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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第五章 思いが交錯する夏
57/59

57 俺からのアドバイスは


(連絡来ないなあ)


椿ケ丘駅にすべり込む電車の中、何度目かのため息をついてスマホをポケットに入れた。


火曜日の朝8時。竹刀とエナメルバッグを担ぎ直して窓の外に目をやると、夏の太陽がこれでもかというくらいギラギラと輝いている。駅に着き、電車のドアから一歩踏み出した途端、熱い空気が体当たりをするように襲ってきた。


もう夏休みも半ばなのに、この攻撃的ともいえる暑さにはちっとも慣れない。車内の冷房で引いた汗もすぐ復活してしまう。練習が始まれば、武道場は部員の熱気でさらに暑くなる。扇風機が何台あっても足りない。けれど、今の俺の頭の中にはほかに気になることがあって……。


(きのうのうちに解決しなかったのかなあ)


階段を上りながら、またスマホを出してみる。でも、ちなちゃんからの連絡は来ていない。


彼女が俺の申し出に返事を待ってほしいと言ったのは一昨日の日曜日。きのうは生徒会の仕事で学校に来ていたはずで、俺は彼女がそこで志堂と話をするのだと思っていた。そして、夜には連絡がくるものだと。


でも、連絡は来なかった。


片付かないから連絡できないのか、片付いたけど照れくさくて連絡できないのか、あるいは「ノー」と言いづらくて引き延ばしているという可能性だってある。あのときのちなちゃんの反応では断られる可能性は低そうだったけど……。


(どうしようかな)


俺から連絡した方がいいのだろうか。でも、まだ一日空いただけだ。内容が内容だけに、急かすようで気が引ける。


とは言え、夏休みだから、教室で会うこともない。生徒会の活動時間は剣道部と合わないから、行き帰りに一緒になることもない。それとも、時間を合わせてくれるように頼んでもいいだろうか?


(そうだ! 生徒会だ!)


生徒会室に会いに行くのはどうだろう。野上もいるわけだし、顔を見に寄ったっていいような気がする。


今日の部活は午前中。寄るとすれば部活のあとだ。今まで生徒会室に近付いたことは無かったけれど、こうでもしないと会えないんだから。


「うわ」

「きゃっ、すみません」


改札の外で、通路を急ぎ足に曲がってきた女の子とぶつかりそうになった。


「志堂?」

「水澤くん」


ちなちゃんと俺の間に立ちふさがっている問題の本人。朝から会うなんて、あんまりついてないな。


「ごめん。またな」


ぶつかりそうになったお詫びだけ言い、その場を後にする。志堂のことはもともと苦手だったし、今はなおさら愛想良く話せる気分じゃない。歩き出すと、志堂がちなちゃんに向けた態度や言葉がぽこりぽこりと胸に浮かんできた。ちなちゃんは自分が悪いと言ったけれど、志堂だって――。


「待って。水澤くん」


後ろから志堂の声がした。無視するわけにもいかず、仕方なく足を止めて振り返る。小走りに近付いた志堂が俺に真っ直ぐな視線を向けた。


「水澤くん、最近、野上くんと話した?」


問い詰めるような表情に押されてかかとが数ミリ下がってしまう。――やっぱり志堂は苦手だ。


「野上と?」


質問の意味を推し測りながら、時間稼ぎに訊き返す。


「うん、……ここ3、4日くらいの間に」

「ああ、会ったよ。日曜に」


これは隠しても始まらない。と言うか、隠すほどのことでもない。


けれどその途端、志堂が緊張したのが分かった。一瞬の間を置いて、次の質問がくる。


「野上くん、生徒会のこと、何か言ってた?」

「生徒会のこと?」

「うん。でなきゃ、あたしのこと」


――志堂のこと。


日曜日。そう言えば、電話で名前が出たような。でも、たいした話じゃなかったはず。志堂のことを話したのはちなちゃんだ。野上は関係ない。


「いや。何も言ってなかったよ」

「そう」


志堂が肩を落とした。その様子はほっとしたようにも、落胆したようにも見える。


「じゃ、俺、部活だから」


断って背を向ける。これ以上話すことはない。志堂がちなちゃんと俺の間に立ちふさがっているとしても、ちなちゃんが自分で解決しようとしている今は、俺はでしゃばるべきじゃない。


「待って、水澤くん!」


そんな俺を志堂が追いかけてきた。


「学校に行きながら話してもいい? 水澤くんなら野上くんのこと分かってると思うから」

「え? 学校行くの? 帰るんじゃないの?」


言ってから気付いた。考えてみれば、この時間に帰るのは変だ。


さっき、志堂は俺と正面からぶつかりそうになった。制服姿の志堂が改札口に向かってきたから、俺は志堂が帰るところだと思った。でも、今は朝の8時。ということは……?


「本当は帰ろうと思ったんだけど……、そのことも関係あるの。お願い、歩きながらでいいから話を聞いて。ほかに誰に相談したらいいのか分からないの」


俺だって志堂と個人的な相談をするような仲じゃない。さらに、ちなちゃんへの仕打ちに納得いかない俺としては、断りたいというのが本音だ。


でも、立ち止まらない俺に合わせて階段を下りてくる志堂はかなり切羽詰まっているように見える。ほとんど接点のなかった俺に頼むくらいだから、本当に困っているんだろう。それを断るのはさすがに可哀想だ。


「……分かった。歩きながらでいいなら」


ほっとした様子で「ありがとう」と言う志堂。まあ、ちなちゃんがこの状況を知ったら、相談に乗ってあげてくれと言うに違いない。だからいいや。




「つまり、ネットに生徒会のことをあれこれ書き込んだのは志堂で、それがバレて炎上した」

「ちょっと待って。『炎上』っていうかどうかは――」

「まあ、そこはいいから」


言葉の選択に文句をつけようとする志堂を押し留めた。


志堂は週末の出来事を、かなり理路整然と説明してくれた。それによると、金曜日の学校帰りにショックなことがあり――これがちなちゃんとの一件だろう――心が波立った状態で家に帰った。その荒れた気持ちが収まらず、ネットに生徒会の悪口を書き込んだ。前回の騒ぎも志堂のしわざで、ネット内では騒ぎにはなったものの実質的な被害が出なかったので――ちなちゃんたちが嫌な気持ちになったことが「実質的な被害」だと俺は思うけど――今回も深刻には考えなかった。


掲示板がその話題で盛り上がったところで、それを戒める書き込みが出た。すると、今度は矛先が自分に向いた。当然仮名を使っていたが、間もなく自分の正体を突き止められ、攻撃が始まった。そこまでが日曜日までのこと。


そして、きのうの月曜日。


志堂は生徒会を休んだ。自分がネットに悪口を書いたことをみんなに知られていると思うと顔を出せないと思ったから。昼過ぎにちなちゃんから電話があったが出なかった。すると夕方、同じサイトに「生徒会会長 野上正誓」の名で投稿があった。内容は一連の騒ぎについての生徒会としての謝罪、志堂以外の役員全員の一致した気持ち、そして「そっと見守ってほしい」という一般生徒へのお願いだった。さらに夜にはちなちゃんから「生徒会で待ってる」とメッセージが届いた。(これで、ちなちゃんから連絡が無かった理由も分かった)


「でも、野上は志堂のことを責めてないんだろ? それどころか、逆に生徒会のメンバーは、志堂をそこまで追い込んだことを申し訳ないと思ってる。ちゃんと関係を作りなおしたいって。なのに何を悩んでるんだよ」

「だって」


志堂が拗ねたようにうつむいた。学校が近付くにつれて周囲を歩く生徒が増えてきている。ふと、この状態を誤解されないかと、勝手なことを思った。


「表向きは何とでも言えるよ。野上くんも智菜もしっかり者だから、あのくらいの文章、いくらでも書けるよ。でも、本心かどうかは……」

「信用できないってわけ?」


思わず口調がきつくなる。無言でうつむく志堂を見ているとますます腹立たしくなる。でも、「隠れてこそこそやってたのは自分だろ」という言葉は飲み込んだ。


「じゃあ、どうしたいんだよ? 今日は何のために来たの?」


不愉快さを極力抑えようとしたけれど、態度に出てしまっていることは分かる。志堂がゆっくり顔を上げた。


「あたし……悪いことしたって思ってるよ。だから謝るつもりで、みんなよりも先に生徒会室に行ってようと思って早く来たの。だけど……怖くなって」

「何が?」

「みんな、あたしのこと嫌いかも知れない。許してくれないかも。だから帰ろうとしたの」


志堂にしては小さな声だった。


「あたし……、ちょっとみんなと違うの。ノリが悪かったり、面白いツボが違ったり、生徒会の中で浮いちゃってる感じで。クラスでもそう。ときどき気を使われてることがわかるんだよね。でも……、どうしても上手くいかなくて」


これが志堂の本心――。


いつも自信たっぷりに見えていた志堂が心の底に抱えていたもの。


「みんな本当はあたしがいない方が楽しいんじゃないかなって思うの。戻らない方がいいんじゃないかって。だけど、あたしは生徒会のメンバーで責任があるから……」

「当然だよ」


きっぱり言った俺を志堂が見上げた。


「志堂は選挙で選ばれたんだから責任があるよ。野上たちにじゃなく、九重生全員に」


志堂が小さく息をのむ。


「それに、野上を疑うのはやめろよ。ちなちゃんのこともだよ」


ふたりが志堂に疑われていると思うと本当に腹立たしい。俺にとっては最も信用できるふたりなのに。


「ふたりとも、気が合わないからって追い出すようなことはしないよ。他人の気持ちを理解しようとするし、苦しんでいたら助けようとする。あのふたりを信じないで誰を信じるんだよ?」


自転車通学の部活仲間が「おーっす!」と俺たちを追い越して行った。それに返事をしていると、横から声がした。


「信じても大丈夫?」


志堂が真剣な表情で見上げている。


「水澤くんは、大丈夫だと思う? 野上くんの言葉を信じても」

「当たり前だ。ちなちゃんのことも、だよ」

「智菜のことも」

「そう」


そこでおとといのちなちゃんの話を思い出した。鎧を使い過ぎて失敗したと言っていた。そして野上は志堂に腹を立てていたことがある。


「あー……、もちろん、ふたりだって完璧じゃないよ。でも、話せば志堂のことを理解しようとしてくれるのは間違いないよ」


うん。俺はそう信じてる。


「話せば…理解しようと……」


志堂が噛みしめるように繰り返した。次に顔を上げたとき、その顔には決意が浮かんでいた。校門の前で志堂は足を止め、体ごと俺に向きなおって微笑んだ。


「ありがとう、水澤くん。あたし、その言葉が聞きたかったんだと思う」


その微笑みは気負いなく爽やかで、以前の志堂とはどこかが違って見える。


「ちゃんと話して謝る。伝わらないことを拗ねないで、伝える努力をしてみる。それと……、あたしもみんなを理解しようとしてみる」

「うん。それがいいよ」


志堂と別れると、なんだかいいことをしたような気がしてきた。俺の言葉があの志堂に影響を与えたなんて、自分でもちょっと驚きだけど。野上とちなちゃんの役にも立てたんじゃないかな。


そう言えば。


もしかしたら、今夜はちなちゃんから連絡が来るかもしれない!







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