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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第五章 思いが交錯する夏
55/59

55 ◇◇ 智菜:欠席した梨杏


水澤くんにすべてを話した翌朝、メッセージが届いた。


『ちなちゃん、おはよう! 今日も暑いけど頑張ろう! 水澤力』


この文章を見ながら、つくづく自分は恵まれていると思った。


ずっと見守ってくれたちかちゃんに、わたしたちふたりを手助けしたいと言ってくれた水澤くん、そして、鎧はわたしを閉じ込めていると言ってくれたミア。みんなわたしを思いやってくれている。本当にありがたい。そのうえ水澤くんはわたしを彼女にしたいとまで思ってくれている。返事を待つとも言ってくれて。


わたしはそれに値する人間だろうか――なんてことを考え始めてすぐにやめた。それを判断するのはわたしではないから。


わたしはわたしの大切なひとたちからの信頼を失わないように、誠実に行動するだけ。そして、そのひとたちに何かあったときには迷わず手を貸してあげられるように、自分を鍛えていきたいと思う。


梨杏に対しても。


気まずくなってしまった梨杏ともきちんと話をしようと思っている。顔を合わせて、今までのことを謝って。あのやり取りを思い出すと気持ちがくじけそうになるけれど。


そんなことは言っていられない。だって、わたしたちは生徒会というチームなのだから。――って、これはチカちゃんが持ってる代々の生徒会長に伝わるノートの受け売りだけど。


梨杏がわたしを嫌っていても、生徒会の仲間として活動することは変わらない。だから、彼女とどう向き合えばいいかいろいろ考えている。簡単には答えは出ないけど、あきらめないで前に進まなくちゃ。





「今日は志堂さんは休むって」


朝、家を出てすぐにチカちゃんが言った。


「今朝、連絡が来たんだ」

「そうなんだ?」


軽い驚きと失望で力が抜ける。そして、微かな不安。わたしを避けている? あるいはチカちゃんにわたしへの不信を訴えただろうか。それとも失恋のショックで――。


「何か、理由を言ってた?」

「いや、何も」


そうだよね。本当の話を知っていたら、チカちゃんだってこんなに気楽にしてはいられないはずだ。


「メッセージで『今日はお休みします』だけ。急用でもできたんじゃないかな」

「そうだね」


当日朝の連絡だし、急用という理由は当てはまる。それに、あのことが原因で休むのは梨杏らしくない気がする。


生徒会役員としてどうあるべきかをよく口にしていた本人が、失恋やわたしが嫌いだからといって仕事を休むなんて。そんなこと、意地でもしないのではないだろうか。だとすると、やっぱり急用に違いない。


これで今日は梨杏と顔を合わせなくて済む――。


そう思ってしまう自分が情けない。問題を先送りにしても意味が無いことは、つい先週、経験したばかりなのに。


それでも、とりあえず今日一日は緊張しないで過ごせる。それはやっぱりありがたいと思ってしまう。


けれど。


お昼過ぎ、夏期講習のあとに登校した初乃ちゃんが持って来た情報で状況が変わった。


「――梨杏先輩は来てないんですね?」


久しぶりのあいさつもそこそこに、初乃ちゃんは室内を見まわした。


お昼を食べてのんびりしていたチカちゃんと1年の林くんとわたしは、そんな初乃ちゃんをいぶかしく思いながら、「まあ、座ったら?」と一番冷房の効く席を勧めた。駅から急いで来たらしく、初乃ちゃんは汗だくだったから。


「ありがとうございます。で、梨杏先輩は?」


声をひそめる彼女の様子に、じわりと嫌な予感が湧き上がる。答えたのはチカちゃんで。


「今日はお休みするって連絡が」

「ですよね?!」


チカちゃんの言葉を遮って、初乃ちゃんが身を乗り出す。


「ひどいことになってるんです。きっと本当なんだ。だからここに来られなくて」

「え? なに? どういうこと?」


チカちゃんが困惑して尋ねつつ、わたしと林くんを振り返った。でも、わたしたちも首を傾げるだけ。


頭を抱えて「どうしよう?」とつぶやく初乃ちゃんに、「何かあったの?」と声をかける。彼女はわたしたちの顔をゆっくりと見回してから答えた。


「……九重のサイトなんです」

「またそれ?」


チカちゃんが顔をしかめた。チカちゃんとは話さなかったけど、あのウワサは知っていたらしい。チカちゃんの機嫌を損ねたと思って怯んだ初乃ちゃんに「大丈夫だよ」と声をかける。


「またうわさ話?」


林くんが場を和ませようと、「今度は俺のスキャンダルだったりして〜」とふざけて言った。


「スキャンダルって言うか……」


初乃ちゃんは林くんの冗談に乗らず、深刻な表情を崩さない。


「個人攻撃になっちゃって。みんなは自業自得だなんて言ってるけど、あんまり気の毒で」


困った様子の初乃ちゃんの話は切れ端ばかり。でも、ここまでの話から推測できるのは。


「もしかして、梨杏が攻撃されてるの?」

「そうなんです」


不安で胸がざわめく。もしかして、今日の欠席の原因はこれ?


「理由は? 前と同じように、生徒会への嫌がらせで志堂さんがターゲットになったってこと?」


チカちゃんが冷静に尋ねた。もうしかめっ面をやめて、真剣に話を聞こうとしている。


「そうじゃないんです。そうじゃないから大変で」

「どういう意味?」


梨杏が攻撃されている。生徒会とは別なことで? いわゆる「ネットいじめ」ということ?


「あの書き込み……前に生徒会の悪口を書いたの、梨杏先輩だったみたいで」

「え」


思わず声が出た。封じ込めていた疑いの蓋がぽん、と開いた感じがした。


「ちょっと待って、古河さん」


チカちゃんの落ち着いた声。


「順を追って話してくれる? いつ、どうやって知ったのか、から」


ゆっくりと促され、初乃ちゃんは「はい」とうなずいて、少し考えてから話し始めた。


「きのうの夜、友達から連絡をもらったんです。あのサイトで騒ぎになってるよって。生徒会の先輩がつるし上げみたいになってるって」


つるし上げ。


不穏な言葉だ。たとえネットの中だとしても。


「それで、迷ったけど確認した方がいいと思って見たんです。そうしたら、梨杏先輩が攻撃の的になってて」

「うん」

「理由を遡って探したら、この前の生徒会の話を書いたのが梨杏先輩だってことになっていたんです」

「本当にそうなの? ただの推測じゃなくて?」


そうだ。それに、なぜ今ごろ?


あの書き込みがなされてから三週間以上経っている。あのときは、みんなが面白がっていたと聞いた。同調した意地の悪いコメントもあったはずだ。それもそろそろ終息したと思っていたのに、今になって発信者を探し出して攻撃しているなんて。


「今回は、金曜日の書き込みが始まりだと思います」


金曜日。


不安が胸の中で像を結び始めた。ベンチでの梨杏。彼女は怒って帰って、それから……?


初乃ちゃんが確認できたのは次のような状況だった。


先週の金曜の夜に新たな書き込みがあった。チカちゃんとわたしについての中傷的な内容で。それが盛り上がりかけたところで、OBの元生徒会長が本名を名乗ってコメントを書き込んだ。ネットに匿名で中傷を書き込むような行為は卑怯だ、九重生がそんな卑怯者になってしまったことに失望と憤りを覚える、と。


すると、それに応じて反省のコメントが上がると同時に、『自分もそう思っていた』という内容のコメントが出始めた。その中の一部が以前の書き込みについての真偽を議論し始め、その流れで情報の出どころに関心が集まった。


(そうなると……)


わたしでさえ疑ってしまったことだ。ミアもそう考えていた。だから当然――。


「梨杏先輩の名前が出るのは早かったんです。あのときの内容が、梨杏先輩だけが被害者っぽいっていう理由で」

「でも、だからって確実ではないよね? 誰か、梨杏の友達が書いたのかも知れないし」

「そうなんです。でも」


初乃ちゃんが苦しそうな顔をした。


「梨杏先輩が生徒会メンバーの悪口を言うのを聞いたっていうひとがいて、そのうちに書き込みのアカウントが梨杏先輩の名前のアナグラムだって“発見”したひとがいて」


あとはネット特有の展開になったのだと簡単に想像がつく。いくらOBの生徒会長が憂えても、匿名で他人を攻撃するひとはいなくならないのだ。


梨杏はそれを見ていたのだろうか。見ていたとしたら、きっといたたまれない気持ちになっただろう。


本当に梨杏が始めたことなのかどうかは分からない。まったく無関係で、自分がターゲットになっていることも知らないかも知れない。でも、今日、突然休んでしまったことが引っかかる。


「もし本当に梨杏が書いたなら……あたしのせいかも知れない」


三人が一斉にわたしを見た。自分が悪いことをしたと告白するのは苦しくて、思わず目を伏せた。


「あたしが梨杏を……傷付けちゃったから」








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