抗争ラブDays
たまには、痛い、ものでも読んでデトックスして、痛っくすしてください。
序章
誰にでも秘密はある。
長かったゴールデンウィークも終わり、だんだん温かくなって過ごしやすくなってきた。
眠りを誘うような気温に眠気を抑えながら、ホームルームが終わるのを待っているのは、小野太陽だ。
この私立小栗鼠高校に通っている、二年C組の生徒である。
小野太陽の身長は平均よりやや高いぐらいで、運動神経はいいが、成績も平均点を行ったり来たりしていて身長や成績で目立ったりはしていない。
しかし一つだけ目立つことがある。
それは顔だ。
たまご型の顔に、くりくりした目をしていて、髪も短髪ではなく少し長めにしているせいで、笑うと女子と間違われたりしていた。
できれば、もう少し男らしい人相に生まれてきたかった。
ぼくはそんなことを思っていると、後ろから誰かが背中をシャーペンで突っついてきている。
物思いから現実に戻ってきて後ろを向く。ニタニタ笑いながら声をかけているのは加藤竜二くんだ。
「太陽、太陽、なに、ボーっとしているんだよ」
「なんでもねえよ」
「さては、芽衣ちゃんのこと考えていたな」
「さーね」
加藤くんは勝手な想像をしていた。
同じクラスの樋口芽衣ちゃんは、癖の無い長い黒髪をポニーテールにしていて、細い顎に、奇麗な黒い瞳をしていて日本人形のような雰囲気がある。成績も良く、人当たりもいいので、クラスの男子の憧れの的だ。
だが、みんなの知らないことがある。
そのことを知ったおかげで、僕はゴールデンウィークの前と後では劇的に、変わっていた。
僕はそのことに思いを巡らした。
一章 そして僕は道連れに、
クラスが替わって一カ月程たち、つるむグループも分かれてきたある日、加藤くんたちにカラオケを誘われて、五、六人と歌いに行った。
二、三時間流行りの曲などを歌って日ごろのストレスを発散し終わり、みんなと別れてカラオケ店から自宅に向かって、まだ夜が肌寒く感じる街路樹が植わった道を歩いていると、住宅街に差し掛かったところで、むこうから、ぼくが通っている学校のブレザーを着た女子が走ってきた。
ポニーテールの髪を上下に揺らしながら、後ろを気にして走っている。
その後ろには派手スーツを着崩した、ガラの悪い二、三人の男が怒鳴りながら追いかけてきた。学校の制服を着ている女子は、ぼくを見つけるとさっとその後ろに隠れた。
「え! なーに、隠れてるの?」
「お願い助けて!」
ぼくの後ろに隠れながら追いかけて来ている男を威嚇している。 追ってきた気質じゃ無さそうな人たちが追い付いてきた。ぼくは関わり合いたくないが、このままいても面倒なことになりそうなので、女子の手を握ると急いで逃げることにした。
「こっちだ! 行くよ」
女子の手を握ると勢いよく走り出した。 相手はこの辺の地理に詳しく無いようで、路地を右に、左に、細かくまいていき後ろを見たら怖いお兄さんたちはいなくなった。
少し息が切れ始めてきたころ小さな公園が見えた。見つけた公園は砂場とシーソーとジャングルジムがあって、周りは生垣のように背の高さぐらいの木が植わっていた。
女子の手を引いてその小さな公園に入り、照明の無い繁みに逃げ込んだ。そこでしばらく繁みに隠れていた。しかし怖そうな人たちは追ってこなかった。
「……追ってこないな」
ぼくは繁みで呟いた。
「ふー、やっと諦めたわね」
うちの制服を着た女子は、巻き込んでおいてふてぶてしいことを言っている。
ふたりは茂みから出てきて照明の有る所で制服の汚れをはたいた。同じ学校の女子をあらためて見ると、同じクラスの男子に人気がある樋口芽衣ちゃんだった。
「め、芽衣ちゃんじゃなくて樋口さん?」
「えっ、何で名前知っているの?」
「同じクラスの小野太陽だよ」
「あの女の子みたいに可愛い顔した小野太陽くん?」
ぼくは女の子みたいな、というところでちょっと傷付いたがうなずいた。
「そう、そう」
樋口さんも同じクラスのぼくだとわかったらしく、かわいいえくぼでにっこり笑った。
「助けてくれて、ありがとう。小野太陽くん」
手を握って話しかけられると、手のぬくもりを急に意識して恥ずかしくなりしゃべりがぎこちなくなる。
「ま、まあ、樋口さんも怪我がなくてよかった。ところで、手、手」
落ち着けと、念じても、逆にもっと手の柔らかさなどを感じてしまう。
「あっ、ごめんなさい」
「いえ、こっちこそ」
ふたりとも手を握っているのを意識して、お互い気まずくなって手を離した。
「樋口さんじゃなくて芽衣でいいわよ。わたしも太陽くんって呼ぶね。」
「わかったよ、芽衣ちゃん」
「芽衣ちゃんじゃなくて芽衣。……うーん、まあいいか。さっきのどこから見ていた?」
さっきまで追いかけられていたのに、落ち着いて聞いてきた。
意外と肝がすわっているみたいだ。
「どこって、ガラの悪い人たちに追いかけられているところからだけど、なにか見られるとまずいことがあったの?単にナンパを断ってキレて追いかけられたとかじゃないの?」
「まずいことはないわよ。まあナンパって言えばナンパの一種かな」
なんか理由をはぐらかされてしまった。
「ふーん、芽衣ちゃんってかわいいからね」
「そんなことないよ、でも、さっきの追いかけっこで、太陽くん顔覚えられちゃったかもね」
にこにこしながらとんでもないことを言った。
「ここにいてまた怖いおにいさんたちに会いたくないから、事務所に行きましょう」
「事務所って何?」
ぼくの訴えを芽衣は笑っている。
「だいじょうぶ、わたしの家と、おじいちゃんの仕事場が一緒だからそこで、一息つきましょう」
ぼくは芽衣ちゃんについて行くと、さっきまで歌っていたカラオケ店まで戻って来て、さらに歩いて駅前に行き、電車に乗り一つ隣りの駅に来た。
電車を降りて改札を出ると、芽衣は駅前のロータリー脇の繁華街に入り、消費者金融の看板がいっぱいついている雑居ビルだらけの中に、一つだけそういう看板が無い、きれいなビルがあった。
十階建ての大きなビルだった。
ビルの入口に大理石で樋口建設と彫られている看板がある。このへんでよく聞く地方のゼネコンで近くにあるサッカー場の改修工事や多目的ホールを作ったりしているが、こんな所に本社があるとは知らなかった。
なんかいやな予感がした。この手の予感は意外とよく当たる
「こっちよ」
ロビーの奥にエレベーターが二台あった。エレベーターに乗ると、芽衣ちゃんは最上階の十階のボタンを押した。
「十階って何があるの?」
「組じゃなくて社長室と控え室」
芽衣ちゃんはなにか言いかけたようだったが言い直して笑顔でごまかしている
「おじいさんってここの会社に勤めているの?」
「社長だよ」
「社長! そうなると芽衣ちゃんは社長令嬢か、すごいな」
同じクラスにいたけど芽衣ちゃんが社長令嬢って話は、情報通の加藤くんからも聞いたことが無かった。
そうこうしているとエレベーターが十階の目盛りをさしたところで、ポーンと音がしてその階に降りると、長い廊下を一番奥まで歩き扉を開けて部屋に入った。
その部屋は大きく高そうな瓶や巨大な白熊のはく製などが飾ってあった。
「すごい部屋だな」
そしてそこにはガラの悪い人たちでいっぱいで、芽衣ちゃんが入ってくるとみんな直立不動になり挨拶をした。
「「お嬢、おかえりなさいませ!」」
芽衣ちゃんに対して一斉に挨拶してきて、ぼくが怖いおにいさんと、声の大きさに驚いていると、芽衣は楽しそうに言った。
「太陽くんびっくりした? 心配しないで、ここが事務所だから安心していいわよ」
「お嬢が男の方をお連れになったぞ!」
部屋にいるみんながいっせいにぼくにギラギラした目を向けてきた。
お嬢についた虫を、海に沈めた方がいいか、山に埋めた方がいいか、真剣に相談し始めていた。
「え、だって、さっきの人たちと似たようなガラの悪い人たちがいっぱいいるんだけど、あとほんとにこんな格好した人がいるんだな……」
訳がわからなくなり、見たままを言うとサングラスをかけて髪をパンチパーマにしいる派手な色のスーツに柄シャツを着た、その手の映画に出てきそうな怖そうな人たち中でさらに怖そうな方が怒鳴ってきた。
「このガキ、どういうことだ! んん~」
恫喝された。そこへ、芽衣ちゃんが割って入ってきた。
「文太さんだからガラが悪いって言われるのよ」
「ですがお嬢……」
まだ何か言いたそうだったが芽衣ちゃんが話題を変えた。
「太陽くんは命の恩人なんだからね。文太さんは、恩人にそんな事をするの」
「いえ、しません」
文太さんは直立不動になった。
「太陽くん、一度整理するね。ここは樋口建設って事になっているけど樋口組の事務所なのよ。私のおじいちゃんが今の組長で公には社長ってことで、私は一応この組、樋口建設の跡取りなのね。さっきの人たちは、最近うちのシマを荒らしている小野組の組員なのよ。誘拐されそうになって逃げていたら、太陽くんがいたの。巻き込んでごめんなさい」
太陽は何となくわかっていたが聞くとやっぱりびっくりする。
いやな予感は当たった。
「じゃ、芽衣ちゃんの家って暴力団?」
「そういうことになるわね。学校のみんなには内緒にしておいてね」
芽衣ちゃんはにっこり笑って口止めした。
「言われなくてもそうするよ」
ぼくは首をぶんぶん縦に振った。
「そういうことなので、学校でお嬢の事がばれたら坊っちゃん判っていると思いますが、ただじゃおきませんぜ、いいですね」
文太さんはぼくの制服のネクタイを直しながら、口は笑みを浮かべているけど目がまったく笑っていない。
芽衣ちゃんに言われて文太さんの口調は優しくなったが、逆に恫喝されている時より真剣味が増して怖くなっている。
「やめてよ。文太さん、太陽くんごめんね」
あやまってきて頭を下げると、芽衣ちゃんのポニーテールがピョコンと宙に舞った。
そこへ、ほかの組員が文太に耳打ちした。
「お嬢、親分が、太陽坊ちゃんに会いたいとの事です」
文太さんが告げると芽衣ちゃんがうれしそうにぼくに言った。
「おじいちゃんが会いたいって、太陽くん」
芽衣ちゃんがうれしそうに笑っているとぼくは胸がドキドキしてしまう。
「め、芽衣ちゃんがそう言うんだったら会ってみようかな」
ぼくは芽衣ちゃんのかわいさに思わずとんでもないことを言ってしまった。かなり後悔しながら奥の組長室に向かった。
「親分、連れてきました」
「入れ」
文太さんが扉を開けた。
そこには和服を着て、長い白髪を後ろでまとめた身長はぼくと同じくらいだが、纏っている雰囲気が尋常ではない人物がいた。
「おじいちゃん紹介するわ、同じクラスの太陽くんよ、小野組に追いかけられていた所を助けてくれたの」
芽衣ちゃんが紹介してくれた。
「は、はじめまして、お、小野太陽です」
ぼくは無礼にならないようにお辞儀をした。
「私がこの組を預かっている樋口征四郎だ。孫がお世話になった。こちらこそありがとう」
芽衣ちゃんのおじいさんは、きれいなお辞儀を返してきた。
「こんな稼業をしているもんで芽衣がご学友を連れてくるのは初めてだ。太陽さん学校でも孫と仲よくしてやってください」
芽衣ちゃんのおじいさんからお願いされてしまった。
「もう夜も遅い、おくらせよう」
「おじいちゃん、わたしが駅まで送って行っていい?」
「駅まで芽衣さんに送ってもらっていいですか?」
ぼくは芽衣ちゃんのおじいさんに訊いた。
「わかった、気をつけて行ってきなさい」
組長も許してくれた。
ぼくはほっとした。黒塗りの高級車で送ってもらったらみんながびっくりする。
「じゃ、行きましょう」
芽衣ちゃんはぼくの手を引っ張って連れていこうとする。
「では、失礼します」
引っ張られながら挨拶をして出て行った。
エレベーターに乗り一階まで下りてきて外に出ると、繁華街なのでまだ外は飲み屋やゲームセンターなどの明かりがいろんな色に光っていた。
駅まで一緒に歩いて行くと芽衣ちゃんは改札の前で言った。
「おじいちゃんにもお願いされたんだから、明日から学校でも小野君じゃなくて太陽くんって呼ぶね」
「じゃ、ぼくも学校で芽衣ちゃんって呼ぶよ?」
「いいわよ」
お互いに名前で呼び合う仲になってしまった。
二章 あたらしい学校生活
昨日、芽衣ちゃんと知り合えてうれしくて寝るのが遅くなり、次の日眠たい目をこすりながら校門のところに来ると芽衣ちゃんがいた。
「太陽くん、おそーい。学校、遅刻しちゃうよ」
「待っていてくれたの?」
何が起きたのか分からなくて、不思議そうな顔をしているぼくを芽衣ちゃんは微笑んでいる。
「さあ、行こう太陽くん」
手を引っ張って急かしてきた。
「わ、わかったよ。芽衣ちゃん、だから手を離して」
手を握られるのはうれしかったが、芽衣ちゃんは可愛くて狙っている男子も多い。
校門から下駄箱まで行くだけで、殺気のこもった視線が痛かった。
「私と一緒じゃ嫌? やっぱしうちの実家の仕事あれじゃ、太陽くんも嫌よね」
芽衣ちゃんが目を潤ませている。
「そうじゃないよ。嫌じゃないんだ。だから、その、芽衣ちゃんと一緒にいると学校入ってから一番楽しいよ」
ぼくは芽衣ちゃんと一緒にいるのがうれしいて、動揺してしまっていた。
「そうなんだ、よかった。今までの友達はみんな家の仕事を知ると、みんな避けていっちゃうから、この小栗鼠高校では、あの話しをしたの、太陽くんが初めてなのよ」
芽衣ちゃんと秘密を共有出来ている喜びに浸りながら、下駄箱について靴を脱いでいると、予鈴が鳴った。
「芽衣ちゃん早く行こう」
「うん」
ふたりは廊下を走って教室に向かった。教室が見えてきて、いそいで扉を開けて教室に入ると、みんなが二人を見ていて加藤が叫んだ。
「芽衣ちゃんと太陽が同伴だ!」
ひゅー、ひゅー、とはやし立てる者や、机に突っ伏して甲子園で負けた球児のようになっている者など色々いる。
恥ずかしくなってぼくと芽衣ちゃんは二人ともすぐに自分の机に着いた。すると後ろの席の加藤くんが声をかけてきた。
「儲かった、ありがとう」
日ごろ感謝の言葉をかけたがらない加藤くんの言葉を聞いて、太陽は問いただした。
「どういうことなんだ」
後ろを向いてぼくが聞いた。
「このクラスの有志で募った、男子のだれが芽衣ちゃんと一緒に登校してくるか杯だよ。太陽おまえは大穴だ」
加藤くんはほくほく顔で解説していた。
そうこうしていると、担任の中原先生が入ってきた。数学の教師で背が高くスタイル抜群で美人だが言葉が悪い。
「おら、静かにしろ。上前はねるぞ」
上前はねるぞ、に反応して教室が静かになった。
「ばれてるぞ」
ぼくは後ろを向いてそう指摘した。
「太陽、前向いていろ! あいつはカンがいい、今のはカマをかけてるだけだ」
加藤くんは妙に神経質になっている。
「加藤、うるさいぞ。いくら儲かった?」
担任の中原先生がもう加藤くんに目をつけてきた。
「何の話だか分りません。先生早くショートホームルーム始めてください」
加藤くんはしらを切った。
「まあいい、他のクラスにばれる様なことはするな。わたしが責任を取らされる。その時は自分の生徒でも売るからな」
中原先生がショートホームルームを始めた。
「休んでいるものはいるか」
中原先生はクラス全体を見まわしてに聞いた。
「誰もいませーん」
加藤くんは早くショートホームルームを終わらせて、担任の中原先生を追い払いたいらしく代表して答えた。
「では、終わりにする」
日直が起立、礼をしてショートホームルームが終わった。
ぐだぐだと午前中の授業を過ごして昼休みになった。
昼飯を食べるために購買でパンを買うか、学食で食べるか悩んでいると、芽衣ちゃんが来た。
「太陽くん、屋上で一緒に食べよう」
芽衣ちゃんが弁当を見せた。 ぼくは席を立とうとした。
「あの、太陽くんの分もあるから」
芽衣ちゃんはちょっと赤くなりながら言った。
「ありがとう、じゃあ行こうか」
ぼくが行こうとすると、加藤くんがニタニタしながら手を振っている。
一応、加藤くんなりの応援なのだろう。
だが、他のクラスメートは、まだぼくと芽衣ちゃんが偶然一緒だっただけと思っていたが、昼まで一緒なのを見て「ちっ、」とか、「なぜだー!」とか本人にも聞こえるように言っている。
「クラスのみんなどうしたんだろうね」
芽衣ちゃんは男子の嘆きを気づいてないようだ。
「昼休みが終わっちゃうから早く行こう」
ぼくは芽衣ちゃんを促して早足で教室を後にした。
急に教室を後にしたので、芽衣は不思議そうにしていた。
この小栗鼠高校は他校のように屋上に出ることを禁止していない。
「あそこにしよう」
ぼくが指をさした方に、日当たりがよく手頃なベンチが空いていた。
「うん」
ぼくと芽衣ちゃんはベンチに座った。
「はい、どうぞ」
芽衣は、大小二つの弁当箱を開いた。
二つとも中身は一緒だが卵焼きやミートボールやたこさんウインナーなどよくあるおかずだが、ぼくにはテレビドラマやアニメでしか見たことがない理想の弁当だった。
「これ芽衣ちゃんが作ったの?」
「わたしはいつもお弁当組だからいつもより多く作っただけで、メニューは太陽くんのと一緒なんだよ」
ぼくは感極まってしばらく見つめている。
「早く食べよう」
「あっ、う、うん」
芽衣ちゃんに促されてぼくは現実に帰って来た。
「いただきます」
ぼくはすごい、いきよいで食べ始めた。
「急いで食べなくても、だれも取らないよ」
ポットのお茶をカップに注いでくれた。
「でも、おいしくて、止まんないよ」
ぼくはカップのお茶を飲んで一息ついた。
「うれしいな、こんなにおいしく食べてくれるならまた作ってくるね」
芽衣は空になったカップにお茶を注いでくれた。
「芽衣ちゃんは、お母さんに料理教えてもらったの?」
ぼくは何気なく聞くと、芽衣ちゃんはちょっと俯いて言った。
「わたしの家は、両親がいないの。私の小さい頃に事故で亡くなったの。でも優しかった記憶だけは残っているわ」
芽衣ちゃんはさびしそうに笑った。
「ごめん、へんなこと聞いちゃって……」
それだけ言うと、太陽は何と言っていいか分からず黙ってしまった。
「で、でもね、おじいちゃんもいるし文太さんや他の組の人も優しくていい人たちだから今は寂しくないよ」
芽衣ちゃんはガッツポーズをした。
「太陽くんの家はどんな感じ?」
「家は両親が仕事で忙しいから滅多に会えないよ。芽衣ちゃんのおじいさんとかいつもいてくれる人がいてうらやましいよ」
ぼくは思ったままを言った。
「おたがい、いろいろあるけど、芽衣ちゃんと同じクラスになってよかったよ」
「わたしも、太陽くんと話せてよかった」
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「行こう」
ぼくは立ち上がって手を出した。
芽衣ちゃんはその手を取ると教室に向かった。
教室に着くとすぐに次の授業が始まる鈴が鳴った。
この授業は中原先生の数学なので、クラスにいるあの賭けをした加藤くんを中心とするグループの垣根を超えた有志達は、警戒して静かで余計なことは聞かれなかった。
放課後になった。思い切って芽衣ちゃんを遊びに誘ってみた。
「芽衣ちゃん、今日帰りにボウリング行かない?」
「いいよ、クラスのみんなも誘おうよ」
確かに二人で行くにはボウリングは失敗だったかもしれないそう思いつつぼくはクラスの男子を誘って、芽衣ちゃんはクラスの女子を誘った。
放課後にクラスに残っていた全員が乗ってきた。
「じゃ、映画館の隣のボウリング場を予約してきたのでそこに行こう」
気がついたら、残っていた生徒を加藤くんが仕切っていた。
ボウリング場に着くと、加藤くんがくじでクラスを四レーンに分けて言った。
「では、第一回二年C組有志ボウリング大会を始めます。一番点数の低いレーンは一番点数の高いレーンに飲み物を奢ること、では始め!」
「太陽くんと一緒になったね」
芽衣ちゃん他に鈴木くんと三木くんと佐藤さんと一緒のチームになった。
「芽衣ちゃんは点数どのくらいいくの」
「うーん、初めてだから、よくわからないけどけど何点までいくの」
「すべてのピンを倒して三百点だよ」
「そっかー 全部倒せるといいね」
「それは無理だよ。いままで見たことないし、プロでもめったに出ないらしいから」
「でも芽衣ちゃん、それに近いものは見せられるぜ。太陽、飲み物を奢るために小銭の準備をしておけよ」
向かいのレーンで加藤くんが腕をぶんぶん振りまわしてやる気満々で宣言してきた。
「加藤くん、ボウリングは精神力だぜ」
ぼくはイメージトレーニングでボウリングを投げる真似をした。
「よし! いくぞ、おりゃー」
加藤くんが第一投をした。ものすごいパワーボウリングで一直線に転がって行き、右隅の一本が倒れなかった。
「ちっ、一本残したか、せい!」
残りの一本も倒して、スペア。
「こっちもいくぞ、そーれ、いけ!」
ぼくも第一投を放った。
少し右から美しいフォームで投げきれいなカーブを描いて、左から二本目の一本が残りぼくも次の一投で倒して、スペア。
ぼくと加藤くんも一緒の成績でとりあえず納得していた。
「わたしも投げよう、それ!」
そのあと投げた芽衣のフォームはきれいだが球はごろごろとゆっくり転がって行き。ストライク。
「「なにっ」」
ぼくと加藤くんはお互い見合わせて……これだから初心者は怖いぜ、という顔をしていたがゲームが進んでいくにしたがって恐れていった。
ぼくと加藤くんも二、三回に一度はストライクを取るし、残りは全てスペアだが芽衣ちゃんはあのスローボールでカーブもしていないのに全てストライクだった。
次第にみんな芽衣ちゃんの一投に注目していった。
このままではボウリング場に通いつめてもめったに見られないパーフェクトが見られるとなって自分の番も忘れて応援している。
『芽衣ちゃんパーフェクト見せてー』
女子の黄色い声がボウリング場に響いている。
『芽衣ちゃん僕と付き合ってー』
男子はその場の勢いで告白している。
そして最後の一投が転がって行き、なぎ倒していく。
最後の一本がゆらゆらしていて、倒れた。
その時、二年C組は一つになった。
ボウリング場のオーナーらしき人が来て、記念品を貰いみんなで写真を撮ってボウリング場でパーフェクトを取った人たちの写真を貼る所にみんなで撮った写真が貼られた。
しばらく熱気に包まれていたが夜になってきたので、ボウリング場の前でみんなバラバラに帰って行った。
ぼくは芽衣ちゃんを送るため駅前に向かって雑踏を歩いていた。遅くなるといけないので近道を行くため、脇道に入った。大通りから少し入ったさみしい通りだった。
通りの先で叫び声が上がった。
「おら、この野郎!」
何人かの男が走ってきた。その後を木の棒や鉄パイプを持った男たちが追いかけてきた。
喧嘩をしているようだ。
「芽衣ちゃんの組の人かな?」
ぼくと芽衣ちゃんは見知った顔かどうか確認していた。
「文太さんだわ!」
芽衣ちゃんの声を聞いて文太さんは振り返った。
「お嬢、離れていてください」
文太は鉄パイプを左手で防いで、一歩踏み込み腰の入った右ストレートで相手を殴りこちらに近づかせないようにしていたが、相手にも一人だけ格段に強いのがいるらしくお互い一進一退だった。しばらく互角だったが、他の場所にいた相手の仲間が来たらしく押され始めた。
文太さんが芽衣ちゃんの前にきて周りの組員に活を入れた。
「お嬢が見ていらっしゃるぞ。気合いを入れろ」
「おー!」
気合いを入れたが、倍近い数に削られている。
「若、何をしているんですか?」
相手からそんな声が聞こえた。
「……なにって」
その声にみんなぼくに注目した。
「若ってどういうこと?」
芽衣ちゃんは訳がわからず、「若」という言葉をそのまま聞いた。
「坊っちゃん。どういうことですか?」
文太さんも聞いてきた。
そこへ相手の一番強そうなのが怒鳴ってきた。
「若の太陽さんを捕まえてどうするつもりだ?」
「若? 太陽さん? どういうこと?」
芽衣ちゃんはまだ混乱していてオウム返しをしてしまっている。
「若は若だ。小野組第八代目跡取り小野太陽様だ!」
相手が怒鳴ってきた。
「太陽くん、どうして……」
「なにー! 坊ちゃんほんとですか?」
芽衣ちゃんと文太さんは驚いている。
「鉄也さん、戦うのをやめてください」
ぼくは相手の強くて仕切っている男むかって言った。
「では、こちらに来てください。若が居る所ではありません」
鉄也さんは道を開けるように指示した。
「行かないで」
芽衣ちゃんが泣きそうな顔をして手を引っ張った。
文太さんは怖い顔で見ている。
「……行かないと」
ぼくは苦しそうな顔で芽衣の手を振り払い鉄也さんに言った。
「一緒に行くから、鉄也さんこの場は手打ちにしてください」
「わかりました。若の言うとおりにします」
鉄也さんは小野組の組員にもう手を出さないように指示した。
「おい、文太この場は手打ちだ。こちらも引くからお前たちも引け」
ぼくを連れて小野組はその場を去った。
「文太さん、なんで、どうして太陽くんが行っちゃうの?」
芽衣ちゃんは泣きながら文太さんのことを叩いている。
「お嬢、太陽坊っちゃんは、小野組の若です。どうすることもできません」
文太さんは怒りに震えたような顔で芽衣にされるがままにしている。
「事務所に帰りましょう。おい、車まわせ」
しばらくして、黒塗りの高級車が来て芽衣ちゃんや文太さんを乗せて走り去った。
三章 届かぬ思い
鉄也さんはぼくを組長である父親の前に連れて行った。
「……父さん」
厳しい視線を向けている人物は小野組第七代目組長小野博、スーツを身に纏い髪はオールバックにし細長の眼鏡をしている。社長のような雰囲気である。
「話は聞いているが、なぜ樋口組の孫娘と付き合っているのだ」
親子の会話というより部下に質問している感じだ。
「……父さんには関係ない」
ぼくはできるだけ感情を殺して答えた。
「学校で会うのは仕方ないが、付き合ったりそれ以外で会うのは駄目だ」
決定事項のように宣言した。
「どうしてなんだ!」
ぼくは抑えられなくなった感情をあらわにして訴えた。
「小野組と樋口組は争っている。わかったな、それだけだ」
「芽衣ちゃんとは組とか関係ない! 父さんたちは勝手にやればいい」
次の日、ぼくが学校に行こうと部屋を出ると、鉄也さんがいた。
「組長からの指令で、若が頭を冷やすまで学校は休まれるように、とのことです」
鉄也さんは部屋の扉を閉めようとした。鉄也さんは有無を言わせぬ態度だった。
しかたがなくぼくは部屋に戻った。
「……芽衣ちゃん」
ぼくは芽衣ちゃんを思いながら眠りについた。
数日後、ぼくはひさしぶりに学校へ行った。学校はいつも通りだった。
芽衣ちゃんに逢えると思うとここ数日のことなど消しとんだ。
校門のところに行くと芽衣ちゃんがあの日と同じように待っていた。
芽衣ちゃんはぼくに気づき泣きそうな笑顔で手を振ってきた。
「心配したよ、太陽くん」
ほっとしたように笑った。
「芽衣ちゃんこそ大丈夫だった?」
ぼくも芽衣ちゃんに逢えて安心して笑った。
「うん、文太さんは反対だったけどおじいちゃんの鶴の一声でいつもと同じで良いって、でも太陽くんは信用しているけど、小野組の組員には気をつけるようにだって」
学校でしか逢えないことなど、自分の置かれている状況を説明した。
その状況に芽衣は少しショックを受けているようだった。
「いつも通りにいられるのがわかって安心したよ」
「いつまでも校門にいてもしょうがないから、教室に行こう」
「そうだね」
ふたりは一緒に下駄箱に向かった。
上履きに履き替えて二階にある教室に行くために廊下を歩いていた。
教室に入るとそこはいつもの2年C組だった。
席に着くと加藤くんが声をかけてきた。
「今回は太陽が何日休むか杯だ。これは賭けの対象になった太陽の分の分け前だ。あれでみんな心配していたんだぞ」
栄養ドリンク一箱と、学食の食券を数枚、机に置いた。
「次の賭けの対象はどうするかな……」
そうつぶやくと加藤くんは何かのノートをめくりだした。
予鈴がなってしばらくすると担任の中原先生が来た。
「小野やっと来たか。このままゴールデンウィークの終わりまで休むのかと思ったぞ。では出席を取る。休んだ者はいないな。よし終わりだ」
相変わらずのいい加減さでショートホームルームが過ぎていく。
久しぶりの授業で疲れたが、なんとか眠らずに昼休みになった。
芽衣ちゃんが弁当箱を持ってやってきた。
「今日はみんなと食べようかな」
芽衣ちゃんはぼくの席に弁当を置いた。
「それでは、このオレも芽衣ちゃんとご一緒しようかな。」
返事を聞かずに加藤くんは席をくっつけてきた。
そろそろお昼の弁当を食べようとした所に、教室の扉が盛大な音をたてて開いた。
「樋口芽衣ちゃん、芽衣ちゃんはいるかい」
みんなの視線が芽衣ちゃんと芽衣ちゃんを呼んだ生徒に集まった。
「誰だ? 芽衣ちゃん知ってる?」
「(……森川洋介くん。お父さんが警察署の署長をしているの)」
芽衣ちゃんの顔が冴えなくなっている。
「……芽衣、やっぱり芽衣だ。なんで同じ学校にいるって教えてくれなかったのだい?」
森川くんは芽衣ちゃんに訊いている。
「(……森川くんはうちの稼業のこと知っているの)」
そうみんなに聞こえないようにぼくへ囁いてきた。
「(……芽衣ちゃん、今の話ほんと?)」
「(……うん)」
「そこのやつ、おれの芽衣ちゃんといちゃ、いちゃするな」
森川くんは自分のおもちゃを取られた子供のように怒っている。
「特進クラスって建物が違がって遠くだからお昼食べられなくなっちゃうよ」
芽衣ちゃんは遠まわしに自分のクラスへ帰ってと訴えていた。
「芽衣ちゃんとおれの仲じゃないか。恥ずかしがらないでいいんだよ」
森川くんは周囲の目も気にしないで胸に手を当てて哀しむ仕草をしている。
「もういい加減しろよ。芽衣ちゃんは嫌がっているじゃないか」
ぼくは立ち上がって芽衣ちゃんの前に立った。
「芽衣ちゃんはクラスの宝だ」
加藤くんも立ち上がった。
『芽衣ちゃん親衛隊は今も健在だぞ』
『芽衣ちゃんはあなたのものじゃないないわ』
2年C組の男子や女子が森川に向かって野次り出した。
クラスが収拾できなくなったときに担任の中原先生が来た。
「おまえうちのクラスじゃないな。誰だ」
「一般クラスの教師では知らなくて当然だな。おれは特進クラス現在学年3位、森川洋介だ。」
「そうか、わかった、わかったからもう自分のクラスに帰れ」
中原先生はハエでも払うように追い出そうとした。
「そこの教師、将来の高級官僚をむげに扱うと後が怖いぞ!」
森川くんは偉そうに宣言した。
「わたしには将来の高級官僚より今の状況の方が後で怖いと思うぞ」
騒がしくなってきて中原先生でもクラスが治まらなくなりそうだ。
「今日のところはこの位にしておこう」
そう言うと物が飛んできて森川くんも事態が分かってきて、2年C組を逃げ出した。
「おら、授業始まるぞ。さっきのやつのことは忘れて席に着け」
中原先生が収めにかかった。
野次っていた当人がいなくなったのでだんだん静まり出してきた。
収まったのは、午後の授業が始まって二十分が過ぎたころだった。もう授業も出来ないので自習になっていた。みんな、喋りながら自習をしている。残りの授業もだらだらと過ぎて放課後になった。
「そろそろ帰ろうか」
芽衣ちゃんが自分の机に行って荷物を持ってきた。
「そうだね」
ぼくも荷物を持った。
「だな」
加藤くんはほとんど荷物が無かった。 三人とも教室を後にした。下駄箱で靴に履き替えて校舎から出て校門のところにきた。
「じゃーな、太陽、芽衣ちゃんゴールデンウィークを充実させろよ」
「またね、加藤くん」
「加藤くんもゴールデンウィークを楽しめよ」
そこで加藤くんと別れた。
学校からしばらく歩いていると、黒い高級車がぼくと芽衣ちゃんの横に止まった。
「若、お乗りください」
鉄也さんが黒い高級車から降りてきた。
「自分で帰るから鉄也ほっといてくれないか?」
「それはできません。若を迎えに行くように組長に言われております」
「ぼくからの言うことも聞けないのか?」
「聞けません。樋口組の跡取りと一緒にいないでください。力ずくでも連れて行きます。若をお連れしろ」
三人の手下が降りてきて、ぼくを強引に黒い高級車に押し込もうとして、取り押さえてきた。
「やめろ」
太陽は手下の手を振り払った
「太陽くんをはなして」
取り押さえられる太陽の手を芽衣ちゃんが掴んで引っ張ったが、手下が腕を払って芽衣が道に尻もちをついた。
「芽衣ちゃんに手を出すな」
ぼくはもがいたが三人に抑えられて動けない。
黒い高級車に押し込められた。
「芽衣ちゃん!」
「太陽くん!」
「行くぞ」
扉が閉まり黒い高級車は走り去った。
四章 楽しい思いで
一夜明け、ぼくは屋敷の一室で閉じ込められていた。
静かに言うことを聞いてるふりをして、どうやって外に出るか考えていた。
小野組の事務所兼屋敷になっている建物は、広い敷地に西洋風の建物が立っている。
西洋風の建物は正面が玄関と応接室で広いパーティーに使う広間がある。
奥の方に行くと組員がいる控え室など組の事務所機能がある。
さらに奥に行くと組長家族が住んでいる。
太陽がこの屋敷から出るという事はこの一番奥から出なくてはならない。
だが広いだけに目が行き届かないのも確かだ。
「どうやって出るかなぁ」
ベットに寝っ転がりながら、考えがまとまらなくて呟いてみた。
しかし声に出したからといって答えが出るわけではなく正直手詰まりだった。とりあえず夜になるのを待つために眠った。夜になりそっと扉を開けてみる外の廊下には誰もいなかった。
多少物音がしても大丈夫なのを確認すると、ぼくは扉を閉めて部屋の反対側にある窓を慎重に開けた。ぼくの部屋は一階にあるので、窓から出られる。窓から外をのぞいて人がいないのを確認すると、窓から外に出た。外に出て監視カメラに位置を確認し、物陰に隠れながら慎重に進んだ。
最後に難関である門へゆっくり進んでいくと、ぼくに気づいた番犬であるドイツ・シェパードのファクトが走ってきた。
「ほら」
吠えられると困るので、近くの小枝を拾って太陽の行きたい門から逆の方向に大きく投げた。
ファクトはいつも太陽が遊んでいるので、いつもの遊びだと思って小枝を取りに走って行った。門には誰もいなかった。番犬のドイツ・シェパードと監視カメラに頼りすぎた結果だ。
その間にぼくは誰もいない門を出た。門を出て芽衣ちゃんの事務所に行く為に駅に向かおうとしたら屋敷の裏手で芽衣ちゃんに出遇った。
芽衣ちゃんは屋敷の塀を登ろうとしていた。
「芽衣ちゃんどうしてここに?」
「太陽くんこそお家に、また閉じ込められていると思って忍び込んで逢いに来ようとしたの」
「よく家がわかったね」
「だって敵対している組の屋敷だよ、ちょっと調べればわかるよ」
「そっか」
「これからどうする?」
「逢うことだけ考えてたから、太陽くんに逢ってからどうするか考えてなかったよ」
芽衣ちゃんは会えたことにうれしそうだった。
「じゃあ、事務所のそばにあるゲームセンターに行こうか?」
「うん」
ぼくと芽衣ちゃんは駅前の方に向って歩いて行った。
途中でふたりが初めてお互いを確認した公園があった。
「太陽くんここ覚えているかな?」
「当り前じゃないか、あそこの繁みで芽衣ちゃんと隠れていたところだろ」
「最初はお互い分らなかったよね」
「あの時は芽衣ちゃんと逃げるだけで何も考えられなかった」
ぼくと芽衣ちゃんは見つめあい、あの時のことを思い出して笑った。
駅から電車に乗り隣の町に着いた
駅前に着きネオンが極彩色に光っているゲームセンターに入った。
「芽衣ちゃんどんなゲームしたい?」
「うーん、車がビューンっていうゲームがいいな」
「じゃあ、こっちのレースゲームをしようか」
ぼくは芽衣ちゃんを連れて奥の方の車のシートのあるところに行って、二百円を入れた。
「わたし得意だよ。いつも組の人たちとやっているから」
「赤いのが芽衣ちゃんだよ」
『ピッ・ピッ・ピッ・ポン』
レースが始まった。
「いくよー、えいっ」
芽衣ちゃんはいきなり壁に突っ込んで、車体を壁ぶつけたままガクガクしながら走っている。
「芽衣ちゃん右にハンドルを回して!」
「みっ、右? きゃー」
今度は壁に当たらなかったが道をはみ出して、砂地をザクザク進んでいる。
ショートカットしてまた道に戻った。
「よーし、行けー」
芽衣は直線をアクセルべた踏みで、ほかの車を蹴散らしながら進んでいく。
「あと少し、ゴール! やった太陽くんゴールしたよ」
『you win』
「えっ、えー あれー あんなに豪快な運転で一位?」
時計を見ると十時頃だった。
「もう、こんな時間か、夜遅いから送るよ」
ぼくは芽衣ちゃんともっと一緒にいたかったが、芽衣ちゃんのおじいさんが心配すると思い送ることに決めた。
駅から電車に乗り隣の町に着いた。
駅前からもう慣れた芽衣ちゃんのビルに入った。
芽衣ちゃんとエレベーターに乗り十階で降りて事務所の扉を開けた。
ぼくを見ると平野組が殺気立った。
「おらー どの面下げてきたんじゃー」
文太さんはいつでも臨戦態勢だった。
「どうした」
奥の部屋から芽衣のおじいさんが出てきた。
「小野組のせがれが来ていまして」
文太さんは組長に恐縮している。
「太陽君は芽衣のご学友だ。たとえ小野組の血縁者でも関係ない」
「しかし組長こいつは……」
「芽衣が見込んだものだ、大丈夫だ」
「わかりました」
おじいさんは文太を諭してとりあえずこの場は収まった。
「うちの父親が迷惑をかけています」
ぼくは芽衣ちゃんのおじいさんに頭を下げて謝った。
「頭をあげてください。さっきも言いましたが、親の職業のことで子供が謝ることはありません」
芽衣ちゃんのおじいさんの言葉にぼくはうれしかった。
「では、送ってきたので、ぼくは帰ります。失礼します」
ぼくは出ていこうとした。
「ビルの前まで送っていくね」
芽衣ちゃんはおじいさんに言った。
「うむ、行ってきなさい」
「太陽くん行こう」
ぼくと芽衣ちゃんは事務所を出た。
エレベーターに乗って一階に降りてきた。
ビルの出入り口の自動ドアを出た。
「やっぱし! 僕の芽衣に何かするつもりだな!」
外に出て急に大声で叫んできた声の主をみると森川くんだった。
「何でここにいるの?」
芽衣ちゃんは聞いた。
「僕の芽衣ちゃんに最近変な男がついたって聞いたから、張っていたんだ」
森川くんは平気でストーカー発言をしていた。
「太陽くんとわたし付き合っているの。邪魔しないで森川くん」
芽衣ちゃんはぼくにアイコンタクトを送っている。
おそらく話を合わせてほしいのだろう。
ぼくは芽衣ちゃんの言葉に乗った。
「芽衣ちゃんこんな奴はほっおっておいて楽しいことをしに行こう」
「楽しいことってどんなことするの?」
「芽衣ちゃん、ふたりでする楽しいことなんて、決まっているじゃないか。ラブラブな事だよ」
「なんですと! 芽衣がそんなアダルトなことするはずない!」
森川くんは、狼狽していて変な想像をしている。
「わたし楽しみ!」
「じゃあそういう事だから芽衣ちゃんは連れて行くよ」
「太陽くん行こう」
芽衣ちゃんはぼくの腕に自分の腕をからませて駅の方に歩いて行こうとした。
「芽衣ちゃんがあんな子だったなんて……覚えてろ!」
そう叫ぶと猛スピードで走り去った。
「……行ったね。……もう諦めたかな?」
芽衣ちゃんはため息をついていた。
「芽衣ちゃんもう行ったから、その腕をからませるのはもういいんじゃない?」
「……えっ、あぁ、ごめんなさい」
芽衣ちゃんは赤くなって離れた。
「いや……その役に立ったかな」
ぼくも照れて少し離れた。
「じゃあ、帰るね」
ぼくは名残惜しかったが夜も遅いし、父親や小野組の組員に見つかると抜け出してきたのがばれるので芽衣の事務所を後にした。
五章 二人の願い
芽衣ちゃんと別れた後夜中に、ぼくは家に着き忍び込んで自分の部屋に戻ろうとしたら、門の前に鉄也さんが居た。
「……あっ、」
「若、また平野組のお嬢様に会いに行っていたんですね」
「どこに行こうが勝手だろ」
「若、今の状況を考えてください」
「鉄也さんだって樋口組と争いたくないだろ」
「組長の考えに従うまでです」
「鉄也さんの意見はないの」
「これ以上は話をしても無駄です。組長に報告します。一緒に来てください」
鉄也さんは太陽の腕をがっしり掴み屋敷に向かって連れて行った。
ぼくはしぶしぶ附いて行った。
「またか……」
父親は神経質そうに太陽に言った。
「父さん抗争を止めて!」
ぼくは大声で怒鳴った。
「それは出来ない。お前にはもっと良い娘がいる。あの娘はやめなさい」
「ぼくがだれを好きになろうが勝手だ」
「でもあの娘は駄目だ。鉄也良く監視しておけ。以上だ」
父親はそれだけ言うと机でPCに向かって視線を動かしもう反応しなかった。
「若、それでは部屋に行きましょう」
鉄也さんは言い含めるようにしてぼくを組長室から連れて廊下に出た。
「今日は遅いので若はもうお休みください。部屋まで送ります」
鉄也さんはもうさっきのように強引に連れて行くことなくぼくの後を部屋まで静かに着いて行った。
部屋まで来るとぼくの前に出て扉を開けてぼくを部屋に促した。
「それでは、朝また迎いにあがります。監視はつけませんのでごゆっくりお休みください」
それだけ言うと静かに扉を閉めた。
「ふぅ」
息を吐き太陽はベッドで横になって目を閉じた。
夜が明けてカーテンの隙間から日差しが眩しくなって目が覚めた。
ノックがあり、返事をすると鉄也さんが食事を持って入ってきた。
「若、お客様がお見えになっています」
そう言い終わる前に鉄也さんの後ろから女の子が出てきた。
「太陽くん、久し振り」
言うと同時にぼくに抱きついてきた。
「わっ、だ、誰だ」
「誰じゃないでしょ。未来の奥さんにむかって」
「え、未来の奥さん?」
「忘れたの、美羽だよ」
美羽ちゃんはアスリートぽいスレンダーな体でボブカットの元気のよさそうな感じがする娘だ。ぼくとは小さい頃よく遊んでいた幼馴染で父親同士が知り合いだ。
「美羽ちゃん、アメリカに行ってたんじゃないの? それに未来の奥さんってなに?」
ぼくが美羽ちゃんを体から引きはがしながら不思議そうに聞いた。
「聞いてないの? 太陽くんのお父様から太陽の許婚としてよろしくって聞いて、昨日の便でシアトルから帰って来たの」
「えー! 聞いてないよ。何かの間違いじゃないの? あのおじさんが許してくれたの?」
「大丈夫だよ。太陽くんと一緒に居て良いって。それとも誰か好きな娘がいるの?」
「……うん」
「そうなんだ。誰、その娘。太陽くんの行ってる学校の娘? 会わせて!」
「いや、その、今ゴールデンウィークだから学校休みだし」
「家も知らない娘なの?」
「そんな事は無いけど……」
「じゃあ、すぐ行きましょう。わたしが太陽くんのことは諦めるように言ってあげる」
美羽ちゃんはぼくの腕を引っ張って部屋の外に行こうとする。
「……鉄也さん、助けて」
ぼくは鉄也さんにもう片方の手を伸ばして助けを求めた。だが鉄也さんは何もせずに言った。
「若、組長から美羽様の事を最優先にするようにと言われておりますので助けることはできません。すいません」
「鉄也さん、お願いだよ」
太陽の願いに鉄也は頭を下げただけだった。
「太陽くん何やっているの? 行くわよ」
美羽ちゃんのアスリートっぽい体は意外と力があって、ぼくをずりずり引きずって屋敷の出口に向かって行った。
美羽ちゃんとぼくは最寄りの駅に向かい電車に乗った。。
美羽ちゃんはぼくを連れて芽衣のいる事務所の前まで来た。
ぼくが何を言っても強引に場所を聞いて、行き方を聞いてあっという間に来てしまった。
そう言えば小さい頃から美羽は、ぼくの言う事など聞かずに行ってはいけない場所に行ったり、やってはいけない事にぼくを巻き込んでやっていた記憶が蘇ってきた。
「美羽ちゃんやめようよ。芽衣だって迷惑だって」
「芽衣ちゃんって言うんだ。ふーん、ちゃんづけなんだ」
「美羽ちゃんのことだって、ちゃんづけにしているじゃないか」
「わたしはいいのよ。幼稚園のころからなんだから」
ぼくが何か言えば、言うほど美羽ちゃんのやる気は出てくるようだ。
「このビルの何階なの?」
あきらめて言った。
「……十階」
「十階ね。あのエレベーターで行くのね。」
二人で乗り、美羽ちゃんがエレベーターのボタンを押す。すぐ十階に着いた。
「やっと着いたわね。太陽くんが好きな娘が、どんな娘なのか見なくちゃね」
そう言うと、いきなり平野組の事務所をノックも無しに開けた。
美羽ちゃんが扉を開けると、事務所の組員たちが鋭い目つきで睨む、しかしぼくの家に行きなれているので軽く受け流して呼んだ。
「芽衣ちゃんって娘いないかしら、そこのサングラスの人呼んできて」
美羽ちゃんは使用人か何かみたいに組員に指示を出すとソファーに座った。
「なんだぁー、おい、何しに来た。お嬢に何の用だ」
「すみません、文太さんいませんか?」
ぼくが丁寧に言うと、組員が文太さんを呼びに行った。
「小野組の坊ちゃんどうしました」
文太さんが奥の部屋から出てきた。
「芽衣ちゃんはいませんか?」
「お嬢は買い物に行きましたがどうしたんですか?」
「芽衣ちゃんに会いたい娘がいるんです」
「あの可愛らしい娘ですか?」
文太さんが目線で指すと低い声で言った。
「太陽坊ちゃん、もてますね。でもお嬢を悲しませたら、ただじゃおきませんぜ」
「わかってます」
ぼくも真剣に答えた。
「お嬢はこの時間でしたら、オレンジデパートで買い物を終えてそばの公園にいます」
「わかりました。美羽ちゃんいる場所わかったよ」
「太陽くん、行きましょう」
美羽ちゃんはさっさと出て行ってしまった。
「では、失礼します」
ぼくはあまり組員を刺激しないように静かに扉を閉めた。
芽衣ちゃんのいるはずの公園は、このビルからすぐのところにある大きな池のある緑が豊かな公園だ。公園に着くと駅前の雑踏がなくなって子供の声が聞こえてきた。入口に神社の大きな鳥居があり、隣接して野球場とサッカー場があって週末は人で溢れるが今日は、そういうイベントが無く落ち着いていた。五分ぐらい歩くと池が見えてきた。
芽衣ちゃんはすぐ見つかった。日当たりのいいベンチで本を読んでいた。
美羽ちゃんもぼくの視線で気づいた。
「あの娘ね。ふーん、見た目は良いじゃない。太陽くんが好きになるのも分かるわ」
美羽ちゃんはぼくを置いて芽衣ちゃんの方に歩いて行った。
「ちょっと、美羽ちゃん待って」
ぼくは美羽ちゃんを追いかけて行った。
「あなたが芽衣ちゃんね。太陽くんと別れてくれない?」
美羽ちゃんはいきなり核心をついた。
「あなた、だれ?」
芽衣ちゃんはもっともな事を聞いた。
「やあ、芽衣ちゃん」
後から追いついたぼくが声をかけた。
「太陽くん、昨日の夜は楽しかったよ」
芽衣ちゃんは本を閉じてぼくに言った。
「あなた昨日の夜も逢ったの?」
美羽ちゃんは芽衣ちゃんに食って掛かった。
「昨日の夜にゲームセ……」
「太陽くんには聞いてない! この娘に聞いてるの!」
美羽ちゃんはぼくの話を聞こうとしなかった。
「昨日、ふたりで遊んだだけだよ」
芽衣ちゃんは不思議そうに答えた。
「芽衣ちゃん、この娘は幼馴染の神谷美羽ちゃんって言うんだ」
ぼくは美羽ちゃんを紹介した。
「こんにちは、平野芽衣です。美羽ちゃんって呼んでいいかな?」
「べつにいいわよ。ってそうじゃないわ。わたしは太陽くんの許婚よ。私のものよ。あなた太陽と別れてちょうだい」
美羽ちゃんはいきなり宣戦布告した。しかし芽衣ちゃんはきょとんとしている。
「太陽くんは誰のものでもないよ」
「太陽くんはわたしのものだから渡さないってことね。でもそうはさせないわ」
美羽ちゃんは鼻息荒く捲くし立てぼくに抱きついた。芽衣ちゃんは美羽ちゃんの態度をみると持っていた本をベンチに置いた。ばん! 意外と大きな音がした。
「太陽くんはどうなの?」
芽衣ちゃんは首を傾けて不思議そうにしているが態度の端々に怒りが見えている。
ぼくは美羽ちゃんを体からひき剥がして、芽衣ちゃんの怒りを納めようとしているが、効果が無さそうだ。
「芽衣のことが好きだ」
太陽は意を決して言った。
「えっ! 本当? 太陽くん」
「本当というか、何と言うか、好きだよ」
「うれしい!」
芽衣は紅くなりながら嬉しそうに言った。
「うれしいって、もしかして芽衣もぼくのこと好きなの?」
「うん」
「やっと言ったわね」
美羽ちゃんは大きくガッツポーズをした。言わせたかったらしい。やっぱり美羽だ。小さなころから姉御肌のところは変わらないみたいだ。
「許婚のことはいいの?」
ぼくは美羽ちゃんに聞いた。
「太陽くんは弟みたいなものだから恋愛関係にはならないわ。それにわたしだって好きな男子いるもの」
「そうなんだ、よかった」
ぼくはほっとして胸をなでおろした。
「そろそろ、行こうかしら」
美羽ちゃんは公園の出口を探し始めた。
「まだいいじゃない、美羽ちゃん」
ぼくはまだ美羽ちゃんに借りを返していないのもあるし久しぶりだし、姉のような存在なので一人っ子のぼくはまだ、一緒にいたかった。
「美羽ちゃん、どうしたの?」
芽衣も寂しそうだ。
「どうもしてないわよ。時間なの。飛行機の」
美羽ちゃんは時計を指差した。
「今日着たばっかしじゃないか」
ぼくは不満そうだった。
「そうよ、休みじゃないけど呼ばれたから急いで着たって言ったじゃない。だからすぐに帰らなくちゃ、向こうの生活もあるし」
たしかに父親が強引に呼だのである。
「駅まで一緒に行こう」
「もう暗くならないで! わたしは楽しかったわよ」
美羽ちゃんの言う事もっともだ。
「美羽ちゃんメールするね」
芽衣は美羽ちゃんの言っていることは解るが寂しいのだろう。
ホームに着いた。
方向はお互い逆の電車なので、ここで別れないといけない。
「夏休みには日本に来るから、また会えるわ」
美羽ちゃんも少し寂しそうだ。
先に美羽ちゃんの乗る電車が来た。
「美羽ちゃん、ばいばい、気をつけてね」
「芽衣ちゃんもね」
「太陽くん、ちゃんと送るのよ」
最後まで姉御肌のようだ。
「わかってるよ」
ぼくはちょっと、ふてくされて返事をした。
電車の扉が閉じた。しばらくするとこちらも電車が来た。
「芽衣こっち」
車両に乗るとボックス席が空いていたので芽衣を呼んだ。
「ありがとう」
芽衣と向かい合って座った。芽衣の降りる駅のアナウンスがした。
「太陽くん、ばいばい」
「うん、またね」
芽衣は降りて行った。
しばらくしてぼくも自分の降りる駅に着いて降りた。
ぼくは自分の家に着くと、怪我がした組員が数名いて屋敷の中は騒然としていた。
「兵隊集めろ!」
「守りかためろ!」
怒号が飛び交っている。
「行くぞ!」
鉄也さんが宣言すると組員とともに屋敷を出て行った。
「あの、ちょっといいですか、鉄也さんたちはどこに行ったのですか?」
ぼくは残っていた組員にどこに行ったのか聞いた。
「若頭たちは、樋口組と争っている廃工場に向かいました」
ぼくは樋口組と争っている廃工場に向かった。
タクシーで川沿いの工場地帯に向かい、争っている廃工場のそばでタクシーを降ると芽衣と出会った。
「芽衣どうして此処にいるの?」
「だって文太さんがいきり立って出て行くから後を追って来たの」
「芽衣、抗争を止めよう」
「うん」
抗争を止める為に太陽と芽衣が喧嘩をしている最中の双方を説得しに行く。
「うらああ!」
「おらああ!」
双方殴り合ったりしている。
「止めるんだ!」
ぼくは小野組と樋口組の間に入って叫んだ。
「止めて! みんな」
芽衣も叫んだ。
それを見ていた小野組の血気盛んな若い衆が、芽衣を銃で狙う。
「芽衣、危ない」
気づいた太陽が芽衣を突き飛ばす。
『パン』
乾いた音がする。
ぼくはものすごく腕が熱く感じた。左腕から血を流していた。
「おまえら!」
ぼくは生まれて初めて怒りに燃えた。
自分が撃たれたからではない。
芽衣を狙ったことが許せなかった。
目についた組員は小野組、樋口組関係なく殴りかかった。
「若、やめてください」
そばに来た鉄也さんを躊躇なく蹴り飛ばした。
「う、動くな」
動揺し、ぼくを撃った若い衆は、小野組長の息子なのも忘れて銃を向けてきた。
「逃げるなよ」
ぼくは芽衣を銃で狙った若い衆へ、一歩、一歩確実に歩を進めていく。
ごちん! 途中に殴り合っていた組員二人の頭を掴むと頭同士をぶつけた。
お互いに頭をぶつけた組員が気を失って崩れ落ちた。
「来るな」
『ぱん、ぱぱん、ぱん、ぱん』銃を持った若い衆は天井に向けて銃を連射した。
あたりが静まり返った。
ぼくは、怪我も忘れて思いっきり殴った。
「二度と、銃を握るな」
「太陽くん」
芽衣が近寄ってきて血を流しているぼくの腕をハンカチで結ぶ。
「若!」
ぼくに蹴り飛ばされていた鉄也さんが立ち上がって駆け寄った。
「太陽くんを早く病院へ!」
芽衣が鉄也さんの服を掴んで頼んでいる。
鉄也さんがぼくをおぶり近くに止まっている組の車を探した。
文太さんが来て鉄也さんを呼んだ。
「鉄也、運転は任せろ」
文太さんは運転席に乗った。
「すまない」
鉄也さんはぼくを車に乗せた。
「お嬢も乗って」
文太さんが促した。
文太さんはアクセルを踏んで病院に向かった。病院に向かっている途中でぼくは意識を失った。
気がついたらベッドの上だった薬品臭いシーツがかけてある。芽衣はぼくが意識をもどしたのに気がついて泣き始めてしまった。
「よかった……」
「芽衣ここどこ」
「病院だよ。腕に鉄砲の玉が貫通したんだって。血がいっぱい出て心配で……ぐすん」
芽衣はナースコールを押した。
しばらくすると医者と看護師のあとに鉄也さんと母親がいた。
「芽衣ちゃん、ありがとう。こんなバカな息子についていてくれて」
「母さん……どうして」
「あなたが撃たれたからすぐ来るようにって、鉄也が電話してきたからすぐ飛行機で帰って来たのよ」
「いつもほって置くくせに」
ぼくはすこしすねていた。
「ちょっと傷を見ますね」
看護師が包帯を取って医者が傷を見る。
「しばらく痛いでしょうが傷は化膿などしていないのでもう退院していいですよ」
「もう大丈夫なんですか?」
芽衣が訊く。
「ええ、大丈夫です。いてもベッドの上でやることないですよ。ほかにベッドが必要な患者はいっぱいいるので、むしろ出ていってほしいぐらいです」
医者は微笑みながら言っている。
この病院は必要以上に入院させないようだ。
「鉄也あなたがいて何やってたの?」
「姉御すみません」
「では、少し焼きを入れに行くわよ」
ぼくの母親は服をひるがえして出て行った。
ぼくたちは退院の手続きをして小野組の屋敷に向かった。
屋敷に着き太陽の母親が降りると、一直線に組長室に行く。
「姉御、おはようございます」
途中にいる組員は太陽の母親を見るといつもと違った緊張感で挨拶している。
組長室に着き、扉の前に立つとすぐに組員が両開きの扉を開ける。
組長である博は自分の妻をみると急に顔が青ざめ始めた。
「あなた、私がだまっていたらこんなことをしていてんですね。もともと婿養子で小野組を継いだから実績を見せたいのはわかるけど、子供たちを巻き込んではいけませんね。こんどこんなことをしたら、私が実権を握りますからね」
「……はい」
父親の博はうなだれていた
長い、長いゴールデンウィークが終わった。
終章
休みが明けて学校に行くといつも通りでいつもと違った日常が始まった。
ふたりとも秘密はある。でもふたりなら秘密がばれてもやっていけるような気がする。
そんなことを、物思いに浸っている間に昼休みになった。
「太陽くんお昼にしよう」
「そうだね、芽衣」
その会話を聞いた加藤くんが訊いてきた。
「太陽、いつから芽衣ちゃんを呼び捨てにしたんだ。ゴールデンウィークの最中に何かあったな! 何があったんだぁ!」
「そういえばいつからだろう」
芽衣は首を傾げて考えている。
「まあいいや、芽衣お昼行こう」
「うん」
芽衣と屋上に向った。
屋上で芽衣と初めて昼食を食べたベンチに座る。
「いい天気だね」
「この小野組と樋口組の抗争が無かったらわたし達ただのクラスメートだったよね」
「ぼく達二人の組に感謝しないとね」
空を見上げると僕と芽衣の未来みたいに蒼穹が澄み切っていた。
どうですか?悶えて、スッキリしたでしょう。