16.再びの王都と男
「そう言えば、エルマは魔導士だと言ってたな。そうか、蘇生魔法か?! そうなんだなッ!? 蘇生魔法が使えるんだなッ!!」
グラムは覆い被さるようにしてエルマに迫る。
蘇生魔法とは高位の僧侶や神官、聖者などが使える特殊魔法で、一度死亡した、あるいはそれに類する状態になった人間を再び生き返らせる事が出来るが、寿命で死んだ者や遺体損傷が激しい場合などは復活出来ない。条件がかなり厳しく、成功率も高くない。
〈ちょ、ちょっと、顔近すぎるってば。悪いけど私は時空魔導士なんで蘇生魔法は扱えないわ。それに、もし扱えたとしてもアンタの妹さんのケースじゃ、多分復活はムリ。遺体がないもの〉
「なら、どうやって?」
〈魔物に襲われる前に助けるのよ、過去に遡って〉
「か、過去に‥‥? そんな事が出来るのか?」
〈神様でもなければ普通なら不可能ね。でも、ホラここ〉
エルマは下を親指で指差す。
〈ここに過去の世界に通じる扉が在るじゃないの〉
そこまでヒントを出されれば、流石にグラムも気付く。
「ダンジョン‥‥いや地下三階か!」
〈そうよ。地下三階にある部屋の扉を開けて外へ出れば、今ならアンタの妹が亡くなる二週間前の世界に行けるの。出られれば、だけど‥‥〉
「? 出られない可能性もあるのか?」
〈ええ、このダンジョンの異常さを考えれば、ね。正直、やってみないと分からないわ。それに仮に外へ出られても、因果律の壁に阻まれて過去の改変は出来ない可能性もある。例え出来ても、何らかの‥‥神さまとかの強制力が働いて、アンタ自体がこの世から消えてしまう、かも。それでも‥‥〉
「ああ、やる。俺はリリーシアを助けるッ」
先ほどまでの半ば自棄な様子はそこになく、グラムはクッと太い眉根を寄せ、表情を引き締めた。
〈ふん、いい顔に戻ったじゃないの〉
「惚れたか?」
〈バ‥‥バッカ! 似合わないセリフ言ってんじゃないわよ、この黒王熊ッ。ホラ、さっさと行くわよ〉
グラムが装備を整えると、二人はエルマの先導で地下三階へと向かう。
「地下一階より下にも行けるんだな、エルマ」
〈まぁ行けるには行けるんだけど、正直気は進まないのよねぇ。この霊体の身体じゃ紙装甲も甚だしいし、幾ら物理は無効でも魔法を使える魔物と遭遇したら、そこでジ・エンドだもん〉
「じえんど?」
〈古代語で“お仕舞い”って意味。さぁ、着いたわよ〉
地下三階──一年前のグラム家の居間。
嘗ては鎧戸が閉められ昼間でも暗かった空間が、エルマの命日で更新されて今は窓から陽も差し込み、人の営みを感じさせる場所へと変わっている。
グラムは外へと通じる“筈”の扉の前に立つと、ドアノブを握り、ゆっくりと回した。
カチャリと小さな音が響き、
「──開く、ぞ」
果たして開いたドアの隙間から外気と光が漏れ出して、見慣れた景色が現れる。
申し訳程度の柵に囲まれた雑草だらけの庭。
魔物避けに植えられたマキラの木々。
地平線の彼方に臨む、アリカを囲む石積みの高い壁の一部──全てが見知っている光景だ。
「ホントに、この先が一年前の世界なのか‥‥」
〈行って確かめてみるしかないわ。私は地縛されてて、この家から出られないから助けて上げられないけど、妹さんを無事救出できるように祈ってる〉
「うむ‥‥。充分だ。行ってくる」
グラムは玄関から外へと、足を一歩踏み出す。
鉄板入りの分厚い靴底が地面に着いても、彼は因果律に消されたりはしなかった。
そのままズンズンと迷宮都市アリカの方へ進んで行く。そこで馬を調達して妹がいる筈の王都を目指すのだ。
残された時間は、そう多くない。急がねば。
次第に駆け足になり小さくなっていくグラムの姿を見送り、エルマが呟く。
〈いってらっしゃい、グラム。がんばって〉
時をかけるグラム、その活躍が今始まる。
それから二日後、馬を使い潰して飛ばしに飛ばし、グラムは一年前の王都に到着した。
三ヶ月にも及ぶ血の大粛清が漸く沈静化しつつあるグレイシアの都、だが刑場から流れてくる風には未だ腐臭が少なからず紛れている。
見せしめとして首を晒された嘗ての貴人、高級官僚、そしてその家族──アンデッド化しないように身体は焼却されて無縁墓地へと葬られたが、首から上だけは粗末な台の上に無数に放置されたままだった。
そんな陰惨な刑場の脇を通り過ぎながら、あの中に妹の首がない事をグラムは心底安堵する。けれど、一歩間違えていれば彼自身もまた、そこに首を晒していたのだ。
貴族位を失い実家から放逐が決まった時、グラムの父オットーと弟マーカスは一枚の羊皮紙の書面にサインするようグラムに求めた。
今後、グラハム家との一切の関係を絶つ旨が書かれた絶縁状で、彼の署名後、直ちに正式な公文書として貴族院事務局へ提出された。
もしも、その絶縁状が提出されていなかったら、グラム──グレイアムもグラハム家に名を連ねる者として間違いなく処刑されていたに違いない。
塞翁が馬──運命とは本当に数奇なモノである。
刑場のある王都北東部から北上すると、そこは商業区の領域だ。
芸術と文化の都として名高いグレイシアだが、それを支える巨大な市場もまた持ち合わせている。食料品店を始めとして、絵画や宝飾品などの高級嗜好品を扱う店もあれば、それを生み出す為の材料を売る店もあるし、魔道具や魔道書を売る店もある。
しかし武器類を売る店はごく僅かな上に表通りにはなく、明らかに周囲から疎外されていた。
(この辺りではない。もっと北か‥‥)
商業区は南側は一般的な商店が軒を連ねているが、北に行けば行くほど怪しげな店が増えていく。グラムが今探しているのは、そんな店の代表格。
そして、遂に目当ての店を見付けたのだった‥‥。