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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第一章 4月
6/59

06 ちゃんと会話を!


(あーあ。風紀委員か……)


新年度4日目の朝。


朝練から一緒に教室に戻る綿貫と2組の前で別れたあと、きのうのホームルームを思い出して憂うつになる。


(ちなちゃんとならともかく、仲里とじゃなあ……)


あの金髪と化粧を思い出すと、先行き不安でしかない。


あんな姿で風紀委員なんて、よく言えたものだ。委員会で俺まで目を付けられたらどうしよう?


(ちなちゃんとできるかも、なんて考えちゃったのが運の尽きだったなあ……)


彼女のために(・・・)やらなくちゃ、とも思ったけれど、根底には一緒にやりたいという願望があったわけで。


まあ、ぐずぐず考えても決まったものは仕方がない。目を付けられたときはそのときだ。


(それよりも今日は……)


黒板側の入り口を通り過ぎながら奥を覗くと、ちなちゃんが席にすわっているのが見えた。


(よし、いた!)


一番後ろの席の彼女と話すため、今朝は遠回りをして後ろの入り口から入るのだ。


横から近付いて斜め後ろから話しかければ、直接顔を合わせずに話ができる。照れくささも大幅に減るはずだ。そして、誰かに見咎められても、教室の後ろは広く空いているから通りやすいと言い訳することができる。……言い訳を考えているあたり、やっぱり小心者だと情けなくなるけど。


「おーす」

「よう」

「おはよー」


入ったところで付近の生徒に声をかけると、そろそろ顔を覚えた級友たちが振り向いてあいさつを返してくれた。


(予定どおりだ)


それらの声と動きに気付いたちなちゃんがこちらを向く。


「あ、おはよう」

「おはよ」


(よし!)


先に言われてしまったけど……、いや、ほぼ同時だ、きっと。そして、ここで。


「いいなあ、この席」


(っしゃ!)


ちなちゃんのすぐそばで足が止まった! つぶやくように声をかける、というさり気ない演出も完璧だ!


一旦前を見てから視線を下に向けると、半身で振り返って俺を見上げているちなちゃんがいた。


「ふふ、いいでしょう?」


視線が彼女の眼鏡越しに合った。


(うわ! はずかし!)


この笑顔。首の傾げ方。俺に話しかけてると思うと……。


「俺なんか真ん中だぜ?」


さり気なさを装って、自分の席に視線を移す。彼女と目を合わせるのは1秒が限界だ。


学生服のボタンをもう少し開けておいた方がカッコ良かっただろうか。ポケットに手を突っ込んだのは気障っぽかったかな。


「ちょっと窮屈な感じ?」


質問が返ってきた。俺と話すのは嫌じゃないんだ!


「狭くはないけど、囲まれてるからな」


ちらりとちなちゃんの方を向いたけど、視線が合う前に戻してしまった。


「そうだよね。後ろはやっぱり落ち着くよ」

「だよな」


これ以上は引き延ばせそうもない。最後にと彼女を見ると、にっこり微笑んでくれた。


(まあ、あいさつのついでとしては上出来だな)


そもそも、きのうまでと比べたら雲泥の差だ!


「智菜〜、おはよ〜」


歩き出すと同時に女子の声がした。ちょうど良いタイミングで彼女から離れたようだ。自分の机にバッグを乗せて振り返ると、さっき俺が立っていたところにショートカットの女子がいる。


(ん? あんなやつ、いたっけ?)


きのうまでちなちゃんが話していた中にはいなかった気がする。クラス全体を思い出してみても記憶に無い。でも、よく見ると美形だ。


ショートカットの毛先が頬にかかったり小さく跳ねたりしているのがいい感じに似合っている。それに、小さいけどスタイルもいい。女優の誰かに似てるような……。


(いたら覚えていそうなんだけどな)


ちなちゃんも少し驚いているようだ。クラスメイトたちも訝しげな顔で注目する中、美少女がくるりと回ってポーズを取った。ちなちゃんが嬉しそうに手を叩いて何か言っている。


(そうか。見せにきたのか)


きっと、よそのクラスの友だちがイメチェンしたんだ。それで早速報告に来た、と。


「え? ミア?」


後ろで女子の声がした。


(ん? ミアって……)


耳に馴染んだ名前。もう何年も前から……。


「……え? もしかして、仲里?!」


思わず大声が出た俺に周囲の視線がパッと集まった。それまで注目を集めていた二人もそれに気付いて……。


「えっへへー。大へんし〜ん♪」


ちなちゃんの隣で仲里が得意気に親指を立てた。






「ねぇねぇねぇ、驚いた? ねえってば」


一時間目の終了後、右後ろから声がした。用心しながら肩越しに窺うと、仲里がこっちに身を乗り出していた。


朝は急なイメチェンに驚いた女子たちに囲まれていたけど、もうそれも過ぎ去ったらしい。


「誰だかわかんなかったよ。お前が化粧してないなんて、中一以来だからな」


横向きに座りなおして仲里と向き合う。こんなふうに話すのは初めてなんじゃないだろうか。


「中一以来じゃないよ。受験と入学式はノーメイクだったもん」

「この何年かで二回しか無いのかよ?」

「まあ、今日だってゼロじゃないし」

「え、そうなのか?」


思わずまじまじと観察……しかけてやめた。いくら仲里だとは言え、女子の顔をじっと見るなんて恥ずかしい。でもそこで、これはチャンスだと気付いた。


「あ、そう言えば、お前さあ」


少し乗り出して彼女の机の角に手をかける。


「ん? なに?」

「いや、その……」


さり気なく周囲の動向を窺い……今だ!


「こっ、小坂と仲良かったっけ?」


言い直さなくていいようにはっきりと、でも、ほかの誰にも聞こえないように言えたはず。


「え、智菜? 話したのはきのうが初だけど……」

「ふうん、きのうか。まあ、そうだよなあ?」


気が抜けて体を戻しかけたそのとき。


「きのう、生徒会の手伝いしたから」

「え? 生徒会の?」


思わず身を乗り出すと、仲里も同じように乗り出してきた。


「そだよ?」


距離が近くて焦る俺の前で、仲里は微動だにせずに笑顔で答えた。照れくさいのは俺だけらしい。気まずさを悟られないように「へえ」と相槌を打って体を引いた。


「ほら、部活紹介? あれが見たくってね。ちかちゃんが手伝ってくれたら見れるって言うから行ったの。そしたら帰る方向も一緒だったし」

「ちかちゃん……って、え?」

「ほら、副会長の。隣のクラスにいるじゃん」

「野上と知り合いなのか?」


そんな話は聞いたことが無かった。それに、ちなちゃん以外で野上を「ちかちゃん」なんて呼んでるヤツも……。


「違うよ、初対面。智菜としゃべってたらちかちゃんが来てさあ。ね? 智菜?」


(あ)


ちなちゃんと話す心の準備はできてなかった!


でも、もう彼女は仲里に返事をしている。そのまま手招きされてやって来る。


予定外だけどチャンス到来。運命の神様、感謝します!


「きのう、忙しかったのか?」


仲里の傍らに立ったちなちゃんを見上げて一言。


(うん。いい感じな気がする!)


彼女に向けた視線、表情、声。ちょっと親し気で、何気に男前風で!


「うん。イベントのときは人手がいくらあっても足りないくらいなの。片付けもあったし……」


おっとりと答えてくれる彼女。残念ながら、今の俺をどう感じたのかはまったく分からない。でも、こんなに長い言葉を聞けたのは新学期初だ!


「ミアはその後の反省会にも出てくれたんだよね?」

「うん、そうそう、おやつも出てさあ」

「先輩たちも喜んでくれて」

「ね〜?」


遠慮や物怖じととは無縁の仲里だからこそ、の結果なんだろうと感心する。


それにしても、ちなちゃんと仲里がこんなに仲良くなったとは驚きだ。タイプが全然違うのに。


「そう言えば、水澤ってちかちゃんと仲良いんだって? 智菜とも知り合いだったんだってね?」

「え、ああ、うん」


なんとなく、仲里の表情が俺を責めているような……。


「そんな気配、全然無かったよね? どっちかって言うと智菜のこと無視してたでしょ?」

「いや、無視なんて」

「ミア、無視じゃないよ。ちゃんとあいさつくらいはしてくれたよ。今朝も話したしね?」

「うん……」


―――あいさつくらい(・・・)


とりなしてくれたちなちゃんの言葉が逆に胸にささる。


ちょうどそこで始業のチャイムが鳴った。ちなちゃんが小さく微笑みを残してくるりと向きを変え、俺も椅子ごとガタガタと席に戻る。


(あいさつしかできてなかった……)


情けないと自覚してはいたけど、今は罪悪感も湧いてきた。


だって、ちなちゃんが内気な子だと知っていたのに、何もフォローしてあげてなかった。彼女が教室の中で静かに過ごしていることに気付いていたのに。


(俺が弱虫だったから……)


恥ずかしさと同時に周囲に何と言われるかと考えて、何もできなかった。野上は堂々と「ちなちゃん」って呼んでいるのに。俺ときたらなんて意気地なしなんだろう?


(よし!)


決めた。


これからは俺も堂々とやる。


俺だって「ちなちゃん」って――。


(いやー、無理だろそれは…………)


最初からハードルを上げ過ぎないようにしよう。







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