのにッ。証拠だってないのに相手の言い分だけを信じて、兄さまを追い出すだなんて」


 それについては、正直グレイアムにも一物ある。


 十日前、屋敷の私室でその件についてオットーとマーカスに問い詰められた時、彼にしては珍しく長文を口にした。


「──そのような卑劣な真似、一切しておりません。この命と我が剣に懸けて誓います。父上には再検をお頼みします」


 ギョッとした目で驚くオットーとマーカス。

 だがこれ以降、弁明らしい弁明をせずに口を閉ざしたグレイアムの状況は悪化の一途を辿る。あれよあれよと言う間に、彼の廃嫡と勘当が決まり、気が付くと今日のこの日を迎えていたのだった。


 寡黙ではあったが決して愚鈍ではない彼には分かっていた。

 全ては父と弟が企てた謀り事なのだと。

 

 もし二人が腹を割ってグレイアムに家督相続の放棄を頼んでいたら、彼は快く受け入れていただろう。

 グレイアムには権力に対する野心や固執はない。寧ろ剣の道一筋に邁進する為には、嫡子の地位は邪魔とさえ思っていた。

 その辺りをキチンと父オットーに伝えていれば、今回の彼の憂き目はなかったかも知れないが‥‥。


(──が、今となってはな。ただ、唯一の気掛かりと言えば‥‥)


 グレイアムは改めて目の前の少女に視線を移す。


 年の離れた異母妹。彼女もグレイアムほどではないが、貴族社会では生き難い性格をしている。

 華やかな場所よりも静謐な図書館の方を好み、日がな一日本を読んで過ごす事を良しとするリリーシアには社交界デビューと共に貴人として多くの義務が課せられる。

 風当たりは相当強くなるであろう。

 果たして、その強風にこのたおやかな少女は耐えられるだろうか‥‥。


「‥‥達者でな、リリーシア」


 その防壁になってやれなかった自分の不甲斐なさを感じながら、彼は剣ダコだらけの硬い掌をリリーシアの頭に乗せ、出来るだけ優しく撫でてやった。

 これが恐らくは今生の別れ。

 今日からグレイアムは彼女の兄ではなくなるのだ。


「あ‥‥」

 

 自分の頭から離れていく温かい掌の感触を名残惜しげに少女が声を洩らす。

 兄とは全く似ていない紺碧の瞳が次第に遠ざかっていくグレーの外套の後ろ姿をいつまでも追い続ける。


「──兄さま‥‥」


 いつまでも‥‥いつまでも‥‥‥‥。

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