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剣士グラムと時空ダンジョン  作者: 二コラ-VV
妹、救出編
13/133

11.心配する男

妹、救出編スタートです。

「よう、カール。久し振りだなぁ」


 人影まばらな昼前のアリカの冒険者ギルドに、そんな声が響いた。

 スイングドアを押し開いて入ってきた一人の男が、依頼表が貼られたクエストボード近くにいた黒犬の獣人の冒険者に向かって気安く手を挙げる。

 すると、それに相手も応えて、


「おぅ、マルチェロじゃねぇか。やっと王都から帰ってきやがった」


「ああ、十ヶ月振りだぜ。やっぱアリカはいいなぁ。もう二度と王都なんて行くか。例え幾ら金を積まれてもな。貴族のお守りなんてまっぴら御免だ」


「何だ、向こうで貴族のバカ共になじられでもしたか?」


「ああ、それもあるが‥‥」


「──例の“血の大粛清”か‥‥?」


「まぁ‥‥な」


 二人の顔に急に暗い影を落ちる。

 ギルドの片隅にある談話スペースに場所を移して腰を据えてから、マルチェロと呼ばれた男が重々しく口を開いた。


「ホントに酷いもんだったぜ、ありゃ。この世の地獄ってヤツさ。毎日毎日、誰かの首が飛ぶ。仕事を失うって意味じゃなく、文字通りギロチンで本物の首がな」


「央国貴族の四分の一が処刑されたんだって?」


「ああ、それもこれも全部あのバカ貴族、トライド侯爵の所為だ」


 ──ピクッ。


 二人から五メートルほど離れた三番カウンターで、いつものようにリタ相手に苦戦していたグラムは、覚えのある名前を聞き思わず肩口に振り返った。


「トライド侯爵‥‥」


 その名前は貴族だった頃、何度も耳にした事がある。何せグラムの元実家であるグラハム家とトライド侯爵家は同じ武門の家系である他、派閥も同じであり、実質的には部下と上司の様な関係に当たるのだ。


 そのトライド侯爵家が中央で粛清されたとすると──。


(グラハム家‥‥いや、リリーシアはどうなった?)


「どうかしましたか、グラムさん?」


 カウンターの内側からリタが怪訝な顔で尋ねてきた。


「まさかとは思いますが王都での粛清の話、知らない‥‥とか?」


「知っているのか?」


「あ、はい勿論ですよ。と言っても、概要だけですけど」


 リタはグラムに、約一年前に王都で起こった一連の出来事を話し始める。

 事の起こりは、軍閥最後の大物と呼ばれていたトライド侯爵の軍事機密情報漏洩という大スキャンダルの発覚だった。


 対外戦争において不可欠な範囲攻撃魔法や錬金兵器の情報の幾つかを侯爵が外国の軍隊に流出させ、その見返りに多額の金銭を授受していた事実が明るみになり、そこから芋づる式に大勢の貴族や官僚が逮捕されて処刑された、というのが大方のあらましである。


「ホラ、うちの国の王様って大の戦争嫌いで有名じゃないですか。激オコして身分の上下を問わず、その家族までも捕まえまくったそうですよ。監獄行きならまだいい方で、一家全員纏めて──なんてのも多かったみたいです」


 リタはそう言って首に平手を当てて引き、斬首のジェスチャーをして見せた。

 

「‥‥グラハム家はどうなった? 男爵家の」


「グラハム家‥‥ですか? さぁ‥‥?」


 年頃の女性の多分に洩れずスキャンダル好きの彼女も、そこまでの細かい情報は知らないらしい。首を横に捻る彼女に、すると助け舟が現れた。


「──グラハム家の事なら知ってるぞ」


 声を掛けてきたのは件のマルチェロだった。


「頼む、教えてくれ」


 グイッと詰め寄るグラムの巨体にマルチェロは引き気味になりながらも、知っている情報を彼に語り始める。だが、その最初の一言でグラムの心臓は凍り付いた。


「グラハム家の連中は、宮廷裁判所から死刑を賜って斬首された。当主は無論、新しく嫡子になった若造もな。ソイツは軍の機密漏洩に深く関わっていただけじゃなく、ノーグリスタの宮中の情報まで外国に売ってやがったそうだ。まぁ所謂“売国奴”ってヤツだったのさ」


 グラムの脳裏に、マーカスの端正な面差しが一瞬浮かんで消えた。

 だが肝心の情報がない。


「グラハム家には令嬢が一人いた筈だ。九才‥‥いや十才になる女の子、彼女はどうなったッ?!」


「十才だと既に元服してますね。だとすると‥‥」


 嫌な想像をさせるリタの言葉を、けれどマルチェロが否定する。


「──いや、そう言えば子供が一人だけ斬首を逃れた、と聞いたな。逮捕当時、十才になる直前のギリギリ九才だったんで、特別に減刑されたと巷の噂になってた。ラッキーな子だって。当然、身分は剥奪されて奴隷墜ちになったが、死ぬよりは遥かにマシだろうぜ」


 グラムは思わずホッと息を吐き、マルチェロに深々と頭を下げた。


「おいおい、残念ながら俺の知ってるのはここまでだ。その後、子供がどうなったかまでは知らねぇぞ。だから頭を上げろよ、デカイの」


 肩に乗せられたマルチェロの掌から自分を気遣う心根が伝わってくるようで、グラムは目頭が熱くなるのを感じた。こんな気持ちになるのは、果たして何時以来だろうか。彼が永らく忘れていた感情だった。


 だが事情を知ったからには、こうしては居られない。


「あ、グラムさん、どこへ? まだ査定が終わってませんけど‥‥」


 言い残すリタを置き去りにして、グラムは冒険者ギルドを飛び出していく。向かうは当然、王都グレイシア。そして、妹リリーシアの元。


(待っていてくれ、リリーシア。兄は今すぐ行くぞッ)


 その日、黒王熊だと想われる魔物がアリカの大通りを疾走していったとの情報を受け、慌てて都市警邏隊が出動した。しかし遂に発見には至らず、目撃者の情報もあやふやだった為、この件は無かったものとして処理された。


 けれど、その話は何故か都市伝説として残り、その黒王熊は家族である小熊を助けに行ったのだ、という不可思議な逸話となった。


 以来、アリカでは黒王熊が家族愛の象徴的存在になったとか、ならなかったとか‥‥。 

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