33.散財する男
第三章 魔剣製造編、スタートです。
「──うーむ‥‥‥‥」
余り物事に頓着しない脳筋タイプのグラムにしては、珍しく長々と悩んでいた。
その彼の前には何本もの新品の大剣が、鏡のように曇りなき刀身を煌かせてズラリ並んでいる。
迷宮都市アリカの通称“冒険者通り”と呼ばれている大路の一角、この国では数少ない刀剣専門の武器屋の店内でグラムは既に小一時間ほどそうして唸り続けていた。
あのジュエルゴーレムとの死闘で失ったバスタードソードの代わりを探していたのだ。やはり得物が一振りだけでは、いざという時に心もとない。
「──あんちゃん、まだ決まんないのかい?」
いい加減痺れを切らしたらしい、うんざり顔をした茶パツの若い店員が店に出てきて、一本の大剣を彼に指し示す。
「コレなんかどうだ? ルズル工房、剛鉄製の最新モデルだぜ。ホラ、持ってみな」
「うむ‥‥」
グラムはそのバスタードソードの柄を握り締め、軽く上下に揺らしてみたが、どうにもシックリ来なかった。
武器が悪い訳ではない。寧ろ良い。
多分、以前に使っていたモノよりも質はいいだろう。
(だが、何か物足りん‥‥)
上手くは言えないが、命を預けるには充分ではなかった。
その辺りを店員に説明しようと試みるが、元より口下手のグラムである。またしても「うーむ」と唸ったきり言葉が出て来ない。
「──お客さん、どうしたね?」
そんな状況を見かねたのか、店の奥から黒サングラスにキセルを手にした、やけに雰囲気のある中年女性が現れた。豹柄の上着と鮮やかな紫の髪色が独特で、一度会ったら忘れられないタイプである。
「あ、母ちゃ‥‥じゃなくて社長」
どうやら彼女が店主らしい。
グラムはたどたどしくも、自分が感じた違和感を女店主に何とか伝えると、
「──ふーん、なるほどねぇ。言わんとしてる事は何となく分かったよ」
サングラスの奥で探るような視線を覗かせつつ、彼女はそう言って、ショーケースの中から一振りの剥き身の短剣を取り出しグラムに柄を向けた。
「ソイツを見て、どう思う?」
短剣を手に取り──ジロリと白刃を睨むグラムの双眸が、すると突然クワッと見開かれる。
「──これは‥‥見事」
「ククク‥‥。どうやらアンタにはコイツの価値が分かるみたいだね。ウチのボンクラとは大違いだ」
「そ、そんな母ちゃん‥‥じゃなくて社長、あんまりですよ」
「ふん。ソイツはね、刀匠『エド』の作品さ」
「──エド‥‥?」
グラムが怪訝な顔で聞き返す。
剣にはそれなりに一家言ある彼だったが、その名に聞き覚えはなかった。
「腕は最高だが、寡作の変人だったから知らなくても無理はないよ。二十年ちょっと前までロンバルドで刀を打ってた名人さ。“知る人ぞ知る”ね」
「ロンバルド‥‥」
ロンバルドは、王都から馬で一日ほどの距離にある衛星都市の一つである。
目の前に風光明媚なラオリ湖を望み、近場の景勝地として人気のスポットで貴族や富豪の別荘地としても知られている美しい街だ。
「そのエドなら、アンタが納得できる剣を打てたかも知れないが‥‥」
女主人は言葉を切り、プカーと紫煙を嗜みながら、
「──だが、もう無理さな。故郷に帰っちまった。知っての通り、平和慣れしたこの国じゃ武器関係の商売は難しい。幾ら腕が良くたって、やっていけないからねぇ」
「──故郷とは‥‥?」
「さぁ、多分北の山奥の方じゃないかい。ヤツはドワーフの血統だったから」
「──‥‥‥‥‥‥‥‥」
「探しに行こうとか、バカな事考えるんじゃないよ。分かったら、その辺の適当なので手を打っときな」
グラムは、手にしている刀匠エドの作品である逸品にもう一度目を落とした。
不得手の短剣ではあるが、とても手に馴染む。
「──コイツを売ってくれ」
「白金貨、五枚だよ」
その値段に目を剥く若い店員を尻目に、グラムは事もなげに代金を支払った。
ジュエルゴーレムの魔宝石を売って得た金、白金貨百四十三枚はゲローニが頑として受け取らなかった為に、結局グラムが預かる事になった。
つまり金銭的には、かなり余裕があったのである。
彼は寡黙かつ節制の男であったが、欲しい武器──特に刀剣類に関しては金に糸目を付けぬ性格だった。
「ククク‥‥、まいどあり~」
初めて店に訪れた一見の客を、女店主は愛想よく送り出す。
グラムは店を出て数歩歩いた所で立ち止まり、独りごちる。
「──二十年ちょっと前、か‥‥」
そして自宅に向かって、再び歩き始めたのだった‥‥。
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