12.王都と男
グラムは走った。
走って、走って、走って、馬を借りるべきだったと途中で気付いて、今更引き返す事も出来ず、更に走って‥‥‥‥遂に倒れ込み、そこを王都へ向かう商人の隊列に拾われて、普通なら五日は掛かる道程を三日で王都まで辿り着いた。
王都グレイシアは、央国ノーグリスタの首都であると同時に西大陸随一の文化、芸術の都として内外に知られている先進都市だった。
他の国では一部の特権階級が独占している技術や学問が民間に解放されていて、一般市民の大半が読み書き計算が出来る。かなりの識字率の高さで、これはこの国だけの誇るべき特徴と言えた。
現王は、租神ゼリスから数えて十五代目と言われているルキウス二世。
花鳥風月を愛し、雅な風流人として知られている人物だったが、今回の大粛清を陣頭に立って指示したのは紛れもなく彼である。
長く続いた泰平の世の裏側で、密かに蔓延り根を伸ばしていた中央の汚職と腐敗の体質とを、ルキウス二世は今回大鉈を振るってバッサリと切断して除けたのだ。
それが一年ほど前。
千人以上が犯罪者として投獄、もしくは奴隷身分に墜とされただけでなく、それを遥かに越える四千人近い貴族と官僚が家族と共に処刑された。
正に“血の大粛清”である。
今もその影響が残っているのか、王都住民の表情はやや暗い。
華やかな筈の文化と芸術の都は、本来の鮮やかな色彩を失っているようだった。
「──世話になった」
グラムは馬車に同乗させてもらった礼を商人に告げると、貴族街を目指した。
勝手知ったる道筋だが、市民街との境界には高い壁が聳えている。その内側に入れるのは貴族と王族以外だと、許可証か紹介状もしくは鑑札を持っている者だけだ。
いずれも持たず、貴族の身分を失ったグラムは入る事が出来ない。
万事窮す、である。
「うむぅぅ‥‥」
不気味に唸ってるところを関所の詰番衛士に見咎められ、敢え無く追い返されるグラム。仕方なく踵を返して歩き始めると、一枚の看板が偶然目に留まった。
微妙にリアルな、微笑む女性が描かれた絵の横にはペンキの太い文字で、
『困った時は冒険者ギルドへ。どんな些細な依頼でも承ります』
「そうか、その手があったか!」
それから十分後、グラムは王都の冒険者ギルドの前に立っていた。
アリカのソレとは違う、四階建ての豪奢な石作り。まるで神殿か何かのように荘厳なその佇まいに、グラムは中に入るのを一瞬躊躇した。
だが、大事な妹の為だと気力を振り絞り、観音開きのドアに迫る。すると自動で扉がスーっと開いて、室内にいた幾人かの目がグラムへ集中した──が、すぐにその視線は彼に興味を失って外される。
外見だけでなく、中身の施設もアリカのギルドとは比較にならない充実振りだと一目で見て取れる一方で、いかにもお役所といった風情の乾いた空気感が周囲に漂っていた。
グラムは案内板の図表に従い、二階の依頼人専門の部署へと向かう。
配布された番号札を受け取り暫く待っていると、彼の番号が呼ばれた。
「──本日はどういったご依頼でしょうか?」
やはりアリカとは違う、真面目を絵に描いたような男性職員がそこに居た。
しかしグラムにとっては、その方が却ってありがたい。さほど緊張せずに用件を伝え終え、依頼内容を確認し、報酬と手数料込みの代金を冒険者ギルドに預けている貯金からカードで支払う。
「ではご依頼の件、確かに承りました。また一週間後にいらして下さい」
職員はそれだけを告げると、次の依頼人の対応に移った。実にドライな態度で正直グラムは少し腹が立ったが、今の彼の頼みの綱は冒険者ギルドだけだ。ここは大人しく情報が集まるのを待つ他ない。
王都にやや高級だが個室の在る静かな宿を求め、そこでまんじりともせぬ落ち着かない日々を過ごし、やがて一週間が経過した。
再び訪れた冒険者ギルドの二階。そこからたらい回しに別の部署を指定され、更に三階へ行くよう告げられ、次はまた二階へ──怒りがグラムの中で爆発しそうになった寸前、彼の前に四人の女性が現れた。
「アンタが依頼人の、えっと‥‥グラムさん? うちらが依頼を受けた“桃色ディンボ”だよ。あたしは早耳のキャロンなんて言われてる、このパーティのリーダーさ。よろしく」
「あ、ああ、よろ‥‥しく」
厳しいグラムの外見にも物怖じせずに自分から握手を求め、ブンブン上下に腕を振っているのは十代に見える小柄でグラマラスな吊り目の少女。
その横には三十代と思しきお局──もといキャリアウーマン風の女史と四十代と想われる主婦らしい格好の中年女性が居て、何と奥にいる最後の一人はどう見ても老女で杖さえ突いていた。
印象が皆バラバラで、とても冒険者の集まりには見えない。
ちなみに“ディンボ”とは巨大な耳を持つ魔物である。
(だ、大丈夫なのか、これは?)──そんなグラムの気配を察したのか、早耳のキャロンがバシバシと彼の腰の辺りを叩きまくり、
「心配すんなって。うちらは荒事はやらないんだ。情報収集が専門なのさ。こう見えて全員“噂集めのプロ”なんだぜ。独自のネットワークを持ってて王都の出来事は勿論、他の街の情報だって調べられない事は何もない──とまでは言わないが、大抵の事ならなんとかなるよ。ま、コイツ次第だけどな」
キャロンはそう言って親指と人差し指を付け、お金の意を示した。
「幸い今回の依頼は金払いがいいんで、すぐに情報が集まったよ。王都でも話題の事件だったから、確度も充分ある。こいつが報告書だよ」
十枚ほどのレポートを彼女はマジックバッグらしき鞄から出して差し出し、グラムはそれを受け取った。
一枚、また一枚と、目を皿のようにして彼は読み進める。けれど、その指先が微かに震えだし、やがて身体まで震えて止まらなくなった時、キャロンは男のゴツイ手を自分の両手で優しく包み込んだ。
そして、言った。
「──アンタの探し人、残念‥‥だったね」
途端にグラムの両目から涙が溢れ出した。
彼の妹のリリーシアは、既に亡くなっていた‥‥。