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剣士グラムと時空ダンジョン  作者: 二コラ-VV
妹、救出編
19/133

17.奴隷商と男

 大手奴隷商、ゲローニ商会。


 『一家に一人、奴隷はいかがですか。安心、安全、信用のゲローニ商会』──そんなふざけた文句が掲げられた金看板が目を引くが、それ以外は到って普通の商家の店構えである。

 別に恐いお兄さんが一斉に出迎える訳でもないし、鎖に繋がれた哀れな奴隷たちが動物商のように店先に陳列されている訳でもない。

 

 グラムは想像していたのとは違うその全うな外観に、妹の待遇面に関してだけ、ほん少しではあるがホッとしていた。


(この中にリリーシアがいる。よし、今行くぞッ)


 軽く自らの頬を張り、気合を入れ直してゲローニ商会の敷居を跨ぐ──と、同時にグラムは胡乱な気配を右側に認め、スッと一歩左に体を逃がした。


「──いらっしゃませ、お客さま」


 そう慇懃に挨拶したのは、白のブラウスの上に黒のベストを着たパンツスーツ姿の女性だった。

 東洋風の浅い顔立ちで切れ長の目が印象的なクールビューティ──だが、その見事な隠遁ぶりといい、身に纏った隙の無さといい、只の店員とは思えぬ。


(シノビ──いや、クノイチだったか。そんな感じだな)


 嘗て、師ノーラから東方の武芸について教えを受けた時に聞いたニンジャの話を思い出し、グラムは彼女に興味を引かれたが今はそんな場合ではない。


(首に紅色のチョーカーという事は、彼女も奴隷か‥‥)


「失礼ですが、この先は武器類の持ち込みはご遠慮いただいております。お手数ですが、あちらのカウンターの方にお預け願います」


「うむ‥‥」


 言われた通りに剣と刀を両方とも預けると、先ほど女性がまた近付いてきて、


「ゲローニ商会へようこそ。接客を担当しております、カエデと申します。宜しければ商品について、説明とご案内させていただきますが」


「──ここに“リリーシア・グラハム”という少女が居ると聞いた。彼女に会わせて欲しい。俺が買い取る」


「そのような名前の奴隷は当店には‥‥」


「いや、いる筈だ。隠していても俺には分かる」


 店内の空気がザワリと変わる。グラムがその二メートルを越える巨躯から、可視化できそうな程に濃密な“殺気”を放ったからだ。

 カエデと名乗った女性は途端に摺り足で半身に身構え、対峙する事、およそ五秒。


「──少々、お待ちください。確認をさせていただきます」


「うむ‥‥、頼む」


 彼女が店の奥へと消えると他の店員達が一斉にソワソワし始めた。きっと凶暴な猛獣が居る檻の中に取り残されたような気分だったに違いない。

 やがて彼女が戻ってくると、ホッと息を吐く気配が周囲から伝わり、このカエデという女性に対する店の者の信頼度がハッキリと見て取れた。

 それだけ彼女が、武芸に秀でた手練れである証拠である。


「店主がご挨拶させていただきたいそうです。こちらにどうぞ」


 彼女の誘導で上り框で履物を脱いで店内へと上がり、板張りの長い廊下を抜けた先にある庭園に連れて行かれた後、


「あちらの離れに店主が居ります。どうぞごゆっくり」


 どうやら案内はここまでらしい。カエデは軽く一礼すると身を引いて姿を消した。


 さて、どうしたもんかと考えるグラム。

 まさか、こんな展開になるとは、全く予想していなかった。


(為るように為るしかないな)

「──失礼する」 


 腹を据えて四畳半ほどの大きさの小さな離れの引き戸を開くと、そこには懐かしくも愛らしい、大事な人の顔があった。


 グラムの胸の鼓動がドクンッと高鳴る。

 えも言われぬ喜びに心が震えて、思わず泣きそうになる。


(本当に生きていてくれた! 良かったッ!!)


 しかしながら彼の訓練された武人の気質は、その本心を即座に覆い隠した。

 表面上は飽くまでも冷静に、穏やかに、


「──リリーシア、待たせたな。迎えに来たぞ」


「‥‥兄さ‥‥ま」


 グラムにとっては一年と八ヶ月振り。

 リリーシアにとっては約八ヶ月振りの兄妹の再会であった。


 そんな二人の感動的な逢瀬に、けれど無粋に割って入るダミ声。


「ゲローニ商会、会長のゲローニ・ヤツカヒロックと申します。お見知りおきを」


「──むぅ‥‥冒険者グラムだ。宜しく頼む」


「グラム‥‥? 冒険者‥‥?」


 ゲローニの隣りで女の子座りをしているリリーシアの顔に、疑問符が浮かんだ。


「今はグラムと名乗っている。グレイアムは捨てた」


「──さて、そのグラム様のご用件ですが、何でも彼女──リリーシア嬢を買い取りたい、とか?」


「そうだ。幾ら払えばいい? すぐに妹を連れて帰りたい」


「兄さま‥‥」


 白馬に乗った騎士に救われた姫のように、リリーシアは兄を憧憬の目で見詰める。

 一方ゲローニは、手にした扇子をパチリと閉じて冷めた視線で一言。


「──お断りいたします」


 二人の男の間に、一瞬で目に見えぬ業火が立ち昇った‥‥。

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