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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第五章 思いが交錯する夏
56/59

56 ◇◇ 智菜:欠席した梨杏 その2


苦手だからって上辺だけ調子を合わせていた。梨杏はそれを感じていた。きっと同時に生徒会の中での孤独を。


「智菜ちゃんが誰かを傷付けるなんて、あり得ないよ」


チカちゃんが力強く言った。その言葉に初乃ちゃんが「そうですよ」と同意してくれた。


「それに、傷付けられたからって、別の場所で仕返しをするのは間違ってます」

「それはそうだと思う。だけど……」


誰にも話せない状態だったら。孤独を感じていたら。自分の気持ちに同調してくれるひとがいるインターネットの世界に惹かれる気持ちは分かる気がする。


「そう言えば金曜日って、帰りにちなちゃんと……?」

「うん、そう。梨杏と話した日だよ」


相談の内容は言えない。問題はそこではないし。


「あたし……、ごめんね、梨杏のことがちょっと苦手で、今まであんまり本音で話せなかったの。梨杏はそれで傷付いてて……怒ったの」

「怒った? 智菜ちゃんに対して?」


チカちゃんが信じられないというように目を見開いた。こんなときでもチカちゃんはわたしの味方をしてくれる。でも。


「うん。仕方ないよ。鎧を使っていたあたしが悪いんだから」


梨杏を恨む気持ちは湧いてこない。それよりも、彼女の今までの言動に孤独が透けて見えるような気がして悲しい。


梨杏がどんな気持ちで過ごしてきたのか。毎日、どんな思いで生徒会室に足を運んでいたのか。そういうことを、わたしは知らない。知らないままで、彼女を非難することはできない。


「本音で向き合ってなかったことが原因なら、俺も同じだよ」


チカちゃんが言った。


「志堂さんからの仕事の改善提案もちょっと面倒だなって思ったりしてた。口ではもっともらしい理由をつけて後回しにしてたけど……」

「わたしもときどきそういうことありました」

「僕もです」


初乃ちゃんと林くんもうつむいた。


そうだったのか、と思った。


新しい生徒会が発足した当初、わたしよりも梨杏の方がみんなと仲良くなるのが早かった。明るくて物怖じしない梨杏のお陰で、生徒会室は明るい雰囲気になった。でも、いつの間にかわたし以外のメンバーも、梨杏と素直に接することが難しくなっていたのだ。


(淋しいね……)


静かになってしまった生徒会室で、みんなが梨杏のことを考えている。わたしの頭の中には今までの梨杏の姿が鮮やかに浮かび上がってくる。


役員選挙の演説会。舞台袖で静かに前を見つめていた梨杏。ライトを浴びて堂々と話す姿。


生徒会室での顔合わせ。賢そうな、仕事ができそうな、自信に満ちた微笑み。初めて「智菜」と呼ばれて思わずはっとしたわたしに親しみのこもった笑顔を向けた。


生徒会メンバーに向けるリラックスした表情。かと思うと、そこに不信や嫌悪の影がよぎることもあった。


チカちゃんと話しているときの瞳、そして笑い声。


いろいろな話し合い。まっすぐな道を踏み外さないという信念を隠さず、正しいが故にときに独善的になる話し方。一方で、自分の都合のよい頼みごとをしてくることもあって。


梨杏は一生懸命だった――。


自分をごまかしたりはしなかった。生徒会の仕事も、恋も。良くも悪くも一生懸命で。


そんな彼女から、わたしはずっと逃げていた。関係が気まずくなるのを避けるためという言い訳を掲げて、対等に議論をしてこなかった。彼女の言い分はおかしいと思ったときでも。自分をごまかしていたのはわたしだ。


「志堂さんに連絡してみようか」


チカちゃんが言った。


「それとも、先にサイトを確認した方がいいかな? どう思う?」


目が合って、心を決めた。


「あたしから電話してみる」


そう。今はチカちゃんじゃなく、わたしだ。


「金曜日のことを謝らなくちゃいけないし。ただ……出てくれるか分からないけど」

「そうだね……。でも、そうしてくれる? 俺たちはネットの情報を確認してみるよ」

「うん」


林くんと初乃ちゃんを促し、チカちゃんはパソコンへ。わたしはスマホを取り出しながら、今朝、梨杏に言おうと思っていた言葉を記憶から呼び出す。


(遠回しな言い方はしない)


これはわたしが自分に課したこと。相手を怒らせないことが本能のようになってしまっているわたしには、ちょっとした覚悟が必要だ。


一人の方が落ち着きそうなので、キャビネットで仕切られた物置きスペースに移動。怖じ気づく前に、一気に画面をタップした。キャビネットの向こうから聞こえていたチカちゃんたちの声が、スマホから聞こえるコール音に押し退けられる。


(出る? 出てくれる?)


緊張して待ったけれど、梨杏は電話に出ない。数分置いてかけ直しても同じ。


留守電に入れるのはやめた。そんなふうには伝えたくなくて。代わりにメッセージを送ることにする。


『金曜日の相談、役に立たなくてごめんなさい。今までのことも、梨杏にきちんと話そうと思ってきました。』


ネットの騒ぎを知っていると伝えるべきだろうか。『大丈夫?』と尋ねるべきか。


チカちゃんに確認しようかと迷い、とりあえず今は書かないことに決めた。梨杏が無関係で、何も知らない可能性もある。


『明日は来られそう? 来れたら、話をさせてください。智菜』


何度も読み返し、送信。返信を待ちながらもう一度読み返したら、この文面で良かったかどうか自信がなくなってきた。収まっていた梨杏の怒りが、このメッセージで再燃してしまったらどうしよう?


反応の無いスマホを手に、落ち込みながらチカちゃんたちの方に戻る。その気配に、パソコンの前の三人がぱっと振り向いた。


「電話には出ない。一応、メッセージを送ったけど、返信なくて。まだ怒ってるかも知れないから……ごめん」


役に立たなくて申し訳ない。梨杏にも、みんなにも。


「気にしなくていいよ」


チカちゃんが言った。


「志堂さん、本当に忙しいのかも知れないし。――こっちはね」


そこでパソコンに視線を落とす。


「話題的には落ち着いてるみたい。金曜の夜からもう三日目だからね。だんだん頻度は落ちてきて、今朝はぽつぽつってところ。あ、見なくていいよ、嫌な気分になるだけだから」


後ろから画面をのぞこうとしたわたしをチカちゃんが止めた。


――梨杏には誰もこう言ってくれなかったのかな。


ふと思って、また淋しくなった。


「俺もウワサを聞いただけで、見たのは初めてなんだけど、出だしは確かに志堂さんかも知れないって思う。前のも今回のも。ただ、それは最初の情報提供だけで、そのあとは無し。勝手に尾ひれが付いて話が大きくなっていってるだけだね」


ウワサってそういうものなのだろう。それはネットでも口伝えでも、きっと同じだ。


「夏休みでヒマにしてる生徒も多いのかも知れないですね」

「確かに。学校のウワサ話に飢えてるっていうのもありそう」

「そういう点で、みんなが知ってる生徒会役員は、ネタとしてはちょうどいいよね」


そして、良いことよりも悪いことの方がインパクトがある。


「OBの生徒会長の書き込みが土曜日の夕方。で、その夜には志堂さんの名前が出てる。みんな、意地が悪いよなあ」


チカちゃんの言葉に林くんが「自分たちが正義だって思ってるのかも」とつぶやく。たぶん、そうなんだろう。


でも、正義ならなおさら、それに相応しい行動を選ぶ必要があるような気がする。ネット上に悪者として実名を公開――しかも確証はなく――するなんて、正義の味方はしないのではないだろうか。……というのは、最初にわたしたちを名指ししたひとにも当てはまることだ。


「もしも志堂さんが発端だったとしたら、腹が立つよりも、自分が情けないよ。こういうことを防げなかったことが」


チカちゃんが肩を落とした。


「もっとちゃんと話をすれば良かった。志堂さんは生徒会の仕事のことを真面目に考えてくれていたんだから、面倒だなんて思っちゃいけなかったんだ。会長の俺が感謝の気持ちで接していれば、あんな書き込みをしようなんて考えなかったはずだよね」


初乃ちゃんがわたしに目くばせをした。彼女の顔には「野上先輩は本当に梨杏先輩の気持ちに気付いてないんですか!?」と書いてある。無言でうなずき返しながら、梨杏を心から気の毒に思った。チカちゃんがこれほど鈍感だなんて、きっと想像もしなかったはずだ。


手の中のスマホを見る。梨杏からの返信はまだ来ない。


気付いていないのか、連絡したくないのか。


今日は本当に急用で、明日は来るのだろうか。


ネットの騒ぎを知っているのか、そもそも最初から関わりが無いのか。


確かなことは何も分かっていない。


「とにかく、夕方まで様子を見よう」


チカちゃんがきっぱりと言った。


「そうだな……四時まで仕事をして、もう一度状況を確認して、必要なら対策を考えよう」

「うん」


仕事をしているあいだに頭の中もすっきりして、いい考えが浮かぶかも知れない。


「もしかしたら、それまでに梨杏から返事が来るかも知れないしね」

「うん、そうだよ」


チカちゃんが力強くうなずく。


でも、生徒会室の空気はなんとなく重たいまま。連絡が来る可能性を誰も信じていないような気がする。







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