9.鬼と対決する男
微グロ注意。
グラムは、そそり立つ巨大な扉の前に立っていた。
エルマ・ダンジョン十階層。
この先は彼にとっても全く未踏の領域である。アリカのダンジョンと作りが同じなら、この先はボス部屋で十階層の主はオーガの上位種であるキラーオーガである筈。
キラーオーガの成体は四メートル近い体躯を持ち、魔法は使えないもののそれを補って余りある強靭でタフな肉体が自慢の武器で、意外と知恵も回る。
舐めて掛かれば一瞬であの世行き。
冒険者に於ける初級から中級への登竜門、それがこのキラーオーガと言えた。
尤も、パーティを組んで攻めるのが大前提で、グラムみたいにソロで挑むのは本来なら自殺行為なのだが‥‥。
「さてオーガが出るか、それとも別のヤツか‥‥」
果たして扉に付けられた金環を掴み手前に引くと、思った以上に滑らかにボス部屋の門戸が口を開けた。
学校の体育館ほどもあるスペースの中央に屹立するのは、赤銅の肌を持つ巨鬼。
「やはり、キラーオーガッ!」
グラムは銘無しのバスタードソードを両手に握り締めると、今度は探るような足取りで相手に近付いていく。
一方、キラーオーガの方も襲い掛かってくる気配はまだない。ここに来るまで相対してきたノーマルのオーガとは明らかに反応が異なっていた。
互いに距離を測り、間合いを徐々に詰めていく。
先に仕掛けたのは──
「はッ!!」
「グオォォッ!!」
──一瞬だけ早く、グラムが大剣を突き込んだ。
体格が大きく違うのと先ずは足を停める為に、狙うは下半身の右太腿内側。
太い動脈が通る箇所をあわよくば切り付けたかったが、流石にそう上手くはいかない。それでも初太刀で太い大腿筋の幾つかの切断に成功し、目的の半分の足止めは何とか成功した。
「ギイィィィッ!? グルォアァ!!」
痛みに怒り狂ったキラーオーガが反撃に転ずる。グラムの頭を狙ってサッカーボールほども在りそうな拳をブォンと繰り出すが、だが右足の負傷からか的を外し、バランスを崩して片膝を突いた。
キラーオーガの無防備の首筋が、丁度グラムの剣の届く高さに晒された。
チャンス──普通ならばそう思う。
(だが、コイツは誘いだな)
けれど、敢えてその誘いに乗ってバスタードソードをフルスイングする。
斜めに傾いたキラーオーガの右側からほぼ水平に剣を薙ぐ──と見せかけてグラムは更に一歩踏み込み、無理やり大剣の軌道を下へと変えた。
キラーオーガはその一撃を、腕一本犠牲にして受け止めた後、残りの左手で彼を捕まえ致命傷を与える算段だったのだろうが、急に角度が変化した太刀筋に咄嗟に対応できなかった。
首を守って上げられた右肘の下を掻い潜り、無慈悲な斬撃が叩き付けられる。
「オガァッ?! ガッハァ‥‥ッッ!!」
完全に無防備状態だった横腹の骨のない部分にバスタードソードの分厚い刃が深々と食い込んで、キラーオーガの身体は“く”の字に折れ曲がった。
「まだだッ!!」
そこから更に腰を入れ全身のバネを使って剣を押し込むと、半分ほど千切れていたキラーオーガの胴体の残りの部分までも肉が断ち切られ、臓物と夥しい量の体液とがゴボリと切断面から溢れ出し、遂にそのデカイ図体が上半身と下半身に分かたれて床へと崩れ墜ちた──が、ここで終わらないのが魔物の恐ろしい所。
「グ‥‥オォォォッ!!」
勝負は完全に着いてはいるが、最後の共倒れを狙ってキラーオーガの上半身が中身を撒き散らしながら宙を舞った。
「ガアァァァッ!!」
断末魔の叫びを上げるソレを、しかしグラムは冷静に対処する。
素早く身を躱して距離を置き、キラーオーガの半身が無様に着地してゴロゴロと転がっていく様を最後まで見届けた後、
「──はッ!!」
と、気合一閃の兜割りの要領で頭部にある二本の角の間に刀身を沈め、死ぬ寸前であった魔物を完全に沈黙させた。
技と早さではグラムが上。
力と防御はキラーオーガ。
総じて見ると互いの力量に、それほどの差異は無かったのかも知れない。
しかし、終わってみれば戦いは一方的でグラムの圧勝であった。
「うむ‥‥、よい死合であった。安らかに眠れよ」
彼は剣を引いてキラーオーガの亡骸に一礼し、それから解体を始めた。
グズグズしていると遺体は人間だろうが魔物だろうが、やがてはダンジョンに吸収されてしまう。その前に魔石と換金部位を回収しなくては折角の苦労が水の泡になってしまうのだ。
苦心して何とか換金部位である魔石、角、牙、爪などを外し終え、ボス部屋の宝箱も罠を外して中身の回収に成功する。
浅い十階層とは言え流石はボス部屋の主だけあって、キラーオーガの魔石は桁外れに大きかった。これをギルドに売却すれば、最低一ヶ月は何もせずに遊んで暮らしていけるだろう。
勿論、グラムはそんな怠惰な真似はしない。
彼は寡黙と同時に節制の男でもあった‥‥。