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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第一章 4月
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07 生徒会室で


4月が進むにしたがって級友たちの人となりもわかり、クラスが自然と落ち着いてきた。


例えて言えば、大小さまざまな小石をコップに入れて、揺すったり底を叩いたりして全体が落ち着いた感じ。一つの入れ物の中で、それぞれの位置がとりあえず決まった、みたいな。


男子の方は数人のにぎやかなメンバーとそれ以外という雰囲気か。俺は「それ以外」に属する。でも、べつに「にぎやか」メンバーと溝があるわけではなく、男子全体がゆるやかな集団だと言っていいだろう。


俺が特に親しくなったのは、後ろの席の宮田とちなちゃんの右隣にいる風間。二人とも野球部で、気取らない素朴なところがいい。宮田は大きな口を開けて笑う顔が気持ちいいし、風間は穏やかそうに見えるけどときどき辛辣な批評を口にしたりするのが面白い。


女子は当初に感じたまま、声の大きな三人組が目立っている。見た目も華やかな三人が一見強そうなグループを形成しているのだ。「一見」というのは、彼女たちが必ずしもほかの女子よりも優位なわけではないからだ。


この三人組のほかに、クラス委員の上田を中心にしたグループとアニメ大好きのグループ、そして仲里を中心にしたグループに分かれている。一番人数が多いのは上田のグループで、リーダーシップを発揮しそうな女子が集まっている。奥津たち三人組が調子に乗ってくると黙らせる一言を言うのはこのメンバーだ。


三人組以外のグループは確かに分かれているけれど、仲は悪くない。それぞれの性格や好みを認めて尊重し合う雰囲気がある。


でも、三人組はそうじゃない。周囲との差を見せつけることで、自分たちを際立たせようとする。傍で見ていると、その方法が反感を招いていることがよく分かる。でも、それに気付かない彼女たちは、周囲との溝を自分たちの優位の証だと勘違いして傍若無人に振る舞ったりする。その結果、上田たちや仲里に手痛い反撃を食らうのだ。


ちなちゃんは仲里のグループにいる。もう一人、大柄で少しころっとした北井ノエルという女子と一緒に。


まあ、仲里は「グループ」と言うほどのものでもないのかも知れない。一匹狼的なところがあるから。でも、仲里が一番親しくしているのはちなちゃんで、ちなちゃんと一緒にいる北井のことも受け入れているのは確か。そして、仲里のお陰で俺がちなちゃんと話す機会が訪れたことも確かなのだ……。





「本当にここまでする必要あんのかよ?」


放課後の生徒会室。細かい字のリストを見ながら仲里に不満をぶつける。


「いい加減、文句言うのやめなよ。智菜だって手伝ってくれてるんだから」


それは申し訳なく思っている。生徒会で忙しい中、本来とは違う用事に手を貸してもらっているわけだから。


「それにしたってこのリスト、字が――」


仲里にじろりと睨まれて口をつぐんだ。その向こう隣でちなちゃんがもくもくと仕事をこなしている。


(まあ、リストのことでは文句言えないけど……)


細長い机を合わせて作られた作業スペースの一角で、ちなちゃんと仲里と俺の3人でリストとにらめっこを始めてからそろそろ1時間。周囲では生徒会の役員たちがそれぞれ忙しそうに働いている。


「ごめんね。あたしがもうちょっとパソコンに詳しければ、見やすく印刷できたかもしれないんだけど……」

「い、いや、ごめん! これで十分だから」

「智菜は謝る必要ないよ。あたしたちの仕事なのに手伝ってくれてんじゃん」


(お前が元凶のくせに……)


まさか仲里が、あそこであんなことを言うとは思わなかった……。


それは数日前の第一回風紀委員会でのことだった。


2年男子の委員長を筆頭に三役が決まり、今年度の活動計画が議題になった。活動はどこの委員会も前年度をほぼそのまま繰り返すのが慣例で、風紀委員会ではポスター掲示と衣替え時期の昇降口前での服装チェックに決まるところだった。


ところが、そこでいきなり仲里が質問をしたのだ。


「服装チェックに意味はあるのでしょうか」


と。


質問の趣旨はこうだ。


「たった数日、門の前でチェックしたとしても、その場だけ切り抜ける、あるいは無視する生徒はいくらでもいる。そんなふうに守られていない校則に意味はあるのか。そもそも、なぜスカート丈や髪形まで指示される必要があるのか。それを守らない生徒は生徒失格なのか」


ほとんどの委員が、とりあえず一年間、なあなあで終わればいいや――と思っていたから、話が校則のそもそも論にまで及んだことに呆気にとられて、数秒間、シーンと静まり返ってしまった。俺もポカンとしていた。まさか、これを言うために仲里は風紀委員になったんじゃないかと思ったり。


その後、意見が出た。「校則は必要だ」みたいなのがいくつか。「自覚があれば不要かも」もいくつか。中には「罰則を作れば」なんていうのも。以前の仲里を知っている生徒もいたんじゃないだろうか。だんだん話す声が大きくなり、収拾がつかなくなってしまった。


そこで顧問が出てきて、九重高校の校則は生徒主体であり、変えることが可能なのだと教えてくれた。生徒総会の議決を経て、今までも修正されてきたのだと。


するとますます混乱した。次の生徒総会と言えば6月で、でも、何をどう変えるのか、手続きは、いや、その前に今年の活動計画は……。


結局、活動計画は来月に持ち越され、それまでに委員それぞれが校則について考えて来ようということになった。ただし、この問題を投げかけた仲里は別だ。そして、その相棒の俺も。


<今までの校則変更の調査>


俺たちにはそんな宿題が出た。


会議のあと、不平を言う俺に取り合わず、仲里は落ち着いて進む道を考えた。校則の変更は生徒総会にかけられる。生徒総会は生徒会が仕切っている。生徒会と言えば――ちなちゃん。


……と言うわけで、ちなちゃんに相談した結果、無事に校則が変更された記録にたどり着くことができた。ただし。


うちの学校は創立ウン十年という伝統校だ。生徒総会の議事録も大量にあったのだ!


何年か前の生徒会役員が昭和30年代からの議事をパソコンに入力してくれたそうで――先輩、ありがとうございます!――何十冊もの議事録をめくるという気の遠くなるような作業は免れた。それでも印刷してもらったリストは十枚を超え、ちなちゃんが気の毒がって手伝いを買って出てくれたというわけ。


「水澤〜、字がキタナイ」

「うるせぇ。読めればいいだろ、読めれば」


議事リストから校則変更だけを抜き書きしているのだが、思ったよりもたくさんあるのだ。古くは『男子制服の制帽の着用自由化について』などというものから靴下の色、アルバイトや自転車通学に関すること、最近は携帯・スマホの持ち込みや冬場に着るセーターの色など。これを見ると、時代に合わせて校則が変わってきたことがよく分かる。


「校則って、変えてもいいんだなあ……」


なんだかしみじみと考えてしまう。


「こうやって見てみると、校則ってあたしたちを守ってくれてるみたいな気がするね」


仲里の向こうからちなちゃんが言った。


「守る?」

「うん」


穏やかに微笑んで彼女はリストに目を向けた。


「どんなことも自己責任にして自由にしてしまえば簡単なんだよね。でも、そうすると、つらくなる人が増えるような気がする」

「つらくなる?」

「うん。例えばアクセサリーは禁止しておかないと、高価なものを自慢したくなっちゃう人が出てくるかも知れないでしょ? そうなったら持ってない子が惨めな気分になったり、出来心で盗んじゃったり、対抗意識で万引きしちゃったり……なんてことになるかも知れないよ?」

「トラブルが増えたり、嫌な気分になったりすることから校則が守ってくれてるってわけか」

「そう。制服だって、ミアみたいにセンスがあれば、私服を着てくるのも楽しいかもしれないけど、あたしは自信が無いしお金もかかるから、制服の方が気楽だな。アルバイトも、届け出のことを思ったら、危ないところには行かないんじゃない?」

「なるほどな」

「無届けでバイトしてる子はいくらでもいると思うけど」


感心する俺の横で仲里がさらりとつぶやき、続けて言った。


「でもさ、茶髪とかパーマとか禁止する意味ってある? くせっ毛の子だっているじゃん? ストパーは何も言われないなんておかしくない?」

「あ、そうか! あたしもストパーなんだった。見た目的に問題無いと思ってたけど、校則違反かなあ?」

「ふうん。ちなちゃん、くせっ毛なのか?」


言った途端、サーっと血の気が引いた。「ちなちゃん」なんて呼ぶつもりなかったのに!


「うん、そうなの。中学のときはぼっさぼさだったんだよ」

「へ、へぇ。全然気付かなかったなあ」


会話を続けながら心臓はばくばくだ。汗もにじみ出てくる。でも……、気付かれてない?


「でもさあ」


仲里がニヤッと笑う。俺の心臓がキュッと縮む。


「さっきの智菜の意見、いいね」

「あたしの意見? なんだっけ?」


(違ってたーーー!!)


俺の話じゃなかった! 俺の「ちなちゃん」はスルーされた! やった!


「校則があたしたちを守ってるってやつ」

「そう?」

「うん。賢そうだし、風紀委員ウケしそう。来月の委員会で使わせてもらうよ」

「お前、図々しいな。そういうの、『他人の(ふんどし)で相撲を取る』っていうんだぞ」


ちょっと偉そうに言ってしまった。ピンチが去った反動でハイになっているらしい。


「え? 何、剣道部って褌してんの?」

「ちげーわ! うちのあれは袴だから!」

「あの防具で褌ってキツいわ〜。竹刀当たったら痛そうだし」

「違うって言ってんだろ? しかも何だよそれ? 脚むき出しかよ?」

「女子としては目のやり場に困るよね」

「ちなちゃんまで?!」


勢いに乗ってもう一度「ちなちゃん」と言ってみた。でも、二人ともそこには反応しない。


「ふふっ、一度応援に行ってみたいと思ってたけど、そんな格好じゃちょっと無理かも」

「だよね〜? あはははは」


二人にからかわれて「ふんっ」といじけてみたけど、どうやら俺の「ちなちゃん」は認められたらしい。それに。


(応援に行ってみたい……?)


ちなちゃんのさっきの言葉が胸の中を走り回っている。


(いや、成り行きで言っただけだよな?)


……でも、少しは本気かも知れない。考えたことがあるから出てきたんじゃないか?


(来てくれたらいいなあ……)


出番の前にこっそり視線を交わしたりして。


「ふ」


緩む口許を隠すために、仕事に集中しているふりをする。


(仲里と一緒に委員になって良かった気がする……)


この調子なら、ちなちゃんとじっくり話せる日もそう遠くないに違いない!







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