14.希望を見出す男
評価いただきました。ありがとうございます。
〈ちょっとアンタ、いるー?〉
その問い掛けに、ガランとしたグラム邸の居間からは応える声はなかった。
〈──ったく、またダンジョンに篭ってるのね。ホント無茶ばっかりして、いい加減にしないとマジで死んじゃうから〉
エルマは腕組みをして口をへの字に曲げる。
グラムが帰って来て十日、彼は殆どの時間をエルマ・ダンジョンの中で過ごしていた。それこそ寝食を忘れ、何かに取り憑かれたみたいに魔物狩りに猛進し、偶にフラリと戻って来ては今度は大剣の研ぎに精を出す。
一心不乱に刀身を磨き、所々欠けている刃を強引に研ぎ出して、それが終わるとまたダンジョンへと潜っていく──その繰り返しの日々だった。
〈何を聞いても全然話してくれないし、ちっとはこのお姉さんに相談しろッ〉
まぁ確かに二十才のグラムよりはエルマの方が年上だ。ゴーストになってからの期間も合わせれば年の差は‥‥言わずが花である。
〈傷心男子の一人くらい、私が慰めてやるっつーの。何ならスケスケの下着姿でも拝ませてやろうかしら?〉
そう言って、エルマは自分なりに精一杯の悩殺ポーズを鏡の前で決めてみたが、
〈‥‥やっぱムリか。確かにスケスケだけど意味違うし。いや、でも別の方法で慰めるのは? 例えば時空魔法の応用で物を動かす時みたいに、アレをアレすれば‥‥〉
その顔が見る見る赤らんでいき、エルマは突然絶叫した。
〈できるかぁーーッッ!〉
死んでいるのに肩で大きく息を吐き、彼女はグッタリと疲れていた。
〈‥‥もう帰って寝よ〉
──と、その時、テーブルの上に乱雑に置かれていた数枚の紙片に目が留まる。
〈あん‥‥? なになに、“リリーシア・グラハムの消息に関する報告書”?〉
エルマはそのレポートに目を落とし、中身を精査するように読み始める。
そして一枚目を読み切ると、
〈──十才って事は流石に恋人じゃないわよねぇ。あ、でも貴族や金持ちとかだと許婚って可能性もあるのか。ああクソ、重なってて下が見えないじゃないの。‥‥しゃーない、久々にやってみるか〉
彼女は紙の束の少し上に掌をかざして置き、何やらモゴモゴと唱え始める。
すると、掌にうっすらとだが光が纏い、そのまま手を動かすと一番上の紙も一緒にスーッと横へスライドした。
〈おぉ、やったじゃん私! 本来の力は見る影もないけど、紙程度なら余裕だわ〉
思わずガッツポーズをするエルマ。けれど二枚目、三枚目と同じ調子で読み進める内に、その表情が次第に険しくなっていく。
そして全部のレポートを読み終えた後、彼女は腕組みをして何やら思案を始めた。
タップリ熟考する事、一時間余り。遂に結論が出たようだ。
〈‥‥何とか、なるか──ううん、何とかするべきだわ!〉
そう呟いた彼女の瞳には、ゴーストとは思えぬ強い意志が宿っていた。
〈えっと彼女が襲われた日付は‥‥。えぇッ!? 一年後まで二週間しかないじゃん。間に合わなくなるッ。アイツ、何やってんのよ。早く戻ってきなさいよぉッ〉
イライラとした口調で、エルマは地団駄踏み鳴らす。勿論、足音はしないが。
〈あのバカ、大バカ、バカ、バカ、バカ、バカグラムぅッ。早く帰って来い、バカ、バカ、バカぁ、大バカグラムぅッ! このクソバカぁッ!!〉
「‥‥さすがに『クソ』は言いすぎだと思うぞ」
〈うひゃうッ?!〉
突然背後から声を掛けられて、エルマは文字通りの意味で飛び上がった。
〈心臓が停まると思った〉
「ゴーストの癖にそんなに驚くな。第一、心臓なんてもう停まってるだろ」
〈そこはお約束のアンデッド・ジョークってやつで──って、そんなの言ってる場合じゃないわよッ。アンタ、今すぐダンジョンに行きなさい!〉
「いや、今帰ってきたトコなんだが‥‥」
〈リリーシア・グラハムって子、助けたくないの‥‥?〉
その途端、グラムは目を見開き、けれどすぐに顔を横に逸らせて視線を泳がせた。
「──アイツは‥‥妹は、もうこの世にはいない。助けたくても、俺にはもう、どうにも出来ないんだ‥‥」
〈そんな事ない。手はあるわよ。確実ではないけど〉
その言葉を聞き、グラムは顔を正面へと戻す。
「ほんとう‥‥なのか?」
〈ええ、ホントよ。私の話、聞く?〉
彼は頷き、今度こそしっかりとエルマの目を見詰め返したのだった‥‥。