35.狼狽する男
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「いや、久し振りに良い汗を掻いたぜ」
「うむ‥‥」
満足そうに二つの筋肉の塊が頷く。
その傍らには、バラバラに砕けた元、丸テーブル。二人の筋肉の暑苦しすぎる圧力に耐え切れずに決着がつく前に壊れてしまったので、勝負は取り合えずドローという事になった。
「──んで、アンタは何者だい?」
エドがグラムに尋ねると、彼はリリーシア謹製の若草色のマジックバッグからアリカの武器屋で手に入れた短剣を取り出し、エドへと渡した。
「──コイツは俺が作ったモノだな‥‥」
「うむ‥‥」
「ソレを持って現れたって事は、俺に剣を打って欲しいんだな?」
「うむ‥‥」
「そうか、バスタードソードか」
筋肉同士で共鳴でもしているのだろうか、エドはグラムが言わんとしている事が分かるらしい。人類はまだ進歩できそうだった。
「以前はどんなヤツを使ってたんだ?」
エドの質問に、グラムは再びマジックバッグに手を突っ込んだ。
取り出したのは、デコボコになって見る陰も無い刀身と、ボッキリ根元から折れて柄だけになってしまった嘗ての相棒の残骸。
「コイツは酷ぇな。一体何と戦ったら、こんなになるんだ?!」
「──ジュエルゴーレム、だ」
「ああ、なるほど。叩きまくったって訳か」
エドの顔に理解の色が浮かぶ。
「けど困ったな。アンタみたいな豪腕豪傑の頼みなら二つ返事で引き受けてやりたいトコだが、肝心の剣の材料が無ぇ」
グラムが工房の奥に山と積まれている鉱石に目を向けると、彼は首を横に振って、
「ありゃ、ダメだ。不純物が多すぎる。剛鉄は鋼鉄以上に堅くしなやかで剣の材料としては打って付けなんだが、精錬するのに異常に手間が掛かるんだ。ココは畳むつもりだったんで弟子には全員ヒマを出しちまったし、せめて剛鉄の地金でもあればな」
「むうぅ、剛鉄の地金、か‥‥」
グラムは腕を組んで考える。
そしてアリカで勧められた別の工房の剣を思い出し、ソレを融かして材料に出来ないかと尋ねてみたが、エドの応えはNOだった。
「──ルズル工房製か‥‥。そう言えば最近新しい技術を取り入れたとか聞いたな。だがアレは剛鉄であって、剛鉄じゃねぇ」
「どういう意味だ?」
「合金、だよ。精錬度合いの低い剛鉄に別の金属を混ぜ込んで、硬さと粘りを与えてるんだ。まぁ、そういう当世風のやり方も、在りと言えば在りなんだろうが‥‥」
エドは、今もピカピカの艶を放っている愛用の金床を見詰めながら、
「──どうにも俺にはソレが“逃げ”に思えちまう。頭が固くて古いのは分かっちゃいるが、どうしても納得できねぇんだ。だから、奴らの剣を材料を使うのは絶対ダメだ」
彼の気持ちは良く分かる。これはグラムも納得できる話だった。
しかし、ならば、どうしたものか‥‥。
「──あのぉ、兄さま。エルマ先生に相談してみては如何でしょうか?」
両腕で柴犬モドキを抱えたリリーシアが、いつの間にか近くに立っていた。
最近、リリーシアはエルマを“先生”と呼んでいる。
彼女から魔法の制御やら魔素の効率的な集め方などを教えて貰っているらしい。その事については何も文句はないし寧ろ感謝しているのだが、どうにも不穏な予感をグラムは禁じ得ない。
それはともかくとして、
「金属の精錬、ですよね。普通なら地属性か火属性魔法の出番だと思いますが、以前にエルマ先生が見せてくれた空間魔法の圧縮技術を応用すれば、意外に上手くいくかも知れません。魔高炉を自宅に設置すれば、大量生産も恐らくは可能かと」
今度は二人がポカンとする番だった。
「おい、この子、ホントにアンタの妹なのか‥‥?」
「む‥‥、うむ」
自信無げにグラムが応える。その反応にリリーシアは怒るかと思いきや、
「うふふ。もし兄妹でなかったとしたら、兄さまと私、結婚できますね!」
──そう嬉しそうに彼女は告げて、グラムは益々タジタジとなるのだった‥‥。