1.寡黙な男
ずっと読み専だったのですが、自分でも小説を書いてみる事にしました。
目指せ完結! ではスタートです。
グレイアム・フォン・グラハムは寡黙な男であった。
齢五つにして剣の道を志し、当時、都で若手の俊英として知られていた久遠流剣士ノーラ・アッシュに師事。
以来、ひたすらに剣の技を磨き、日々修行に明け暮れ、その甲斐あって実践派として名高い久遠流免許皆伝を僅か十七才の若さで得る。これは師であるノーラに次ぐ早さの立身であり名誉でもあったのだが、それらが世間の口の端に上る事はなかった。
その理由の一つは彼の性格。
もう一つは彼の外見。
重ねて言うが、グレイアム・フォン・グラハムは寡黙な男であった。
いや、寡黙では生易しい。他人との交流は最低限、返事は大抵首を縦か横に振るかで、声を出す場合も『うむ‥‥』『‥‥そうだな』『分かった』『なるほど‥‥』の四語のみで殆ど済ませてしまう。
ちなみに一つ目の『うむ‥‥』は、納得ではなく疑問。二つ目の『‥‥そうだな』は同意ではなく“いや違うだろ”という否定の意味なのでややこしい。
その辺りは長年彼と付き合ってきた師ノーラや久遠流の同輩は何とか理解していたが、それ以外の人々には家族であっても意思疎通は中々に困難であった。
加えて、身長二メートルを越える巌のような体格と、彼のストイックな性格をそのまま顕したような太い眉に鋭すぎる眼光、荒鷲のような鼻梁、引き締まった唇、割れた大顎とくれば、幼児なら一目見ただけで泣き出すこと請け合い。大の大人でさえも引き攣った笑みを浮かべながら黙って踵を返すであろう。
まこと武人としての天分に恵まれた偉丈夫。剣豪の風格。
けれど、そんなグレイアムの資質は今の世──特に彼の故国においては決して美徳とは言えなかった。
央国ノーグリスタ、その名の通り西大陸の中央部に位置するその国は、別名“芸術と文化の枢要”とも呼ばれている。
ここ百年余り、ノーグリスタは戦争をしていない。対外戦争だけではなく領内貴族同士の目立った地権争いもなく、たまに市町や村落で水争いが起こる程度。実に平和な治世であった。
そして、そんな世であれば当然の事ながら、軍隊の出番はない。
平時の軍隊など只の無駄飯喰らいだと各所から謗りを受け、まずは歩兵中心だった常備軍が七十年ほど前に大幅に縮小された。その一部は都市警邏隊に編入されたが、大概は屯田兵として地方へ異動。王都グレイシアから軍属の多くが姿を消した。
その後も国防の要たる騎士団や近衛騎士にも改革の手が及び、着々と数を減らされた続けた結果、ノーグリスタの総騎士数は遂に往時の三分の一以下となった。
──と、なると何が起こるか。
人材の民間への流出──それは騎士や貴族が保有していた知識の流出とも言える。
一般には殆ど知られていなかった錬金技術や魔法操作の情報、上流階級のみに流通していた嗜好品──文芸や絵画、宝飾品などの品々も一気に市井へと拡がり、その後のグレイシアは西大陸における“芸術と文化”の中心地として栄えていく事になる。
そして今、かの地はその絶頂の最中にあった。
歌舞音曲が身分の階層を越えて浸透し、王宮や有力貴族の私邸で夜な夜な催される華会では、まるで極楽鳥を思わせる美しくも奇抜な衣装に身を包んだ紳士淑女らが互いに華美を競い合い、会話に花を咲かせていく。
そうしながら少しでも相手より優位な位置に立とうと、流行や事物に関して新しく得た知識を弁舌滑らかに吹聴し、自らの価値を周囲に喧伝する。
自然、見目麗しく口の達者な者ほど耳目を集めやすく、そうした人物が王国中央において次第に権勢を増していくのは当然の摂理と言えた。
片や軍属の方はと言えば、ますます肩身が狭くなる一方で、グレイアムの実家であるグラハム家は、そんな冷遇された軍閥貴族の一端だった。
しかも彼は、前述した通りのチョー筋金入りの朴念仁。
華会で妙齢のご婦人方や適齢期の令嬢を相手に、ユーモアを交え諧謔を弄ぶなど出来る筈もなく、そもそも華会に参加する気もない。それはノーグリスタの貴族社会においては“死んでいる”のとほぼ同義である。
と、色々長く書き連ねたが、要するに、
『陰キャのゴリマッチョはイケてない』『時代は陽キャのウェーイ民もしくはバズッター』
なのであった。
いくら剣才に恵まれていようが、イケメンでもない上にコミュ症のグレイアムが今の央国で注目されたり出世する事は絶対にあり得ない。
生まれる時代、もしくは国を間違えたのが彼の不幸だった。
尤も本人は、ソレについて全く気にしていなかったが‥‥‥。
エタらないよう頑張ります。